第九章 ピエールとの再会
「うちの炉では、一月で荷車一台分くらいがせいぜいだが、向こうは荷車二十台分くらい作る。しかも、うちは雨の降る時期は仕事ができないが、向こうはいつでも作れる。水車を使ったふいごで石炭を焚いて鉄鉱石を溶かすんだ。ただし、質は木炭で作ったうちの鉄のほうがいいがな」
少年は聞かれもしないのに家の内情をぺらぺら喋った。お喋りな子供のようだ。
「君はジョーイと言うのか? あの小屋の主人の息子だな」
「ああ、あんたはどこへ行くんだい?」
「ガレリアに行く途中だ」
「ガレリアか。いいな。俺はこの山から出たことがない。ところで、製鉄所に何の用があったんだい?」
「弓の矢尻を作ってもらえないか聞きにきたんだ」
「馬鹿だな。そんなの、鍛冶屋か馬具屋に頼むに決まってるじゃないか」
「俺のいたところでは、何でも自分で作っていた。鉄を作るなら、鉄製品も自分で作るのかと思ったんだ」
「あんた、案外田舎者なんだな。格好だけは町者風だが」
「ああ、今はバルミアに住んでいるが、しばらく前まではカザフの上の山に住んでいた」
「俺と同じ山人か。猟師だな」
「そうだ」
また遠くから「ジョーイ!」と呼ぶ声が聞こえた。
ジョーイは肩をすくめて小屋に向かって歩き出そうとしたが、振り返って言った。
「矢尻は、俺が作ってもいいぞ。ただし、今は駄目だ。製鉄の仕事が忙しくて、他の仕事なんかやったら親父にどやされる。何か、見本になるものはあるか?」
マルスは袋から予備の矢尻を一つ取り出して、ジョーイに渡した。
ジョーイはそれをポケットに入れて、小屋の方に歩み去った。
旅籠に戻った時には日はすっかり暮れていた。
「何か収穫はあったか」
オズモンドに聞かれて、マルスは山での出来事を語った。
「馬鹿みたい。その子、あんたを騙したのよ」
マチルダが言った。
「どうかな。騙されたにしても、矢尻一つのことだ」
オズモンドはマルスを弁護したが、ジョンもマチルダに味方した。
「いや、矢尻一つでも、買えば六十エキュはします。只で人にくれることはありませんよ」
もったいない、とジョンは肩をすくめ、首を振った。
翌日、旅籠を出てガレリアを目指したマルスたちは、やっとガブール山脈に近い小さな町に着いた。ここからガレリアまではあと一日の距離である。
「この町は何と言うんだ?」
オズモンドがジョンに尋ねた。ジョンは若い頃にレントを出て、ローラン家に勤める前はあちこち放浪していたので、地理に詳しいのである。
「フレスコです。モンタナ家の代官ゼビアスが治めている町です。あまり評判の良くない男のようですよ」
マルスたちはとりあえず旅籠に宿を取った。
夕食は食堂で取ることになっており、何人もの客が集まっていた。
その中にマルスは見知った顔を見つけて驚いた。
「おい、あんた、俺を覚えているか」
マルスはその男の所につかつかと近づいて、言った。
男は暢気な顔で、うん?とマルスを見上げた。すでに少々酒が入っているらしい。
「俺の弓とペンダントはどうした」
「はてな、あんた誰だい。弓って何の事だ」
「とぼけるな。俺から盗んだ弓を返せ。泥棒野郎」
「こいつは聞き捨てならねえな。いきなり人を泥棒呼ばわりされたんでは決闘でもしなきゃあならんことになるぞ」
男はもちろんピエールであった。マルスが山からバルミアに向かう旅の途中で、マルスを酒に酔わせて父の形見の弓とペンダントを盗んだ男である。
入り口から入ってきた男がマルスとピエールを見て、驚いたように立ち止まった。ジャンである。
「おい、どうした」
ジャンは二人の側に足早に近づいた。
「いや、この小僧が訳のわかんねえ事を言うんで困ってるとこよ」
「俺達に喧嘩を売ろうという気か」
マルスたちの様子を見守っていたオズモンドとジョンも、マルスを守ろうと寄ってくる。
マルスは手で二人を制し、二人組みの盗賊に言った。
「あの弓とペンダントは父の形見なんだ。返してくれたらこの弓をやる」
マルスの差し出した弓に、ピエールはちらっと目をやり、すぐにそっぽを向いた。
「何で俺が見も知らねえ奴と自分の大事な弓を交換しなけりゃあならねえんだよ。欲しけりゃあ力づくで来な」
「よし、分かった。ここでは皆の迷惑だ。外でやろう」
マルスとピエールは旅籠の裏庭に出た。
食堂の客たちは面白い見物だとばかり、ぞろぞろと続いて外に出て来た。
マルスとピエールは向かい合って立ち、互いに睨み合った。
