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仏教とは何か

「隠居爺の世迷言」記事の後半で、私としては不満というか、異論のあるところもあるが、まあ、些末事なので、記事全体の主旨には賛同する意味で転載する。ただ、隠居爺氏の「明治維新より前の日本文化にも不満、明治維新以降の日本文化にも不満」という気持ちには「?」となる。では、すべての日本文化に不満かというと、その前(省略した部分)では日本文化は素晴らしい、西洋文化は浅薄だ、と言っているのだから、主旨がよく分からない。まあ日本文化の精神性と西洋文化の物質性(世俗性)の折衷がいい、くらいの意味だろうか。

ちなみに、仏教は少しも難しくない。司馬遼太郎が言っているとおりで、要は「空」という概念を通過して現世を見ることで「悟り」に達する、つまり「現世の苦や悪の存在に悩まされない」心を作ることである。(仏教に依らなくても「悟り」を開いている庶民は無数にいるだろう。ただ、彼らはそれを自分では言わないだけだ。あるいは自分で気づいていないだけだ。)
仏教の本質は(一部の宗派・偽仏教を除いて)宗教ではなく、ストア派に近い哲学だ。葬式も仏事も仏像の類も宗教的装飾・偽装でしかない。(それが庶民救済機能もあったから、無意味だとは言わないが。)
ただし、仏教は悟りの際に「無欲化」する可能性が高いので、西洋人的には「廃人」となる可能性が高いwww だから彼らの中には仏教を「虚無主義」だと言う人もいるのである。
蕪村の「卯月八日 死んで生まるる子は仏」は冗談俳句だが、仏教の真髄でもある。死んで生まれれば、現世の苦悩は何も無いのだから。ただ、もっと手軽には、竜安寺の石に刻まれた「我唯だ足るを知る」で、とりあえず悟りに近い状態になれる。

(以下引用)

 仏教は大変に難解な宗教です。これは他の宗教ではあまり見られないものかもしれませんね。キリスト教も神道も拍子抜けするくらい分かりやすいですから。小説家の司馬遼太郎は、仏教においては「解脱こそ究極の理想なのである。」と書いています。そして、「本来の仏教はあくまでも解脱の〝方法〟を示したもの」だそうです。つまり、「解脱するために修行をするのが仏教」ということになるでしょうか。

 そこで、 " 解脱 " とは何かが問題になりますが、「解脱とは「煩悩から解き放された心の状態」である。」(日本大百科全書(ニッポニカ))とあります。では煩悩とは何かといえば、「心身を悩まし、乱し、煩わせ、惑わし、汚す心の作用をいう。」(百科事典マイペディア )のだそうです。

 どうも仏教は、「この世は苦しいもの」という前提を置いて、その苦しさを精神的に解決するための方法を示すようです。それを達成することが解脱であり、悟りを開くといってもいいのでしょう。

 では、解脱して悟りを開いたらどうなるのでしょうか。その瞬間から、薔薇色の、ハッピーな生活が訪れてくるのでしょうか。人生は喜びで満ちあふれるのでしょうか。どうもそうではなさそうです。解脱することによって幸福になるのではなく、一段高度な精神状態、俗世間を超越したレベルの高い存在になるようです。そうなったとしたらどんな気分なのかは、解脱していない私ではよく分かりませんが。

 でも、面白いですね。面白いのは西洋文化と正反対であることです。前回の記事では0.01秒にこだわる陸上100m走のことをしつこく書いてしまいましたが、仏教の精神はそれと真逆のようです。仏教的な思想が支配的な東洋では、目標はそれぞれの人の精神的な成熟です。精神的な成熟によって人生の問題を解決しようとします。0.01秒などという瑣末な問題にはこだわらないわけです。東洋の文化・文明は、精神文化、精神文明といっていいように思います。それに反して、西洋文化・文明は物質文化、物質文明ですね。

 さらに日本の場合は、より複雑であることも指摘する必要があるでしょう。日本は中国・インド文化圏の一番はじに位置していたせいで、中国・インドの文化が遅れて入ってきました。そして私の想像するところ、日本の原始的な文化を滅ぼす形で無理やり侵入してきました。そのせいで日本人は中国・インド文化を受け入れながらも、実は不満を抱えていたのではないでしょうか。

 私はそのことが、明治維新以降の日本を方向づけたと思っています。つまり、中国・インド文明・文化に対する不満が、西洋文明・文化の取り入れという形で表れました。アジアで日本だけが狂気のように西洋化したのは、それ以前から1000年以上も東洋文化・文明を嫌っていたことが影響したのではないかと思います。

 日本人は、西洋文明に触れたことで、それまでがんじがらめに縛られていた東洋から解放されたような気分になったことでしょう。嬉しかったのだと思いますよ。そして、明治維新以降現在に至るまで、日本の行ってきたことは一貫して日本の西洋化です。その結果、日本の物質文明がいかに素晴らしい進歩を遂げたかについては、私が説明するまでもありません。

 しかし、世の中は「全てうまくいく」ということはないものですね。西洋文明・文化には精神性が欠けているという大欠陥があるのです。そのせいで生じたことは、日本人の軽薄化です。私は最近の日本人が劣化してきたように見えて仕方がないのですが、そして、そのことが腑に落ちなくて首を傾げていたのですが、どうも間違いないようです。東洋文明の精神性を捨ててしまったために、日本人は劣化、幼児化、幼稚化してきているようです。

 そのことは、岸田総理でこれ以上ないくらい証明されました。9月に行われる総裁選の候補者を見ても、なんとまあ未熟で愚かな人たちばかりかと呆れるくらいです。石破茂くらいでしょうか、大人に見えるのは。ただし、石破茂のことを私が詳しく知っているわけではないので何とも言えませんが。ただ、石破茂夫人は大変にできた人のようです。この点が、安倍、菅、岸田の3馬鹿大将と大きく違うところです。

 話がそれました。特にバイデン政権になってから、アメリカが遠慮会釈なく日本を侵略し始め、日本文化まで破壊しつつあるのが現状になります。自民党政権はそれに抵抗しません。それが良かろうが悪かろうがとにかくアメリカに従い、そこで自分たちだけがうまい汁を吸おうとするのが自民党の正体ですね。

 私は、明治維新以前の、中国・インド文明に完全に染まった日本を好みませんが、現在のようにヤンキーどもに侵略されている日本も好みません。しかし、日本や日本文化を大切にしようとする政治家が、与野党を問わずほとんどいないように感じます。日本の崩壊を食い止めようとする人が見当たりません。現在の日本は、国の存亡の危機に直面しているのかもしれませんね。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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