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風の中の鳥 38

第三十七章 冬の夜

 冬が来た。雪の降り積もった山はひっそりと静かだったが、フリードとミルドレッドの山の家には大きな石造りの暖炉があり、秋の間に蓄えた豊富な薪と食糧で、長い冬も安楽に過ごせそうであった。
 さすがのジグムントも、人恋しさのためにフリードの家に来て過ごす事が多くなり、今では彼の家に泊まる事の方が多かった。
 周りが雪に閉ざされた冬の間は、する事もほとんど無い。フリードは、木を削って弓矢を作ったり、家の内部の様々な調度を作ったりする事で日々を過ごしていた。そして、ミルドレッドは、やがて生まれる子の肌着を縫い、着物を作る。
 単調だが、退屈ではない。人間の暮らしとは、もともとそういうものだ。
 昼の間はまだ、屋根の雪下ろしなどのために外に出ることもあるが、夜には炉辺で話をしたり、居眠りなどをしたりするだけだ。
ジグムントは、暖炉の前で手足をあぶりながら、フリードたちと別れてからの話をした。
 フリードから、エルマニアの郡の一つの領主となるように言われて、それを断ったジグムントは、一人でふらりと旅に出た。いや、一人ではなく、従者を一人連れていた。例の、人参小僧ティモシーである。
 最初は、物珍しさから、未知のエルマニア国のあちこちを旅して回ったが、やがて故郷が懐かしくなり、彼はフランシアに戻った。
 そこで聞いた話は、思いがけないものだった。
 あの、皇太子妃のマリアが王妃になったという話である。国王のマルタンが死んで皇太子が即位したわけではない。息子の嫁に欲情した国王マルタンが、マリアを奪って自分の物にしたのである。例によって人にノーと言えない性格のマリアは、それに素直に従ったのだろうが、皇太子は、いい面の皮である。前の王妃は、離婚こそされないものの、遠くの離宮にほとんど幽閉状態にある、ということで、まったく美貌というものは罪作りなものである。
 国王の義父となったアキムは、大変な権力者となり、今では財務大臣となってフランシアの国家財政のすべてを管理していた。
 ジグムントと久し振りに再会したアキムは、大喜びをして、彼にフランシア宮廷の廷臣となる事を勧めたが、彼はそれを断った。陰謀だらけで、油断も隙もならない宮廷で生きることなど真っ平だったからだ。
 彼は里心のついたティモシーをパーリャに残し、一人で再び放浪の旅に出た。その間、様々な冒険もあったが、やがて体の衰えを感じ、人生最後の日々をひっそりと暮らそうと、この住み慣れた山小屋に戻ってきた、というのがジグムントの話であった。
「そうそう、そう言えば、アキムには妾がいたぞ。今では、正妻のサラよりよほど威張っておった」
 ジグムントの言葉に、フリードは答えた。
「まあ、大臣ともなれば珍しい事ではないでしょうな」
「それが、あのシモーヌじゃ」
「シモーヌ?」
「ほれ、わしとお前が最初にアキムの家に行った時、美人の女中がいたじゃろう。あの女中のシモーヌじゃよ」
「ああ、思い出しました」
 フリードの心に、あの、つんと澄ました、きれいな顔をしたシモーヌの顔が思い浮かんだ。実は、彼女を見た時、フリードの心には、彼女の体を得たいという欲望が生じていたのだが、家の主人への遠慮と、田舎者の気後れのために何も出来なかったのであった。今の自分なら、さっさと手に入れていたものを。
 そうしたフリードの心を見透かしたように、ミルドレッドが口を挟んだ。
「あんた、そのシモーヌって子に惚れていたんでしょう」
 妻の勘の良さに、フリードはびくっとした。こいつ、魔女ではないだろうな。
「ま、まさか」
「ふん、どうだか。男なんて、みんな同じよ。少しきれいな子を見るとすぐに鼻の下を伸ばすんだから」
「はっはっはっ。まあ、許してやれ。あの頃はこいつも純情で、あの美人の女中に手は出さなかったのじゃから。もっとも、あの女は澄ました顔に似ず、好き者で、わしとは寝ておるのじゃよ。だから、アキムの前で、妾になったあの女と顔を合わせるのは、何とも面映いものじゃったわい」 
 フリードはあきれて、この、手の早い老人の顔を見つめた。
長い冬の夜はしんしんと更けていく。
 暖炉の灰の中で焼き栗のはぜる音がする。
 窓の外では時折ごうっと強い風の音がするが、室内は火に照らされ、平和で暖かだ。
こうして、時間はゆっくりと過ぎていくのであった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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