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風の中の鳥 36

第三十五章 街道
 
 フリードは、次の日、引き連れてきた軍隊を部下の一人に預け、自分はミルドレッドとともに馬でライオネルの屋敷を離れた。
 軍隊と一緒でさえなければ、現国王ケスタの追跡をかわすのは難しいことではない。フリードはまず、南東のローラン国の方に向かった。国境を越えれば、ケスタの追っ手に捕まることはないだろう。
 フリードの心は軽かった。まるで、これまでの国王としての生活が、籠の中の鳥の生活ででもあったかのようである。あの、無為の日々の安楽と退屈は、もはや彼方にある。
 フリードは、傍らで馬を走らせるミルドレッドを見やって微笑んだ。ミルドレッドも笑顔を返す。
 青空の下を、そして星空の下を二人は走った。
 爽やかな風の吹く夏である。
「これで、元通り。まったくの素寒貧から出直しだ」
 フリードが言うと、ミルドレッドは答えた。
「それは違うよ、フリード。あんたが旅に出たときには一人だった。今は私がいる。それがあんたの財産さ」
「そうだな。素晴らしい財産だ。俺はそういう財産をずっと忘れていた。馬鹿だったよ」
 宿屋など滅多に出会うこともないから、夜には野宿をする。寝る前には、もちろん心行くまで交合する。男と女の体が一つになる時の、この安らぎは、快感以上に貴重に思われる。近くで野獣がうろついていようが、剣の達人の二人には、怖くもなんともない。
 これこそ、自分の求めていた生活だったのだ、と今ではフリードは考えていた。
 だが、ローラン国を放浪して二月ほど過ぎた頃、ミルドレッドは体の変調を来し始めた。
妊娠である。
 彼女の腹に子供が出来た事を知ったフリードは、馬を走らせる事をやめ、歩ませるだけにするようにした。
 どこかに定住して、彼女に無事に子供を産ませようと考えた時、フリードが思い出したのは、ジグムントの山小屋であった。
 ちょうど、今いる所からその山小屋までは、そう遠くはない。彼はそこに向かうことにした。
 道々、強盗や追い剥ぎに何度か出会ったが、相手が何人いようが、フリードとミルドレッドの敵ではない。なるべく、ミルドレッドに負担をかけないように、フリードは、ほとんど一人で戦ったが、危なくなるとミルドレッドが手助けしたのはもちろんである。
 そうした追い剥ぎや盗賊から逆に奪い取った金や武器が二人の旅の資金になった。なにしろ、街道や野山で出遭う人間の二人に一人は盗賊であるという時代である。獲物の山賊盗賊には事欠かない。彼らが歩いた道の後は、山賊盗賊がきれいに掃除されてしまったわけであった。
 やがて、二人は山に入り、フリードがジグムントと出会ったあの山小屋に辿り着いた。

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風の中の鳥 35

第三十四章 死者のベッドも楽し

 その晩、ライオネルは静かに息を引き取った。
 翌日、葬儀の後で、フリードは、ミルドレッドに、今の自分は国王の座を追われた身であることを打ち明けた。
「で、あんたはどうしたいのさ。ケスタの軍と戦って国王の座に返り咲きたいのかい。それとも、何かやりたい事でもあるのかい」
 ミルドレッドにそう言われて、フリードは考え込んだ。果たして、自分は国王の座に戻りたいのだろうか。
「もしも、国王の座に返り咲きたいのなら、昔の仲間に連絡すれば、一緒に立ち上がってくれると思うよ。でも、本当にそうしたいのかい?」
「いや、そうでもない」
 フリードは煮え切らない答えをした。
「ケスタが私を追討する軍を出している以上、それに追いつかれたら戦わざるを得ないが、あまり戦いたくはない。無駄な犠牲を出したくないのだ。それに、国王の座にも大して未練はない」
 ミルドレッドは微笑んで頷いた。
「そうさ。国王なんて、国王になりたい奴がやればいいんだ。あんたや私のような人間は、宮廷の中に収まっているより、自由に生きているほうが、よっぽど楽しいはずさ。ライオネルには悪いけど、私はこの領地も財産も捨ててもいいんだ。さあ、あんたと私の新しい生活を祝って、ひとつやろうじゃないか」
「何をだ?」
「決まってるよ」
 ミルドレッドは、フリードに接吻し、彼の股間の物をぎゅっと握って言った。
「もう私の物は濡れっぱなしだよ」
 昨日までライオネルが寝ていた寝台に、二人は縺れて倒れこみ、素っ裸になった。
 裸になったミルドレッドの体は思ったより細身で締まっており、美しかった。
フリードはそのミルドレッドと心行くまで交わり、この数日の心労を忘れたのであった。

