「ボールをうまく投げられない小学生」急増の理由

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「クラスでボール投げをやらせると、男子でも8割くらいの子が“女の子投げ”をするのが普通です」…近年、ボールを正しく投げられない子どもたちが増えているという。ボール投げの飛距離も年々低下、いったい何が起きているのか? ジャーナリストの石井光太氏の新刊『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む)

《衝撃写真》どうやっても「女の子投げ」になってしまう男の子





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バンザイの姿勢をとれない

 学校生活では帰宅組と学童組だけでなく、運動能力の面でも運動ができる子とそうでない子の“分断”が顕著だという。


 先日、保護者向けの講演会で小学校を訪れた時、見慣れない光景に出くわした。校庭であるクラスが体育の授業でドッジボールをしていた。子どもたちの何人かが黒い防弾チョッキのようなものを上半身につけている。


 最初、私は運動能力の高い子たちが、加圧トレーニングでもしているのかと思った。だが、授業を見る限り、装着している子どもたちは、他の子と比べて体の線が細く、動作もぎこちない。そして真っ先に標的にされ、簡単にボールをぶつけられている。


 先生(関東、50代男性)は説明した。


「あれは、プロテクターなんです。今は運動能力が著しく低い子が結構いて、ボールを避けられず、胸に当たって事故につながることがあるんです。鎖骨や肋骨が折れるとか、最悪の場合は心臓が止まってしまう。なので、運動が苦手な子や、自分で怖いと思っている子には、プロテクターをつけさせているのです」


 最近の学校にはドッジボール用の軽量で柔らかなゴム製のボールが用意されている。病弱な子ならまだしも、健康な子がそのボールをぶつけられたからといって怪我をするとは思えないが、多少なりともその不安があるのだろう。


 子どもたちの体が弱くなったというのは、以前から指摘されてきたことだ。運動会でも、事故予防のために組体操や騎馬戦といった種目が次々と廃止されてきた。今回のインタビューでも、次のような子どもがいるとの指摘があった。


・100メートル走でカーブを走って回ることができずに転んでしまう子が続出する。また、転倒時に手を突いて身を守ることができないので顔面から倒れて大怪我をする。


・準備体操で両手を上げてバンザイの姿勢をとれない。肩甲骨が固まっているため。


・四つ這いになって雑巾がけをすることができない。体幹が弱いので、ちょっと前に進んだところでバタッと顔から倒れてしまう。


・両手両足を交互に使えない。行進の時に右足と右手を同時に前にだすとか、水泳の時にクロールがバタフライのようになる。


・キャッチボールをさせたところ、グローブをはめている手を動かさない。ボールの速度や距離を予測してキャッチすることができない。そのため、相手の投げたボールが顔や胸にまともに当たってしまう。


 何とも痛々しい光景だが、保育園、幼稚園では平らな床に座っていられない子が現れている。彼らが学校に上がれば、このような事態が起きても不思議ではない。


 先の先生は言う。


「20年くらい前までは、授業で怪我をするといっても、せいぜい捻挫や打撲で済んだものです。でも、最近はちょっと走って転んだだけで、前十字靭帯断裂とか、アキレス腱断裂とか、頭蓋骨骨折といった大怪我が起こるようになりました。普段から体を使っていない子が多いので深刻なものになりがちなのです」


 独立行政法人日本スポーツ振興センター「学校の管理下の災害─基本統計─」によれば、1‌97‌0年代と比べると、今の小中高生の学校における骨折率は2.4倍となっている。運動の機会が減っているにもかかわらず、骨折率が高まっているのは、運動能力が下がっていることの表れだと考えざるをえない。


 こうしたことは整形外科の分野でも注目されており、日本整形外科学会では「子どもロコモ(運動器症候群)」と呼んでいる。関心のある方は、NPO法人「全国ストップ・ザ・ロコモ協議会」のホームページで事例が紹介されているので見てほしい。

「女の子投げ」する男子たち

 今回、先生方から運動能力の低下を危惧する声があまりに多く寄せられたため、私は島根大学地域包括ケア教育研究センター講師の安部孝文氏にインタビューした。子どもの運動機能や体作りの研究者だ。


 安部氏によれば、子どもの運動能力を測る指標の一つが「ソフトボール投げ」だということだ。


 ボールを投げる動作は、全身を使って行う。しかも、日常ではやらないような動きが多い。そのため、運動能力の差が如実に表れるのだそうだ。


 図1を見てほしい(調査対象は小学5年生)。2010年くらいから飛距離が急落しているのがわかるだろう。因果関係は定かではないにせよ、子どもの間にスマホやタブレットが普及した時代と重なることは記しておきたい。



 似たようなことだと、子どもの視力の低下も著しい。小学生で視力1.0未満の子は、1986年には19.1%だったが、2022年には37.88%にまで上がっているのだ(「学校保健統計調査」)。眼鏡をかけている子どもが確かに町中でも増えている。これもまたデジタル機器の影響を疑わずにはいられない。



 先生(東海、30代女性)はこう話す。


「クラスでボール投げをやらせると、男子でも8割くらいの子が“女の子投げ”をするのが普通です。投げる時に飛び跳ねるとか、なぜか真横に投げることもあります。あとは、右腕と右足を同時に前に出して投げようとして倒れ込む子もいますね」


 女の子投げとは、肩の筋力が弱かったり、ステップを踏んで反動をつけることができなかったりして、砲丸投げのような投球フォームになることである。運動能力が均一に育っていないと、そのような投げ方になり、飛距離が出ないのだ。


運動能力の低下が叫ばれるのに「最高記録」だけは伸びているのはなぜ…? 子どものたちの運動能力の「二極化」が進んだ理由〉へ続く


(石井 光太/Webオリジナル(外部転載))