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少年マルス 8

第八章 山の製鉄小屋

「この山の北にも国があって、森と湖が多く、とてもきれいな所らしいですよ」
ジョンが言った。
「アルカードというんだ。美しい国らしいが、アスカルファンの者で、アルカードに行って戻ったものは少ない。いつか行ってみたいものだな」
オズモンドが馬車の中から言った。
マルスはグレイの腹を軽く蹴って、先の様子を見てくることにした。
ポラーノに入ってから三日になるが、ガレリアはまだ見えない。マルスの目的は、ガレリアよりも、さらにその北、山腹にある宗教都市グルネヴィアにあった。アスカルファンの国教、エレミエル正教の寺院、修道院がいくつも集まったグルネヴィアには、もしかしたら叔母のトリスターナがいるかもしれない。叔母のことは、オズモンドを通じて聞いただけだが、北の修道院にいることは確実なようだ。但し、グルネヴィア以外にも修道院はあと二つあり、そこでなければ、あと二つの町を訪ねてみなければならない。
叔母に会えば、もしかしたら父の消息がわかるかもしれない。オズモンドも、ジルベールのことについてはほとんどわからず、ただ、若い頃に旅に出たまま行方不明になっていると聞いていただけである。
マルスが馬を進めていくと、街道は二つの道に分かれた。右手の道の側には小さな川が流れ、その上流は山に続いていた。ガレリアのあるミュヨー山は連山であり、これは独立した山だから、左の道を行くべきだろう。だが、マルスは川岸の砂が一面黒くなっているのに気づいた。
近づいて、ナイフを砂に近づけてみると、細かな鉄粉がナイフにくっついてきた。磁鉄鉱の粒、つまり砂鉄である。川岸に多量の砂鉄が溜まっているということは、上流で鉄作りをしている可能性がある。
馬車に戻ってオズモンド等とともに、マルスは川の上流へ向かう道を登っていった。
山の麓に旅籠があったので、そこで一休みし、オズモンドたちはそこに残してマルスは一人で山に登っていった。
やがて道は尽きたが、獣道を通っていくと、見通しの利く谷間に、煙の立ち上っているのが見えた。その谷間を川が流れ、煙は川の側の小屋から立ち上っているらしい。
突然、前の茂みがガサガサと鳴り、巨大なものが姿を現した。
一瞬、熊かとマルスは身構えた。
現れたのは人間だった。だが、ほとんど巨人と言ってもよい身の丈で、マルスの二倍近い高さがある。黒人で、頭には毛がなく、でっぷりと太っているが鈍重な感じではない。
男はマルスを見て驚いたようだった。
「お前、何者だ。こんなところで何してる」
大男は、背中に背負っていた薪を下ろしながら、たどたどしい口調で言った。
「この辺に、鉄を作っているところはないか。鉄を買いに来たんだ」
「商人か。うちの主人が鉄を売る相手は決まっている。会っても無駄だ」
「会わなければ、いい話かどうか分かるまい。まず、会わせてくれ」
 大男は少し考えていたが、頷いて言った。
「よし、分かった。会わせるからついて来い」
大男がマルスを連れて行ったのは、やはり先ほど見た谷間の小屋だった。
崖に沿って幾つかの炉が並び、そのうち半分ほどから煙が立っている。
一つの炉の前で、炉に木炭を並べ入れている中年の男がここの主人だろう。髭も髪も炉の熱で短く焦げており、背中が曲がっているのは、クル病だろうか。
「ジョーイ、どこへ行きやがった。あの役立たずめ!」
マルスの来たのにも気づかず、男は怒鳴り声を上げた。
「ご主人様、お客です」
「客だと? こんなところに何の用だ」
男はマルスに顔を向けた。男の顔は右半分が醜く焼け爛れていた。右目は潰れているようだ。まるで、神話のバルカンのような男だ。
「鉄の細工をお願いしたいのだが」
「お門違いだ。うちは鉄作りであって、細工はせん。細工は町の鍛冶屋に頼むがいい」
「ならば、鉄を仕入れたいが、幾らくらいだろうか」
「うちは決まった問屋にしか品物は売らん。問屋から買いな」
マルスは、交渉をあきらめることにした。男の言うのはもっともである。顧客への義理もあるだろうから、よそ者が、いきなり製造現場に来て交渉するのは無理がある。
 マルスが小屋から離れて林の小道に入ると、林の中から現れた者がいた。
 まだ十四、五歳の赤毛の少年である。マルスよりはずいぶん幼く見えるが、顔つきは無邪気さと抜け目なさの混じったようなところがある。
「兄さん、鉄が欲しいんかい?」
「ああ」
「うちはやめといた方がいい。もう少し上に行くと、もう一つ製鉄場がある。そこは人を十人以上も使って鉄を作っている。うちはもうすぐ終わりさ」
マルスはあけすけな少年の言葉に、思わずその顔を注視した。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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