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風の中の鳥 34

第三十三章 ライオネルの遺した物

 ビンデン郡に入ったフリードは、領主の館を訪ねた。ライオネルとミルドレッドの住んでいる館である。二千人の軍隊を見たビンデン郡の兵士たちは慌てふためいたが、国王の巡幸であると思って、フリードを恭しく迎えた。ここには、まだケスタの謀反の噂は届いていないらしい。
 久し振りに見る赤毛のミルドレッドは、以前と変わらず逞しく美しかったが、ライオネルの方は病床に臥せっているということであった。
「病気の具合はどうだ?」
 尋ねるフリードに、ミルドレッドは首を横に振った。
「いけないのか?」
「医者の話では、あと数日の命だとか」
「わしが会っていいものだろうか」
「是非、会ってやってください。きっと喜ぶでしょう」
 フリードは寝室に入って、寝台に寝ているライオネルを見た。
 室内は暗かったが、窓から入る光に照らし出されたライオネルの寝姿は、どことなく神々しい雰囲気がある。
 彼は目を開けて、フリードを見た。そして、にっこり微笑んだ。
「国王陛下! わざわざ見舞いに来てくださったのですか?」
 フリードは心に恥ずかしく思った。
「いや、済まぬ。お前が病気だということさえ知らなかったのだ。こんなことなら、もっと早く来るのであった。いい医者に見せたものを」
「いやいや、最後にお目にかかれてよかったです。あなたと出会ったおかげで、楽しい日々を送ることができました。もう、思い残すことはありません。ただ一つ、ミルドレッドとの間に子供ができなかった事を除いては。あいつも子供は欲しがっていたのですが。……そうだ!」
 ライオネルは、何かを思いついたように、目を輝かせた。
「陛下、恐れ多い事ですが、どうかミルドレッドとの間に子供を作っていただけないでしょうか」
「な、何を馬鹿な事を!」
「陛下がお厭でなければ、私が死んだ後、ミルドレッドの事を頼みたいのです。どうせ、私が死ねば、心細い女の身、誰か他の男の物となって、この領地も財産もすべて失ってしまうでしょう。どうか、陛下があいつを引き受けてください」
 フリードは、彼の言葉が、実は以前からミルドレッドに気があった自分の事を見抜いてのことだと分かった。
「お前がそう言うのなら、引き受けよう。もしも男が生まれたらライオネルと名づけよう」
 フリードの言葉に、ライオネルは、頷いて、目を閉じた。
「どうか、ミルドレッドを呼んでください。この話をしておきましょう」
 寝室から出たフリードは、ミルドレッドに、中に入るように告げた。
 しばらくして部屋から出てきたミルドレッドは、何ともいいようのない泣き笑いのような顔をしていた。
「何て馬鹿な、何て優しい男だろう! 自分が今にも死のうとしている時に、他人の事しか考えていないなんて」
 フリードは、彼女にどういう顔を向ければいいのか分からなかった。
「私があんたに惚れていた事を、あの人はずっと知っていたんだよ。でも、本当に馬鹿だよねえ」
 ミルドレッドは、涙のにじんだ顔をまっすぐにフリードに向けた。
「で、あんた、……陛下なんて言わないよ。女にとっては男はみんなただの男だからね……あんたは私の事をどう思ってるのさ。ライオネルの言う通りにしてもいいのかい?」
「ああ、そうしたい。ずっとあんたが好きだったんだ」
「ならば、もっと早く言えばよかったのに!」
 ミルドレッドは、顔をフリードの胸に埋めた。
 その顔を持ち上げて、フリードは彼女に接吻した。その接吻は、甘く、官能的であり、彼女の唇や舌は思ったより小さく可憐で、柔らかであった。

