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「言霊の幸ふ国」論

以下の文章はメモであるが、小論でもある。

今読みかけの本の中に、「言霊の幸(さきは)ふ国」という言葉の出典である山上憶良の歌が載っていたので、それを転写しておく。「幸ふ」とは「幸運(幸福)をもたらす」意味らしい。「幸い」の動詞的用法だろう。次の引用は古文のままである。

神代より
言ひ伝へて来らく
そらみつ大和の国は
皇神(すめかみ)の厳(いつ)くしき国
言霊の幸ふ国と
語りつぎ言ひつがひけり

少し、私が注釈すれば、「来らく」は動詞を名詞化するク語法で、「来たこと(には)」の意味。
「そらみつ」は大和にかかる枕詞で、意味を考える必要は無いが、「空に満つる」意味がある気がする。つまり、大和は天界である高天原につながる、という意味ではないか。
皇神は言うまでもなく皇室の祖神だろう。
「厳くしき」が難解だが、この「厳」を「いつくし」と読ませるのは不自然な気がする。「いつくし」なら「いつくしむ」が自然に連想されるのだから「慈しき」(=「慈しんだ」)ということではないか。もちろん、それは現代人的な軟弱な発想かもしれない。

で、問題の「言霊の幸ふ国」である。
言葉には霊力があり、それが幸いを招く(逆に、そのいい加減な使用は災いを招く)というのは、大昔から日本や日本人の伝統として伝わってきた心性ではないだろうか。そこが「言葉は相手を騙すためにある」という、西洋的、ユダヤ的精神と真逆のところで、後者のような行き方は、当然この世を闘争の世界、精神的野獣の世界にするわけだ。
そして、今、西洋文明の受容と共に「言葉は他人を騙すためにある」という心性が日本人にもはびこりだしたとしたら、それは日本人の魂の滅亡なのではないか。





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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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