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政界「仁義なき戦い」

前回の記事の続きだが、「仁義なき戦い」を見ていて、そこに描かれた人物の「精神的美醜」がはっきりふたつに分かれていて、その違いは「自己保身(自分の利益)が最大の目的である」か「自分の理念や理想、自分の信じる美徳(それが愚劣であっても)に忠実である」かの違いではないか、と考えてみた。
前者の代表が山守組組長であることは言うまでもない。後者の代表が菅原文太演じる広能昌三(字はこんなだったか)であることも言うまでもない。後の人物はそれぞれ「エゴイスト(現実主義者。打算のみの人間)」と「自分のルールを持つ人間(一種の理想主義者)」の間の濃淡の違いはあれ、両方の性質を持つ。梅宮辰夫が演じた若杉は昌三に近い。松方弘樹が演じた役は山守組長に近い。で、繰り返すが、理想主義者は美しく、現実主義者は醜いのである。もちろん、社会的な成功という面では現実主義者は成功し、理想主義者は敗北する。基本的に前者は合理主義者で、後者は「頭で考えるのではなく感情で(行動の美醜という判断、あるいは理想への殉教として)動く」のである。
これで、維新の党だか維新の会だかの連中の醜さがよく分かるのではないか。あの中には理想主義者がひとりもいない。我欲がすべてである。いつでも他人を裏切る顔だ。みんな醜い顔をしている。まさに、山守組長的な連中である。(ただし、映画では役者はそれを演じているのであり、組長を演じた俳優は最高の名演である。)
一方、れいわ新選組の人々、特に山本太郎が理想主義者であることは言うまでもない。顔も何だかキリストに似ている気がするwww

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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