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親の因果が子に報い

ウィキペディア記事の一部だが、どこまで信頼性がある記述かは分からない。
8歳か9歳くらいの子供に対し、過去の王政への不満や怒りの帰結だとはいえ、これほどの残虐な行為をなしうるのが人間である。
だが、ルイ16世の治世下での王室や貴族の放恣な生活の付けとして、程度の差はあれ最下層の貧民の子供の多くはこれに似た運命を持っていたわけだ。



(以下引用)


国内の王党派や外国の君主からは正式なフランス国王とみなされ、政治的に利用されることを恐れたショーメットとエベールは2月1日、元は家族の食堂であった部屋にルイ17世を押し込んだ。厚さが10フィートもある壁にある窓には鎧戸と鉄格子があり、ほとんど光は入らなかった。不潔な状況下にルイ17世を置き、貶めるために、室内にはあえてトイレや室内用便器は置かれなかった。そのため、ルイ17世は部屋の床で用を足すことになり、タンプル塔で働く者はこの部屋の清掃と室内の換気は禁止された。また、本やおもちゃも与えられず、ろうそくの使用、着替えの衣類の差し入れも禁止された。この頃は下痢が慢性化していたが、治療は行われなかった。食事は1日2回、厚切りのパンとスープだけが監視窓の鉄格子からするりと入れられた。ルイ17世に呼び鈴を与えられたが、暴力や罵倒を恐れたため使うことはなかった。監禁から数週間は差し入れの水で自ら体を洗い、部屋の清掃も行っていたが、ルイ17世はくる病になり、歩けなくなった。その後は不潔なぼろ服を着たまま、排泄物だらけの部屋の床や蚤と虱だらけのベッドで一日中横になっていた。室内はネズミや害虫でいっぱいになっていた。深夜の監視人交代の際に生存確認が行われ、食事が差し入れられる鉄格子の前に立つと「戻ってよし」と言われるまで「せむしの倅」「暴君の息子」「カペーのガキ」などと長々と罵倒を続けた。番兵の遅刻があった日は、同じ夜に何度もこの行為は繰り返された。もはや彼に人間的な扱いをする者は誰も居なかった。




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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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