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たかが芝居屋が哲学や政治を論じる愚劣さ

「AERAdot」記事の一部で、平田オリザが中江兆民の「解説」をしているが、まあ、実際に兆民の「一年有半」や「続一年有半」を読んで書いたかどうか怪しいものだ。「続一年有半」は、日本哲学の傑作、あるいは最高作であり、その主旨は「有神論否定」、つまり「キリスト教否定」にあり、その論理の明晰さは、有神論(特に、ユダヤ・キリスト教)が太刀打ちできるものではない。だから、キリスト教に根差す西洋哲学(日本の哲学者たち含む)は兆民のこの書を完全無視し、「論理破綻している」などと、無根拠に(おそらく説明なしに)頭から否定してきたわけだ。
明治初期の政治思想の状況を「当時の政治思想の迷走」としているのも愚劣であり、国論が定まらないのを「迷走」とするほどのアホさはない。国論がひとつに定まるのを「ファシズム」と言うのであり、それが明治から昭和初期の現実の社会状況で、その時に「複数の考え方」を明示してその性格を論じたた点にこそ「三酔人経綸問答」の素晴らしさがあるのである。

(以下引用)


中江兆民は喉頭癌で余命一年半と宣告されてから、随筆集『一年有半』を書き(1901年)、さらに「わが日本古より今にいたるまで哲学なし」と喝破して、本邦初の本格的な哲学書(となるはずの)『続一年有半』に挑んだ。だが残念ながら『続一年有半』は中江自身が希求したほどの学問としての厳密性からはほど遠く、一部破綻さえしている。余命幾ばくもない兆民に、それだけの仕事を期待するのは無理だったのかもしれない。


 一方、1887年(明治20年)に書かれた『三酔人経綸問答』の生き生きとした筆致はどうだ。当時の政治思想の迷走が、そのまま、滋味あふれる豊かな日本語で綴られている。


『三酔人経綸問答』は題名の通り、三人の酔っぱらいが国家を論じる体裁で進んでいく。国権主義を代表し海外進出を主張する豪傑君。理想論的な民主主義論、非戦論を唱える洋学紳士。そしてそれを、当時の日本の現状に合わせ、現実的に調停しようと試みる南海先生。


 いずれにも中江兆民の姿が偏在し、その苦悩が対話の端々にうかがえる。明治の文学青年たちが、内面だ言文一致だと右往左往していた頃に、政治の世界でこれだけの文学性を持った作品が生まれていたことは驚嘆に値する。


且つ世の所謂民権なる者は、自ら二種有り。英仏の民権は恢復的の民権なり。下より進みて之を取りし者なり。世又一種恩賜的の民権と称す可き者有り。上より恵みて之を与うる者なり。恢復的の民権は下より進取するが故に、其の分量の多寡は、我の随意に定むる所なり。恩賜的の民権は上より恵与するが故に、其の分量の多寡は、我の得て定むる所に非ざるなり。若し恩賜的の民権を得て、直ちに変じて恢復的の民権と為さんと欲するが如きは、豈事理の序ならん哉。


 このくだりは有名な、革命によって獲得した「恢復的な民権」と、政府の裁量の範囲で与えられた「恩賜的な民権」の違いについて述べた箇所だ。


 中江兆民は土佐・高知の産。黒船来航以前、1847年の生まれだから、漱石などよりは、よほど年上になる。幼少の頃に坂本龍馬に会ったという逸話も残っている。


 若くしてフランス語を学び、24歳で岩倉使節団に随行、アメリカから欧州に渡ったのち、フランスに二年ほど残る。帰国後、ルソーの『社会契約論』の漢文訳『民約訳解』を刊行するなどして名をなし、後年は「東洋のルソー」とも呼ばれた。


 二十七歳で東京外国語学校学長に就任するも文部省と対立してすぐに辞職。やがて自由民権運動の理論的支柱となっていく。1890年第一回衆議院議員選挙に当選。民権派の大同団結を図るも数々の裏切りにあって議員を辞職。奇人であり、切れやすい性格でもあったのだろう。八九年に発布された大日本帝国憲法が、前記の「上からの恩賜的な民権」であることに絶望したのも原因の一つだったようだ。


「昨日民権、今日国権」と呼ばれるように、90年代に入ると民権運動、立憲運動は下火になり国粋主義が台頭する。『三酔人経綸問答』で言えば、豪傑君だけが世にはびこる状態に、兆民は徐々に不機嫌になり、厭世的になっていく。


 だが、冒頭記したように、喉頭癌で余命一年半と宣告を受けてから、俄然、作家、思想家としての生命力を取り戻し『一年有半』『続一年有半』を執筆する。特に『一年有半』は当時としては異例のベストセラーとなった。

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