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風の中の鳥 33

第三十二章 二つの愛

 どうも言い訳ばかり多くて申し訳ないが、前章で作者がジャンヌを殺してしまったことについて一言言っておこう。
 「王冠を戴く頭に眠りなし」とかいう意味の言葉をシェークスピアが言っているが、国王と同様に、王妃の座も危険極まりないものなのである。いや、王妃の権力は自分の力ではなく、国王に依存した力であるから、その危険性はいっそう大きい。国王の寵愛が冷めれば王妃の座を追放され、あるいは殺されてしまうことは珍しくない。
 それよりも危険なのは、他の国王夫人、側室らの策謀、暗殺である。特に皇太子継承問題が絡むと、血で血を洗う抗争になることも珍しくない。国王夫人というものは、我が子を次期国王にするためなら、現国王、つまり自分の夫を暗殺することも厭わないのが普通である。なぜなら、女にも権力欲はあるが、国王を支配するのは難しい。しかし、我が子を通してなら自在に権力を行使できるからだ。ライバルである他の夫人たちやその子供の命を奪うことなど、ありふれすぎていて歴史の本に書く価値さえないくらいである。もちろん、正夫人が側室への寵を妬んで側室を殺した話も珍しくない。中国では、嫉妬のあまり、前国王の愛妾の手足を斬り、便所の汚物槽に住まわせて「人豚」と呼んで笑い物にしたというすさまじい話もある。(頭でしか物事を考えない現代の人間には、そのすさまじさをイメージすることも難しいだろうが、たまには、自分をその状態に置いて想像してみるが良い)
 ジャンヌの死について、フリードもマリカの手によるものではないかと疑わないでもなかったが、その頃にはフリードのジャンヌへの愛も冷め、無関心になっていたので、深い追求はしなかったのであった。人間の恋愛感情など、そんなものである。強い恋愛感情というものも、相手との肉体関係が出来るまでの話であり、もしも恋愛感情を永続させたいなら、恋愛が成就したその瞬間に死ぬしかない。いや、成就する直前で死ぬのがベストだろう。多くの結婚生活では、結婚とともに、恋愛感情は無くなり、もっと穏やかな夫婦愛に移行していくのが普通である。特に女性の中には、それを不満に思い、もっとドラマチックで刺激的な不倫に走る向きも多いようだが、性愛などというものの刺激は、短期間しか続かないものであり、次から次へと相手を変える以外には、刺激を維持する手段はない。それによって傷つけられる人間関係の被害の大きさを考えれば、不倫は「やむなく」するものであり、自分から求めてするものではない。(旧約聖書の雅歌に曰く、「愛の自ずから起こるまでは、呼び、かつ覚ますことなかれ」と。)
夫婦の愛は、肉体関係とは別の愛情であり、子供への愛と同じような家族愛である。家族への愛は、しばしば、自分自身への愛以上に強いものであり、多くの家庭の父親のように、家族のためにはどのような自己犠牲も厭わない人間も多い。しかも、恋愛は相手への幻想の上に成り立つものであるのに対し、家族愛は、相手の長所も欠点もありのままに見た上で愛する愛である。恋愛がロマン主義的、幻想的愛なら、これは自然主義、リアリズムの愛だ。もっとも、幻想は現実以上に力強いもので、美的観点からは価値がある場合も無いではない。
 こんなお喋りばかりしていると、話の方がおろそかになるが、フリードの栄達は行き着くところまで行き着いており、普通なら、後は没落を語るしかない。話がそのように進みそうなので、作者としてもこの後は、実はあまり書くのに気乗りはしないのだ。
 だが、人間の上昇は、物質的、社会的なものばかりとは限らない。ジャン・ヴァル・ジャンのように、悲惨の中に死にながらも、精神的な栄光に包まれるというエンディングも考えられるし、マルキ・ド・サドの「虚栄の塔」の主人公ロドリグのように、神との壮大な対決をする、という手もある。まあ、多分、そのどちらにもなりそうもないが、フリードが風に乗ってこのままどこまでも飛んで行くのか、それとも風に吹き落とされるのか、もう少し見守っていただきたい。