「うちの炉では、一月で荷車一台分くらいがせいぜいだが、向こうは荷車二十台分くらい作る。しかも、うちは雨の降る時期は仕事ができないが、向こうはいつでも作れる。水車を使ったふいごで石炭を焚いて鉄鉱石を溶かすんだ。ただし、質は木炭で作ったうちの鉄のほうがいいがな」
少年は聞かれもしないのに家の内情をぺらぺら喋った。お喋りな子供のようだ。
「君はジョーイと言うのか? あの小屋の主人の息子だな」
「ああ、あんたはどこへ行くんだい?」
「ガレリアに行く途中だ」
「ガレリアか。いいな。俺はこの山から出たことがない。ところで、製鉄所に何の用があったんだい?」
「弓の矢尻を作ってもらえないか聞きにきたんだ」
「馬鹿だな。そんなの、鍛冶屋か馬具屋に頼むに決まってるじゃないか」
「俺のいたところでは、何でも自分で作っていた。鉄を作るなら、鉄製品も自分で作るのかと思ったんだ」
「あんた、案外田舎者なんだな。格好だけは町者風だが」
「ああ、今はバルミアに住んでいるが、しばらく前まではカザフの上の山に住んでいた」
「俺と同じ山人か。猟師だな」
「そうだ」
また遠くから「ジョーイ!」と呼ぶ声が聞こえた。
ジョーイは肩をすくめて小屋に向かって歩き出そうとしたが、振り返って言った。
「矢尻は、俺が作ってもいいぞ。ただし、今は駄目だ。製鉄の仕事が忙しくて、他の仕事なんかやったら親父にどやされる。何か、見本になるものはあるか?」
マルスは袋から予備の矢尻を一つ取り出して、ジョーイに渡した。
ジョーイはそれをポケットに入れて、小屋の方に歩み去った。
旅籠に戻った時には日はすっかり暮れていた。
「何か収穫はあったか」
オズモンドに聞かれて、マルスは山での出来事を語った。
「馬鹿みたい。その子、あんたを騙したのよ」
マチルダが言った。
「どうかな。騙されたにしても、矢尻一つのことだ」
オズモンドはマルスを弁護したが、ジョンもマチルダに味方した。
「いや、矢尻一つでも、買えば六十エキュはします。只で人にくれることはありませんよ」
もったいない、とジョンは肩をすくめ、首を振った。
翌日、旅籠を出てガレリアを目指したマルスたちは、やっとガブール山脈に近い小さな町に着いた。ここからガレリアまではあと一日の距離である。
「この町は何と言うんだ?」
オズモンドがジョンに尋ねた。ジョンは若い頃にレントを出て、ローラン家に勤める前はあちこち放浪していたので、地理に詳しいのである。
「フレスコです。モンタナ家の代官ゼビアスが治めている町です。あまり評判の良くない男のようですよ」
マルスたちはとりあえず旅籠に宿を取った。
夕食は食堂で取ることになっており、何人もの客が集まっていた。
その中にマルスは見知った顔を見つけて驚いた。
「おい、あんた、俺を覚えているか」
マルスはその男の所につかつかと近づいて、言った。
男は暢気な顔で、うん?とマルスを見上げた。すでに少々酒が入っているらしい。
「俺の弓とペンダントはどうした」
「はてな、あんた誰だい。弓って何の事だ」
「とぼけるな。俺から盗んだ弓を返せ。泥棒野郎」
「こいつは聞き捨てならねえな。いきなり人を泥棒呼ばわりされたんでは決闘でもしなきゃあならんことになるぞ」
男はもちろんピエールであった。マルスが山からバルミアに向かう旅の途中で、マルスを酒に酔わせて父の形見の弓とペンダントを盗んだ男である。
入り口から入ってきた男がマルスとピエールを見て、驚いたように立ち止まった。ジャンである。
「おい、どうした」
ジャンは二人の側に足早に近づいた。
「いや、この小僧が訳のわかんねえ事を言うんで困ってるとこよ」
「俺達に喧嘩を売ろうという気か」
マルスたちの様子を見守っていたオズモンドとジョンも、マルスを守ろうと寄ってくる。
マルスは手で二人を制し、二人組みの盗賊に言った。
「あの弓とペンダントは父の形見なんだ。返してくれたらこの弓をやる」
マルスの差し出した弓に、ピエールはちらっと目をやり、すぐにそっぽを向いた。
「何で俺が見も知らねえ奴と自分の大事な弓を交換しなけりゃあならねえんだよ。欲しけりゃあ力づくで来な」
「よし、分かった。ここでは皆の迷惑だ。外でやろう」
マルスとピエールは旅籠の裏庭に出た。
食堂の客たちは面白い見物だとばかり、ぞろぞろと続いて外に出て来た。
マルスとピエールは向かい合って立ち、互いに睨み合った。
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