この章は、話の中心から逸れるので、後で削除する可能性があるが、書いたものを消すのももったいないから載せておく。アベンチュラは、副主人公格で登場する予定の人物だが、彼に関する話はまったく考えていないのである。
(第十五章 アベンチュラ)
トゥーランの東から南にかけては海に面しているが、その東南部にある港町のシノーラは商業船と漁船の両方が集まるにぎやかな街で、どちらかというと商業船の出入りが多かった。商業船とは、いうまでもなく貿易船で、各地の物産を交易するための船だが、旅客なども乗せたりする。今も、停泊している帆船が十隻ほどある。
その船の一つから下りてきたのは、かなり背の高いたくましい男で、赤銅色に日焼けし、顔じゅう鬚だらけなので年齢は分からない。赤毛の長い髪もぼさぼさで、赤毛のライオンといった風貌である。上半身は素肌にチョッキだけで裸に近く、ズボンも水夫風だが、水夫ではない証拠が、その腰に帯びた剣である。鞘に入っていても、水夫などが持つ剣でないことはわかる。まあ、もともと水夫は剣ではなくナイフを腰帯に挿すのが普通だが。
眩しい日差しに目を細めて、彼は船のタラップを降りてきた。タラップと言っても粗末な梯子だ。それを軽々とした足取りで、下を一度も見ずに降りてきたところは、やはり水夫のようにも見える。肩に、長い棒に結んだ信玄袋のような袋をかついでいるが、腰の剣は別としておそらく彼の全財産がその中に入っているのだろう。
「ウオゥ、半月ぶりの陸地だ。気持ちがいいなあ!」
地面に降り立つと、彼は無邪気な歓声をあげた。
港に集まる人足や商人の群れを掻き分けて、彼は居酒屋へ直行する。
「酒だ、酒だ、酒をくれえ!」
大声で怒鳴ると、店員が慌てて持ってきた酒杯を一息であける。
「うまいっ! どんどん持って来い!」
陽気な大声に酒場の客たちはもの珍しげに彼を見るが、男の無邪気な喜び方に、誰もが微笑を浮かべている。
「お兄さん、どこから来た?」
彼の前に腰を下ろしたのは、近くの席で飲んでいた男で、年齢は30歳くらいだろうか、黒髪で口髭を生やした洒落た感じの男である。身なりは騎士階級の人間のようだ。
「俺か? ファルカタからだ。知っているか?」
「ああ、インドラの西の港町だな。俺も行ったことはある。暑くて弱ったな。象牙やダイヤや翡翠をそこで仕入れて、高く売ったものだ」
「あんたは商人か?」
「まあ、そんなものだ」
「そうだ、と言わないところを見ると、本物の商人じゃないな」
「いろんな事をしているからな。あんたはシノーラに滞在するつもりか?」
「いや、生まれ故郷に帰るつもりだ。タイラスへな」
「タイラスか。タイラスのどこだ?」
「ランザロートだ」
「ほほう、首都か。あんた、貴族だな?」
「こんな汚い格好の貴族かい?」
「話し方で分かるさ。それに、その腰の剣でな」
「これか。これは俺の命から2番目に大事な剣だ。先祖代々の遺産でな。まあ、俺にはこれしか財産は無いんだが」
「あんた、腕が立ちそうだな」
「まあ、弱くはないと思う」
「どうだい、俺もこれから旅に出ようと思っていたんだが、一緒に旅をしないか? 俺の名はキャリバンだ。」
「いいだろう。俺はアベンチュラだ。よろしく」
「よし、そうと決まれば、ここの勘定は俺のおごりだ」
「すまんな。俺は飲むぜ?」
「大丈夫だ。今のところは、俺の懐は温かい」
「最初に言っておくが、おごられたからと言って、遠慮はしないぜ。まあ確かに、今の俺は懐が寂しいから、あんたがおごってくれるのは嬉しいがな」
「もちろんだ。遠慮は無しだ」
「よし、おい、給仕、酒をどんどん持って来い。それと食い物もだ」
二人の前にはあっと言う間に、酒壺と食い物が並んだ。鉄串に刺して焼いた羊の焼肉や、鍋で炒めた野菜、それに魚の燻製などだ。酒はヤシの果汁を発酵させて作ったヤシ酒のほか、果実酒が何種類かある。
二人は酒と食い物を交互に口に運び、すっかりいい機嫌になった。