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「魔群の狂宴」12


・岩野家、客間。午後3時ころ。理伊子が真淵力弥(軍人)を招いて、父母同席でお茶を飲んでいる。

理伊子「お茶をもう一杯いかが? 真淵さん、それとも力弥さんとお呼びしたほうがいいかしら」
真淵「下の名で呼ばれたほうが嬉しいですね」
岩野夫人「日清日露戦争以来、軍人さんはおもてになるでしょう」
岩野氏「おいおい、そんな昔の話など、若い人は知らんだろう」
真淵「まあ、知ってはいますが、それほど詳しくはありません。それより、この前の大戦で乗り遅れたのが残念で。もう少し戦争が続けば、日本も活躍できたでしょう」
岩野「まあ、あれは欧州方面が主な舞台で、アジアはあまり関係なかったがな。それでも石炭輸出でうちもかなり儲けはしたよ。戦争さまさまだ。いや、これも軍隊や軍人のお陰だと感謝しとるよ」
真淵「しかし、庶民の間には不満も多いようですね」
岩野「誰もが利益を得るといううまい話は無いさ。名誉の戦死で恩給が貰えるだけでも嬉しいという家も多いだろう」
夫人「本当にねえ。新聞を見ると、不平不満を並べる記事ばかりでうんざりしますよ」
岩野「そういう記事のほうが売れるのさ。貧乏人のひがみを代弁しているわけだ」
理伊子「軍人さんの間では、日本の次の敵はどこだとされているのかしら。それとも、軍事機密?」(笑う)
真淵「そういう話は上でだけ話されるので、我々下級軍人では分かりかねます」
理伊子「私は、アメリカあたりが怪しいと睨んでいるの。他の欧州諸国は遠すぎるし、ソ連はできたてで戦争する力は無いでしょうからね」
真淵「鋭いですね。軍隊で参謀をなさる資格がありそうだ」(笑う)
夫人(岩野氏に向いて)「戦争の話より、あなたの会社のストライキ問題は解決しそうなの?」
岩野氏「心配いらん。首謀者が昨日3人逮捕された。これで治まる。治まらなければ、怪しい奴らをどんどん首にしていけばいいだけだ。労働者はいくらでもいるからな」
理伊子「あまり労働者いじめをしたら、そのうちテロ事件が起こるわよ。ほどほどにしてね、パパ」
岩野氏「馬鹿なことを言うんじゃない。労働者が働き、会社が給料を与えるから連中は生活できるのだ。その会社に反抗する不届きな連中を雇う義理は無い」
夫人「まったくだわ。恩知らずな連中が多すぎるのよ」
理伊子「例の、労働者に同情的だという鳥居教授の縁談の話はどうなったのかしら」
夫人「あのおじいさんも恩知らずのひとりよ。こんないい縁談を渋っているらしいのよ」
理伊子「へえ、あんな若い子と結婚できるだけでも素晴らしい好運じゃない」
夫人「まったくだわ。それが、どうやら、あの菊という娘は銀三郎さんとできているんじゃないかと鳥居さんは疑っているんじゃないかね」
岩野氏「若い男と女が同じ家にいるのだから、それはありそうなことだな」
岩野夫妻は、理伊子の顔色が変わったのに気づいていない。真淵力弥だけが気づく。その後は、彼はほとんど無言で、理伊子を観察している。
理伊子「まさか、そんなことは無いと思うわ。銀三郎さんはインテリですから、無学な女に興味を持つかしら」
岩野氏「結婚はしないだろうが、関係を持つことはあるだろう」
理伊子「不潔ね。パパもそうなの?」
岩野氏「ば、馬鹿な。これは一般論だ。わしとは無関係な話だ」
夫人、少し冷ややかな目で岩野氏を見ている。
岩野氏(目を逸らし)「部屋の中がだいぶ暗いな。電気をつけなさい」
理伊子、立ち上がって部屋の戸口にある電気のスイッチを入れる。テーブルに戻る前に、窓に目をやり、何かに気づいたように窓に近づく。
理伊子「雪だわ」
夫人「初雪ね」
理伊子「夕張ではかなり前に降ったんでしょう? パパ」
岩野氏「そうさな。一週間ほど前か。しかし、山ではもっと前から降っている」
一同、少し沈黙して窓に目をやる。




(このシーンはここまで)


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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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