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風の中の鳥 32

第三十一章 有為転変
 
 それから三年が経った。今では、エルマニア国の政治の実権はローラン国から連れてきた宰相のケスタが一手に握っていた。最初の王妃であったジャンヌは、第二夫人のマリカの策謀で毒殺され、今はマリカが第一王妃となっていた。
 年を取って容色の衰えたカーミラはフリードの寵を失い、アリーは存在を忘れられた。何しろ、フリードの後宮には、前国王の時代に国中から集められた選りすぐりの美女が百人近くいたからである。フリードの仕事は毎日毎晩違う女と寝ることだけであり、これはケスタの思う壺だった。
 そして、エルマニア国の人々は重税と苦役にあえいでいた。
 かつて自分たちが苦しめられた事を、今は自分が原因となってしていることに、フリードは気づいていなかった。それほどに国王の暮らしは安逸に満ちていたからである。
 ある日、宰相のケスタが報告をした。
「フリード様の弟御のヴァジル様が殺されました」
 フリードは顔色を変えた。
 ヴァジルはフリードの後のローラン国王となっていたのである。
 フリードは気持ちを落ち着けて、強いて冷静に聞いた。
「どういう事情だ?」
「お后の密通相手の大臣に殺されたようです」
「そいつの名は?」
「エドモンとかいう男です」
「よし、すぐにそのエドモンを討伐に行くぞ」
「それはおやめになったほうが」
「何故だ?」
「ヴァジル様の悪政のために、国民はヴァジル様を恨んでおりました。エドモンはまるでシーザーを殺したプルータスのように、ヴァジル様の悪政を殺害の理由とし、国民の人気と支持を得ています。しかし、どうしても討伐に行かれるなら、軍勢は二千人までに願います。なにしろ、国家財政が不如意なもので」
「そうなのか?」
「はい。今年は不作のため、税収が少のうございます」
「そうか。なら、二千人の軍勢で行こう」
 三年間の殿様暮らしですっかり頭の鈍ったフリードは、ケスタの言う通り、僅か二千の軍勢だけを引き連れて出陣した。
 彼がローラン国との国境近くまで来た時、ケスタが即位し、新国王となったという噂が流れて来た。
 フリードは呆然となった。
 しかも、ケスタはフリードを追討するために二万の軍勢を差し向けたということである。
 ケスタが自分に二千の軍隊しか与えなかったのはこのためか、とフリードは地団駄を踏んで悔しがったが、後の祭りである。
 フリードはローラン国との戦争をあきらめ、古馴染みのライオネルの治めるビンデン郡に向かった。

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風の中の鳥 31

第三十章 功績と褒賞

 前章を読んで、「何だ、『漁夫の利』そのままじゃねえか」とお思いになった方は鋭い。
 しかし、現実というものはこのようなものであり、もっとも働いた人間が報われるとは限らない。戦で死んだ人間には何も報いはなく、生き残った卑怯者たち(生き残った事自体、彼らが卑怯者であったことを示している。あるいは、幸運なだけ、かもしれないが、卑怯者であった可能性は高いだろう。特に先の戦争で、自分は戦にも出ないで若い兵士たちが死んでいくのを平気で眺めていた老人連中は、極悪人の、人間のクズどもである)が戦争の利得は分け合うものなのである。死んだ人間には、メダルか何かを贈ればそれで済む。要するに、死んだ人間は働き損ということだ。死人に口無し、である。
 仕事の功績というものは、その現場が多くの人の目で目撃されていない場合には、実際に働いた人間よりも、後で自分の働きを積極的に言いふらす、口のうまい人間の物とされることが多い。だから、昔の武士たちでも、自分の功績をいかにアピールするかに腐心したものである。「男は黙って……」などというのは、確かに美的行為かもしれないが、それでは本人の自己満足しか得られはしない。
 ともあれ、ほとんど何もしなかったフリードは、エルマニア国との戦いの武勲第一とされ、フランシア宮廷で、皇太子をもしのぐ実力者となったのであった。
 フランシア国はこの勝利でエルマニア国を手に入れたが、残念ながらエルマニア国を統治するための兵力はほとんど残っていなかった。成り行きとして、フランシア国王マルタンの娘婿のフリードが手持ちの軍を引き連れて、エルマニア国を統治することになったのである。つまり、彼はエルマニア国の国王ということになった。
 わずか一年前には素寒貧の猟師だった若者が、ヨーロッパ最大の国の国王となったわけで、いくらお話とはいえ都合が良すぎるが、成り行きというものはこんなものである。ナポレオンだろうが、シーザーだろうが、偶然に恵まれなければあれほどの存在にはならなかったはずで、我々が個人の能力を過大評価するのは、その栄光のはなばなしさに目が眩まされるからである。世の中の出来事の多くは偶然に支配されており、人間の能力と結果とは、半分くらいしか結びつかないものである。また、栄光なるものは、大体は誇大宣伝によるもので、半分は眉唾物と思っていい。
人間は、事が終わった後では、必ず自分や関係者を美化するものであり、その結果、世の中には自称他称の嘘っぱちの偉人伝が満ち溢れることになる。トルストイの「戦争と平和」に描かれたナポレオンとクツーゾフの姿は、現実に近いと思われるが、世の中の人間の大半は、ナポレオンを偉大な英雄とし、クツーゾフなど覚えている人もいない。ナポレオンには、彼を美化する崇拝者が多かったが、クツーゾフにはトルストイ以外に弁護者がいなかったからだ。だから、昔から権力者たちは、自分の宣伝者を周到に手配したものである。
偉大な結果が、その当人たちの能力や判断とは無関係な場合もある。たとえば、日本海海戦の大勝利で、東郷平八郎は名将とされ、作戦参謀の秋山真之は名参謀とされたが、秋山による敵の行動予測は大外れしており、戦の間、彼は何一つしていない。また、東郷の判断による敵前大回頭など愚劣極まる作戦であり、自軍の被害を大きくしただけである。もちろん、そうしなければ敵を逃していたわけだから、止むを得ない行動だったわけだが、それが名将の理由にはならない。結果的には、長い航海で疲弊し、訓練不足の敵を打ち破って名を高めたわけだが、この勝利の「神話」が、その後の日本の軍隊を誇大妄想狂にし、将軍よりも参謀が大きい顔をするような、馬鹿げた参謀信仰を高めたのである。
日本の近代の「偉大な」軍人の戦績を詳しく見れば、その大半は失敗の連続であり、その栄光はたった一度の偶然の大当たりによるものであることが分かるだろう。いかに優れたリーダーでも、その場の状況では味方を全滅させることもあり、いかに無能なリーダーでも、(たとえば弱敵に遭遇するといった)偶然に恵まれて素晴らしい戦績を挙げることもある。それが戦争というものだが、日本の官僚や上級軍人たちは、自分たちの能力こそが勝利の鍵を握っていると信じていた。太平洋戦争における日本の敗北は、日露戦争以降に「システム化された」愚劣さによるものなのである。
さて、フリードは自分の腹心の部下たちをエルマニア国のそれぞれの郡の領主とし、自分はそれらの封建領主の上に立って国を統治した。
 仲間たちは皆喜んでそれぞれの郡の領主となったが、ジグムントだけはそれを断った。領主の仕事で頭を悩ますより、気楽に生きていきたいというわけである。そして、彼は何処へとも無く去っていった。

