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気の赴くままにつれづれと。
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上遠野郷
2015年8月5日15時26分
■継ぐ記憶:5
戦争は、教科書に載っている昔の話。死に行く特攻隊員を笑顔で見送るなんて、想像できない。
俳優の広瀬すずさん(17)は、福島県南相馬市の八牧(やまき)美喜子さん(86)を訪ねた。70年前、八牧さんは近くの基地で訓練を受けた特攻隊員を何人も見送った。「みんな元気に出かけていきましたよ。『特攻したら新聞に名前が載るから、必ず読んでね』って」
隊員たちが残した50通ほどの手紙や和歌がテーブルに並ぶ。「御奉公の一途に邁進(まいしん)致します」。広瀬さんは紙片を手に取り、びっしり書き込まれた文字に目を落とした。言葉が見つからなかった。
「命を捨てて特攻に向かう人のことが、やっぱり想像できなくて。わからないことが多すぎて、話を聞くだけで必死でした」
◇
南相馬市には、操縦士の養成学校が置かれた「陸軍原町飛行場」があった。当時15歳の八牧さんは基地近くにあった牛乳店の看板娘。店は20歳前後の隊員らのたまり場になり、八牧さんは皆にかわいがられた。
毎晩のように家に遊びに来る隊員がいた。久木元(くきもと)延秀少尉、21歳。豪快に笑う九州男児で、自分に恋心を抱いてくれているのを感じていた。
1944年12月1日朝、久木元さんから自宅に電話がかかってきた。「これから出撃することになりました」。いつもの元気な声。八牧さんは言葉に詰まった。死に行く人に「お元気で」とも言えない。沈黙に耐えかね、自分から「さようなら」と電話を切ってしまった。
2015/08/06 20:37
http://www.asahi.com/articles/ASH8403YMH83TIPE03S.html
俳優の広瀬すずさん(17)は、福島県南相馬市の八牧(やまき)美喜子さん(86)を訪ねた。70年前、八牧さんは近くの基地で訓練を受けた特攻隊員を何人も見送った。「みんな元気に出かけていきましたよ。『特攻したら新聞に名前が載るから、必ず読んでね』って」
隊員たちが残した50通ほどの手紙や和歌がテーブルに並ぶ。「御奉公の一途に邁進(まいしん)致します」
広瀬さんは紙片を手に取り、びっしり書き込まれた文字に目を落とした。言葉が見つからなかった。
「命を捨てて特攻に向かう人のことが、やっぱり想像できなくて。わからないことが多すぎて、話を聞くだけで必死でした」
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