(以下引用)赤字は夢人による強調。
寡頭制(かとうせい、寡頭政治、希: ὀλῐγ-αρχία)とは、国を支配する権力が少数の人や政党、つまり寡頭に握られる政治体制のことを指す。
寡頭の権力はその「数」と緊密的に繋がり、寡頭の総数が多ければ多いほど、各寡頭の権力は小さくなる[1][2][3]。団体独裁とも言い、権力者が2名の場合は二頭政治、3名の場合は三頭政治、4名の場合はテトラルキアとも言う。少数側の寡頭が支配層になるため、独裁制の一種とみなされる。対比語は民主制や多頭制など、いわゆる多数側の国民が支配層となる制度。
ほとんどの場合には、寡頭は国家の表に顕われることが無く、政府の裏側で暗躍しながら君主制・共和制・議会制・民主制などの皮をかぶって政治を行う[4]。寡頭の存在を支持する社会ダーウィン主義やポピュリズムなどの理論によれば「どんな制度でも最終的に寡頭制になってしまい、それは独裁制であろうとも民主制であろうとも関係ない。独裁制の場合には数人のみで国を支配し、民主制の場合には二大政党のみで国を支配する」と主張している[5]。
語源
[編集]権力を握っている少数の人々は、財産・軍事力・家系・人脈・冷酷さ、あるいは政治的影響力の面で優越していることが多い。「oligarchy(寡頭制)」という言葉はもともとギリシア語で、「oligo(少数)」と「arkhos(支配)」から成る(オリガルヒの語源でもある)。
少数の力のある家系が政権を支配し、その子供たちが政権の後継者になるよう育てられ、訓練される、ということが寡頭制ではよく見られる。貴族制(語源的には「最上の者による支配」)とは異なり、こうした権力は公開的には行使されず、支配者は「影の権力」にとどまることを好み、経済的手段で支配を行う。アリストテレスはこの用語を、「豊かな者による支配」と同義語として使用したが、寡頭制は富裕な者の支配による必要はなく、単に特権を持った集団による支配であればよい(正確には、豊かな者による支配は、「金権政治 (plutocracy)」の用語が使用される)。
寡頭制の発生
[編集]寡頭制による国家制度は、王政ローマや共和政ローマにおける元老院が有名である。
互いに戦う部族の族長たちが次第に連合を組むことで、社会は自然と寡頭制的になってゆく。またあらゆる政体の政府はその成長の過程で寡頭制に変化してゆくことがある。もっともありうる寡頭制への変化のメカニズムは、外部からのチェックを受けない経済的な力が次第に集積してゆくことによるものだろう。ポリュビオスほか多くのギリシアの思想家は、貴族制が堕落することで寡頭制になると考えていた。寡頭制は、少数支配する家系のうちの一家が他の家族に対して優越的な力をもつ結果、より古典的な権威主義的政体へと変化してゆくこともある。ヨーロッパの中世後期に成立した君主の多くはこのように成立した。
(中略)
なお、名目上は民主的共和制であっても、選挙制度や法制度、不正選挙等の要因により実質的には寡頭制の性格を帯びることもある。全国民に投票権がありながらも、特定の者への投票を事実上強制されるなど不正選挙が横行している国や、選挙制度が極端に歪んだ国などは、事実上の寡頭共和制といえる。