(注)日本海海戦における東郷平八郎への作者の評価は、現在は異なるが、面倒なので、書いた当時のままにしておく。とにかく私は、軍人や軍事専門家というものへの過大評価にこれを書いた当時はいらいらしていたのである。もっとも、東郷の勝利は、ロジェストヴェンスキーの無謀な長距離遠征による疲弊と相手側の訓練不足にその大きな原因があり、東郷が名将であるとすれば、決戦に備えてきちんと自軍の訓練をしていたことにある。つまり、平常の場での準備がこの戦史上のパーフェクトゲームを生んだのである。そして、もちろん下瀬火薬の威力は、敵側の記録にも残されており、こうしたテクノロジー上での優位さも、すべてがうまく作用したのであって、東郷が運のいい男だというのは確かであったようだ。そして、東郷を連合艦隊司令官に選ぶのにその運のよさを判断根拠とした山本権兵衛の判断も結果的には正しかったということになる。さらに、この戦闘の結果で日本が歴史上初めて白人国家を破った有色民族となり、世界の一流国への足がかりを作ったのも確かだが、それは日本の国民性を夜郎自大なものにもしたのである。

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風の中の鳥 30

第二十九章 冗談のような成り行き

 さて、雪の降り出した中をフリードの軍隊は出発した。
 国境の山脈の間道を通って大急ぎで進軍した結果、五日後に彼らはパーリャ郊外に到着したが、ちょうどその日の夕方にエルマニア国とフランシア国の大決戦は終わっていた。
 結果は、共倒れであった。
 エルマニアの五万の兵と、フランシアの三万の兵は互角に戦い、消耗し尽くしたのである。どちらも、自分の軍が有利に戦いを進めていると思って戦況を見ていたため、戦をやめるきっかけが掴めず、気が付くと、お互いに数百名の近衛隊だけを残すだけとなっていた。
 やがて夕暮れになり、戦闘は自然に一段落した。この時にはどちらも、自分の軍が負けたと思い込んでいたのである。
 エルマニア国王は夕闇に紛れて逃亡しようとしたが、その時、降りしきる雪の中を背後から近づく大軍隊があった。フリードの軍である。大軍隊どころではなく、たった二千名の小部隊であったが、その時のエルマニア国王にはフリード軍はまったく大軍隊に見えたのである。
 一方、こちらも自軍が負けたと信じ込んでいたフランシア国王も王宮に戻って逃亡の支度をしていた。
 そこへ、味方の兵士からの伝令が来て、次のように言った。
「国王、救援軍が来ました! ローラン国のフリード王です。ジャンヌ様の婿殿です。ローラン軍はエルマニア軍をさんざんに打ち破って、我が軍を勝利に導きました!」
 マルタン国王は飛び上がって歓喜の声を上げた。
 やがて王城に入城してきたフリードを、フランシア国王は腰を低くして丁重に迎えた。
「あなた方の御蔭で、我が国は救われました! この御恩は何と言っても言い足りないほどです」
「いやいや。何とか間に合ったようです。これで義父上への義理が果たせました」
 フリードは鷹揚に、感謝に答えた。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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