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プロデザイナーの「紳士協定」を土足で踏みにじるネットの「正直な」子供たち

「泉の波立ち」から転載。
ここまで来ると、佐野研二郎が気の毒な気もしてくる。彼の仕事の大半がパクリであったことは確かだと思うが、デザインとはもともとそういうものではないか。つまり、「素材を変形したり合成したりして『新しいもの』とする」わけで、素材の無いデザインは存在しない。その素材が既成のデザインだった場合が問題になるわけだが、それが意図的なものか偶然のものかは判断困難なグレーゾーンが多いだろう。そのグレーゾーンをプロ同士は「好意的に解釈する」という「紳士協定」によって成り立っているのがプロデザイナーの世界だ、と考えるのが妥当なのではないだろうか。プロデザイナーの多くが最初佐野氏を擁護したのは、デザインの世界がもともとそういうものだと分かっているからだろう。
ところが、そこにネットという怪物が現れて、「盗作だ盗作だ」と騒いだもので、プロデザイナーの世界自体が崩壊しかかっている、というのが現在の状況ではないだろうか。(子供が「王様は裸だ」と叫ぶのに似ている。「空気を読めよ」と「大人」は言うわけだが、「子供」は思ったことをそのまま言うから大変だww)
私自身は、佐野氏の顔が嫌いだし、彼が博報堂や身内のコネで現在の地位を作ったらしいことも不快だし、彼の仕事の多くは「グレーゾーン」を超えたブラックなものだと思うが、彼をあまりに叩きすぎたことで、彼がすべてを失うことになるというのは、「小悪」に対して、過重な罰ではないか、と思う。フクシマに関して、こんな小悪党よりもはるかにひどい悪事(放射能による大量傷害、または殺人と、避難家族の財産と生活のすべてを奪う、という悪事)を行ってきた東電幹部や政治家や官僚の誰一人、罰を受けていないではないか。
さらに、今回の事件が「著作権」強化につながることも私は危惧している。私自身の意見は、「あらゆる創作は過去の創作を基にした二次創作でしかない」というものだ。素材の組み合わせ方や並べ方など、そこに少しでも新しいものが含まれれば、単なる模倣ではなく「創作」と見ていい、ということだ。そして、「創作」の基準を厳しくする、つまり著作権の保護を厳しくすれば、あらゆる創造は痩せ細っていくだろう。このことに関して、「播州武侯祠遍照院」所載の山崎行太郎の文章を「引用2」で転載しておく。
なお、思いついて「デザイン」を英語辞書で引くと、その複数形は「陰謀」の意味があるらしい。(笑)


(以下引用)

2015年09月03日

◆ 多摩美が佐野作品を削除

 多摩美のサイトに掲載されていた佐野研二郎の代表作が、削除(公開停止)されてしまった。

 ──

 前項 では、佐野研二郎の代表作として、多摩美のサイトに掲載されていたサイトを紹介した。(代表作の画像つき。)
  → http://www.tamabi.ac.jp/prof/pr/adv.htm

 これは、昨日の深夜の段階では、きちんと表示されていた。
 ところが、今では、この作品が削除されてしまった。脱殻のようなページだけが残っている。

 つまり、著名な広告賞を四つも受賞した、佐野研二郎の代表作が、「なかったこと」にされてしまったも同然だ。少なくとも多摩美としては、その方針である。

 ──

 いったいどういうことかと思って、検索してみたら、こういう事情だった。
 佐野氏が教授を務めている同氏の母校・多摩美術大(東京都)は、大学ポスターを含む他の盗用疑惑で、理事会の討議次第では来年以降に予定する講義が取りやめられる可能性があることを示唆。
 同大の総務課によると、エンブレム問題に関しては「組織委員会が見解を示していますし、当校としては問題にするつもりはありません」と、撤回が決まったものの不問にする構え。ただ、問題となるのは、先月中旬に発覚したサントリーのキャンペーン賞品デザインと、数日前からネット上で指摘されている同大学の広告シリーズポスター「MADE BY HANDS.」の盗用疑惑だ。
 特に「MADE―」は、大学に関わる問題とあって重要視。総務課では「近日中に行われる予定の理事会で、間違いなく議題として上がるのではないでしょうか」としている。現在、大学は夏休み中で、学内では騒動となっていないが、学外からメールなどによる指摘が届いているという。
 同課の担当者は「理事会の結論次第では、佐野氏の講義が行われなくなることもあるのか」との質問には、「その可能性は否めないと思います」とした。理事会の緊急討議次第では、来年以降に予定されている「佐野プロジェクト」と名付けられた3、4年生の講義がなくなる可能性がある。
( → 2015年9月3日 スポーツ報知

