《書評》 この世界の片隅に こうの史代著 双葉社 ★★★★★
私は漫画にそんなに詳しいわけではないんですが、今までに読んだ中で一番かもしれない作品です。既に評価の定まった作品なので私なんかが感想を書くまでもないんですが、すごくお薦めなので取り上げてみます。
以下、ネタバレを少し含みますので未読の方はご注意ください。
この作品は上・中・下の全3巻なんですが、私は上を読んだ時点で、これはえらいことだと背筋を伸ばしました。寝転んでパパパッと読みとばす気にはとてもなれなかったです。
とにかく、1コマ1コマ、登場人物のすべてが愛おしくて仕方ない。戦況が悪化して、主人公たちの暮らしはどんどんまともではなくなっていくんですが、そんな中での日常的な笑いに、心の振り子がどんどん振り切れていきます。
下巻については、こちらのブログの解釈で正解だと思います。主人公・すずの救済と再生の物語。正直に言うと、私はそこまで深くは読めていませんでしたが・・・。ストーリーや台詞が印象的なのに加えて、技巧的にも練りに練られているわけです。
そして、バリバリ戦後生まれ(1968年生まれ)の著者がこんな作品を描いた。その事実に、なんだか希望を感じてしまいました。
当たり前の話ですが、この先、戦争を経験した世代はどんどん少なくなっていきます。彼らがいなくなったとき、日本はどのような道に進むのだろうか。戦争の教訓はきちんと生かされるのだろうか。その点は常に不安に思っていました。
でも、たとえ実際に経験していなくても、著者のようなきちんとした取材力と豊かな想像力と的確な描写力があれば、大切なことはきっと伝わるし、教訓は生かされ続けるはず。うん、大丈夫かも。この作品を読んで、そんな希望を少しだけ持つことができました。
作品の中で描かれている戦時下のくらし自体もすごく興味深かったです。米の容積を増やす炊き方である「楠公飯」なんて完全に初耳だったし。また、当時配給されていたお米は玄米だったけれど、そのままでは栄養の吸収が悪いので、各家庭で精米されたりしていたそうな。
うん、考えてみれば確かにそうですよね。玄米は食物繊維が多いぶん、栄養素の多くは吸収されずに排出されてしまう。現在では玄米はヘルシーな食材として注目されていますが、ヘルシーだと見なされるのは、私たちがカロリー過多の食生活をしているから。本当に栄養不足で困っているときには、玄米なんてヘルシーでも何でもないわけです。そんな当たり前のことを再発見してみたり。
話があちこちに飛びましたが、とにかくお薦めの作品なので機会があればぜひ。ちなみに、同じ著者の「夕凪の街 桜の国」もお薦めです。