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「魔群の狂宴」9


・同じ夜、かなり遅い時間。桐井と佐藤の下宿の前の道。
・酔いつぶれた田端兄を富士谷と栗谷が肩で支えて歩かせてこちらに向かってくる。その後ろから兵頭(着物姿)がシガーを吹かしながら悠然と歩いてくる。

富士谷「そう言えば、ここが佐藤と桐井のいる下宿ですよ」
兵頭「まだ明かりのついている窓があるな」
栗谷「たぶん、桐井の部屋でしょう。あいつは、夜はほとんど起きているという話です」
兵頭「勉強家なのか?」
栗谷「いや、歩きまわりながら、一晩中考え事をしているらしいです」
兵頭「それは面白そうだ。訪ねてみよう。君たちはそいつを宿に送り届けてくれ」(シガーを地に捨て、下駄で踏み消す)
玄関のガラス戸を叩く。
しばらくして、中から「誰だい、こんな時間に」と不機嫌そうな声がする。
兵頭「桐井君に至急の用だ。須田伯爵家からの使いだ」

・桐井の部屋の中、外からノックされる。
桐井「佐藤か?」(開ける。)
兵頭「失礼するよ、桐井君」(中に入ってくる。)
桐井「どなたですか。こんな夜中に」
兵頭「兵頭栄三という者だが、社会主義者の君なら私の名前は知っているだろう?」
桐井「ああ、アナーキストの。私はもう社会主義者じゃありませんよ」
兵頭「どうして社会主義者をやめたんだね」(勝手に、机の前の椅子に座る)
桐井「社会のことなどどうでもよくなったからです」
兵頭「自殺すると決めたからかい?」
桐井「自殺? 誰から聞いたんです?」
兵頭「まあ、そんなのはいいじゃないか。後学のために君の自殺論を聞かせてもらいたいね。僕の聞いたところでは、絶対の自由の証明は自殺だ、という論のようじゃないか」
桐井「そうです。それで終わりです。さあ、お帰りください」
兵頭「なぜ自殺が絶対の自由の証明になるんだい?」
桐井(面倒くさそうに)「神が存在すれば、人間は神の命令を聞くしかない。つまり神の奴隷であり、自殺する自由は無い。自殺することで、人間は自分が自由意思があり、自分の意思の通りに行動でき、神の奴隷でないこと、つまり自由な存在であることを証明できる。QED。はい、御帰りください」
兵頭「まるで証明になっていないとしか思えないな」
桐井「あなたはなぜアナーキストなんですか。アナーキズムの理屈を僕に説明できますか」
兵頭「君と根っこは同じさ。絶対の自由がほしいからだ。ただ、君のように神だとか何だとかには僕はまったく興味がない。神がいたとしても、神はこの世に関与していない。善悪も道徳も法律もすべて人間が作ったもので、それは人間を縛るものだ。その基盤が国家であり政府だ。つまり、国家や政府は人間から自由を奪う存在だ。ゆえに僕は無政府主義を主張する。QED」
桐井「あなたは法律や道徳をすべて破壊したいと?」
兵頭「極端に言えばね」
桐井「野獣のように力だけが支配する世界を作りたいと?」
兵頭「そうとも言える。政府や国家に陰険に縛られた世界より僕はそのほうが好きだ。何も闘争だけしなくても、穏健に話し合いで社会が作れるさ」
桐井「僕よりあなたのほうがはるかに夢想家だ」
兵頭「同じく自由を求めても、君は自分を破壊し、僕は社会を破壊する。それだけの違いさ」
桐井「まあ、警察に捕まらないように気をつけることです。さあ、お休みなさい」
兵頭「また議論したいものだね。もっと時間をかけて真剣にな」
桐井「これで十分です。あなたの考えはだいたい理解できたつもりです」
兵頭「そうか。ところで、君は須田銀三郎とは知り合いなのだろう?」
桐井(黙っている)
兵頭「須田銀三郎が田端という男に何か弱みを握られているという話は知らないか?」
桐井「どうしてです?」
兵頭「いや、田端が分不相応なカネを持っていて、それが須田銀三郎から出たカネらしいんだ。須田が田端にカネをやった理由が知りたい」
桐井「僕は知りませんね。興味もない」
兵頭「そうか。夜分お邪魔した。今日はこれで失礼しよう。SEE YOU AGAIN」(人好きのする笑顔。椅子から立ち上がる。)
桐井「もう来なくていいですよ」
・兵頭を送り出す。

(このシーン終わり)


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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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