 他に、次の記事もある。
  → 佐野氏母校の多摩美大困った…13年ポスターに疑惑

 こういうふうに世間で話題になったことで、多摩美としても問題を放置できなくなったようだ。

 で、当の画像が公開されなくなったので、何とか保存しようとして、Google キャッシュを探したり、魚拓を探したり、Web Archive を探したりしたのだが、どこにも残っていなかった。すべて削除済み。
 せっかくの作品が、もはや見られなくなった状態だ。

 ──

 ただし、必死に探すと、いくらかは見出すこともできる。たとえば、これだ。(サムネイルのみ。)
  → http://j.mp/1JPHP3y
   
 こっちのサイトもある。
  → http://www.dandad.org/awards/professional/2014/branding/23324/tamabi/
  → http://www.spoon-tamago.com/2013/05/09/made-by-hands-tama-art-university-ads-by-kenjiro-sano/


 なお、佐野研二郎のサイトは、現在、閉鎖されているのも同然なので、何の情報も見つからない。
 


 [ 余談 ]
 それにしても、ここまで来ると、もはや「すべてを失った」という状況だ。業界内で生きていくことも困難だろう。あらゆる仕事を失いかねない。その一方で、事務所の維持には、莫大な金がかかる。
  → MR_Design(佐野研二郎代表)のオフィスがオシャレすぎ
 このままだと、収入がないまま莫大な支出を迫られ、破産しかねない。人生そのものが破滅になりそうだ。

 思えば、サントリーのトート・バッグの件が話題になった時点で辞退しておけば、これほどひどくはならなかっただろう。なのに、あくまで「おれは正しい、パクリはしていない」と言い張ったせいで、徹底的に絞られて、すべてを失うハメになった。
 すべてを望んだせいで、すべてを失うことになった。

 ──

 なお、私は前に、次のようにコメントしておいた。
 佐野研二郎は、もはや自発的にデザインの撤回を申し出るべきだ。

 一方、本人が何もしないでいると、どんどん世論の糾弾を浴びて、本人がぼろぼろになる。自殺行為も同然だ。
 巨大な敵から巨大な攻撃を受けているときには、白旗を掲げるのが、生き延びるための唯一の策だ。
 無為無策でいると、そのうち、原爆を落とされて、莫大な損害をこうむるだろう。
( → コメント by 管理人 at 2015年08月30日 10:17

 ここで忠告したとおりになってしまった。(上記を書いたのは 30日だが、その翌日の 31日に、多摩美のポスターの盗用が発覚した。 → 別項



(引用2)

私は、デザインやデザイナーというものに興味がない。

しかし、「五輪エンブレム問題」をめぐるネットやマスコミの「騒動」には興味がある。

私が「ネット右翼亡国論」で問題にするテーマが、そこにあるからだ。

今回は、「盗作」や「パクリ」が問題になっている。デザインにおける盗作とパクリ。そもそもデザインにおける「オリジナル」とは何か。

ネットの世界では、「似ている」ということが、即、盗作やパクリということなっているようだ。「似ているか、似ていないか?」は、素人にも理解できる。

いわば、これが「ネットの正義」「ネットの倫理」である。

私は、そこに問題があると考える。

少なくとも、今回は、デザイン業界が、「アマチュアの倫理」に過ぎない「ネットの正義」に屈服した事件と見ていい。

これからデザイン業界は、「模倣」や「模作」「パスッテイッシュ」「オマージュ」という芸術や文学・・・に不可欠な技法に敏感になり、そういう技法に躊躇するようになるだろう。むろん、これによって、デザイン業界も、貧困化、凡庸化、幼児化していくだろう。





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