大阪府泉佐野市の小中学校図書室から、子どもたちの知らない間に
はだしのゲンが消えていた。
きっかけは作品の「差別的表現」を問題視した市長の意向だった。
市長の価値観で教育行政が左右された事態を校長らは批判。
市教委は20日に返す方針を示した。
「いかなる理由があっても、市教委が一方的に蔵書の閉架や回収を
行うことは校長として違和感を禁じ得ず、到底受け入れられない」
市立小中学校の校長でつくる市立校長会は1月23日、強い調子
で回収に抗議する文書を中藤辰洋教育長に手渡した。
だが教育長は市長の意向を理由に「何らかの指導が必要」と譲らず、
「閲覧記録を確認するなどして読んだ子を特定し、個別に指導できないか」
と打診したという。
校長会はこれを拒否。
「不適切な表現があるからといって一律に閲覧制限をするのは
教育になじまない」「大量の蔵書から不適切な表現が含まれる
作品を拾い出し、語句を逐一訂正指導するようなことは不可能」など
とする文書を再び教育長に出し、回収指示の撤回と本の返却を求めていた。
校長の一人は「教育長の指示とはいえ、回収に協力してしまったことを
悔やんでいる。
差別的表現のある本はほかにもあるのに、なぜゲンだけなのか。
狙い撃ちにされたとしか思えない」と話す。
別の校長は「昨年夏、松江であれだけゲンの閲覧制限が問題になったのに……。
市教委はあの教訓から一体何を学んだのか」。
千代松大耕(ひろやす)市長は2011年4月の市長選に市議
から立候補し、現在1期目。
教職員に入学式や卒業式での君が代の起立斉唱を義務づける条例
を<大阪府・市に続いて制定したほか、府独自の学力テストの学校別成績
を市教委の反対を押し切って公表したり、教育行政への首長の関与
を明文化した条例を制定したりするなど、以前から教育行政に強い
関心を持ってきた。
「ゲン」の中には、君が代や天皇制を批判する箇所も出てくるが、
市長は「そこを問題視したわけではない」と説明している。
20日に返す方針について、中藤教育長は「早く返すべきだとは思っていた
」と説明。返す際の「指導」の内容については「検討中」としている。
(編集委員・西見誠一、倉富竜太)
◇
朝日新聞の取材に応じた千代松大耕市長の
主な一問一答は次の通り。
――「はだしのゲン」を回収したのは市長の意向ですか
松江市で騒動になったことをきっかけに、私自身も読んでみたところ
、「きちがい」など不適切な表現があることに気づいた。
それで「人権的な観点からどうしていけば良いのか」と教育長に
投げかけさせてもらった。
はだしのゲン」以外にも同様の表現があれば同様の要請をするのですか
今回はゲンの問題に気づいたから指摘した。
ほかの本にも同様の問題があれば、気づいたところから変えていったらいいと思う。
――図書へのアクセス権を制限するのは問題では
学校図書はすべての本がそろっているわけではない。
学校で読まなくても、いろんな所でアクセスできるのではないか。
――教育の政治的中立から逸脱していませんか
インターネットでも差別用語がはんらんしている。
どこまで制限できるかと言えば正直無理だと思う。
ただ「そのまま置いていていいんですか」ということ。
――「閲覧者を特定し、個別指導すべきだ」と言ったと聞いています
「個別指導ができないなら、誰が読んだか特定した方がいいんじゃないですか」
と言った。
2012年8月 松江市議会に小中学校からの撤去を求めて市民が陳情
12月 松江市議会が陳情不採択を決定
松江市教委が校長会で閉架図書にするよう要請< /font>
13年8月 閲覧制限の問題が報道で発覚、約10日後に松江市教委が撤回
11月 大阪府泉佐野市の教育長が一部小中学校に校長室での保管を要請
14年1月 泉佐野市教委が所有していた全小中学校から回収