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少年マルス 14

第十四章 山中の隠者

グルネヴィアを出て半日ほど行ったところで道は尽きた。強い木の香のする針葉樹の森林の中を進んで行くと、山の岩肌が出てきて、このあたりからは斜面の大部分は雪に覆われている。
マルスは一行の先頭に立って一同を導いた。
時には岩壁を攀じ登らねばならない。そういう時は、まずマルスが先に登っていき、適当な足場を見つけて杭を打ち、そこからロープを垂らして他の連中を引き上げる。
緩やかな斜面があったので、その日はそこの岩陰で眠ることにした。体中に目一杯、服を着込んで、顔には木綿の布を巻いて凍傷を防ぐ。互いに体を寄せ合っていれば、毛布一枚でも暖かい。
明け方、マルスはふと目を覚ました。自分の足に絡みつくものがあった。
トリスターナの足であった。マルスは胸をどきどきさせて、側のトリスターナの気配を窺ったが、彼女は安らかな寝息をたてている。単に、寒さで無意識に身を寄せただけらしい。もちろん、ズボン越しにではあるが、トリスターナの柔らかな足の感触で、それからはマルスはもう眠れなかった。なんだか天国にいるような気さえする。
寝たまま、岩陰から見える空を眺めると、一面の星空である。
なんでこんなに幸福な感じがするんだろう、とマルスは考えた。
トリスターナのせいだろうか。それだけでもないような気がする。トリスターナの向こうで寝息を立てているマチルダとオズモンド、マルスの右手で寝相悪く毛布からはみだして寝ているジョン。彼らはマルスの仲間だった。生まれてからほとんど父親と母親だけと暮らしてきたマルスにとっては初めての友人と言っていい。彼らは何の義理も無いマルスの旅にこうして付き合ってくれている。もちろん、それが彼らにとっても面白いから一緒にいるのだが、マルスにとっては得がたい助けであり、それだけでなく、心の支えでもある。彼らがいなければ、マルスの旅はどんなに孤独なものになっていただろうか。
(僕はこの人たちを何があっても守り抜くぞ)
マルスは心の中でそう呟いた。

グルネヴィアを出て三日目、一つ目の山は越えたが、まだ山は続いている。
マルスは矢で鳥や獣を射て、一行の食料にしていた。グルネヴィアを出た時に持ってきたパイや固パン、ビスケットのうち、パイはすでになくなっている。水は雪を溶かして飲めるから大丈夫だが、このままだと食糧はあと五日分くらいである。
「もしもこの山の先も同じように山が続いていると大変だな」
オズモンドが溜め息をついて言った。
「マルスがいれば大丈夫よ。私たちだけだったら大変だけど」
ここ数日で、マルスの山人としての能力を信頼しきっているマチルダが言った。
「まったく、こういう状況では貴族だの何だのといっても役に立たんことがよく分かったよ」
オズモンドは少々弱気になっているらしい。同じ男として、トリスターナの前で、少しはいい所を見せたいのだが、山の中ではマルスの猟師としての抜群の能力を見せ付けられるだけであるから、それも仕方の無いことだ。
「そんな事ありませんわ。オズモンドさんは十分役に立っています。それより、私なんか足手まといになるだけで、申し訳なくて……」
トリスターナがオズモンドを弁護した。
なるべく低地を行こうということで、山間の通路を探しに行っていたマルスが戻ってきた。
「この先に洞窟がある。どうやら人が住んでいる気配があるんだが、どうする? 行ってみるか」
「まさか山賊の根城ではないだろうな」
「いや、それほど大人数がいるとは思えない。行ってみよう」
一行はマルスを先頭に進んだ。
岩肌の露出した岩壁に、その洞窟はあった。入り口は人が四、五人楽に通れる広さがある。
マルスは用心しながら中に入っていった。後にオズモンドらも続き、後ろはジョンが警戒する。
洞窟の中は暗いが、まったくの暗闇ではない。どこかに明り取りの穴があるのだろう。
二十歩ほど進んだところで、奥からしわがれた声がした。
「誰じゃな?」
マルスたちは顔を見合わせた。
「怪しいものではありません。山越えの旅の途中でここを通りかかったものです」
しばらく間があって、やがて声がした。
「入りなさい。お会いしよう」
マルスは奥の部屋に入った。部屋と言っても、別に戸があるわけではないが。
奥の部屋にいたのは、ベッドに寝ている老人だった。
「すまんが、そこの壷の水を取ってくれんか」
老人は立ち止まって見下ろしているマルスに言った。
「わしはもう長い事ない。人間に会うのも久し振りじゃ。だが、来てくれてよかった。ちょうど喉が渇いておったが、その壷のところまで歩くのも大儀でな」
水を飲み終えた老人は、マルスをしげしげと見た。
「はて、お主、どこかでわしと会わなかったかの? 何やら見た覚えがあるが」
マルスの方にはこの老人に見覚えは無かった。
「いいえ、初めてお会いすると思いますが」

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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