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少年騎士ミゼルの遍歴 36

第三十六章 大河の鰐

次の日から、リリアは、ピオの後ろ、ミゼルの前を歩くことになった。後ろのザキルの視線から少しでもリリアを隠すためである。しかし、リリアの後ろを歩くことは、ミゼルに絶えずリリアを意識させることになった。ふとした動きに現れる、リリアの体の女らしい曲線や、手足や首筋の白さがミゼルを悩ましい気持ちにさせる。自分もザキルと同じだ、とミゼルは自分を心で罵った。リリアの後ろを歩いている間中、ミゼルの心にはリリアしかいなかった。この旅の目的も、父マリスや祖父シゼルの事も忘れて、ただリリアを見る喜びしかなかったのである。
上陸して四日目、一行はシャクラ神殿の前を流れる大河に出た。大河の向こうには火山があり、その中腹には、明らかにシャクラ神殿と思われる建物がある。
川の水は深くはなさそうだが、それでも二メートル以上あり、歩いて渡れるほどではない。一行は、川の側に生えている木を切って筏を作ることにした。
作るのに半日ほどかかったが、筏は出来上がった。人間だけでなく、ライオンのライザや馬のゼフィルも乗れるほどの大きな筏だ。
対岸までは、およそ百メートルほどだろうか、彼らが筏で渡るその側を大鰐が何匹かゆっくりと泳いでいく。ミゼルたちは、鰐を見るのは初めてだが、その大きな口にびっしりと生えた鋭い歯を見れば、これが危険な生き物であることはわかる。
突然、その中の一匹が、筏に前足を掛けた。筏がぐらりと揺れる。鰐は、案外素早い動作で、のそりと筏に上がってきた。
ゼフィルは嘶き、ライザは身構えて唸り声を上げた。
ピオが剣を抜いてその大鰐に斬りつけたが、その堅い皮に跳ね返される。
「刺せ、刺すんだ!」
リリアを後ろにかばっていたミゼルは、それを見て叫んだ。
マキルが愛用の銛を構え、投げた。銛は大鰐の腹部に突き立った。大鰐はその苦痛で暴れ、揺れ動く筏からザキルが落ちた。
ミゼルは、剣を抜いてジャンプし、鰐の上方から、その頭に深々と剣を突き立てた。鰐の頭は筏の材木に剣で留められ、鰐はなおも体をぴくぴくと動かしていたが、やがてその動きを止めた。
マキルの方は、その間に水に落ちたザキルを拾い上げている。ザキルは、彼を狙って近づいてきた他の鰐の口から、辛くも救われた。
筏には、鰐たちが上ろうとし続けたが、ミゼルとピオが剣を抜いてそれを追い払い、筏はやっとのことで対岸に到着した。

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少年騎士ミゼルの遍歴 35

第三十五章 エタム上陸

 光り輝く秋空の下、船はエタムに向けて出発した。爽やかな風の吹くヘブロンの島はミゼルたちの背後にだんだんと小さくなっていった。
 ヘブロンを出て十日ほどたつと、空気が淀んだようになり、暑熱が増してきた。空は黒い雲に覆われ、一日のうちに晴れと雨が何度も交代する。雨がやむと、黒い雲の帳から黄金色の光の筋が海上に降り注ぐ。だが、むっとするような暑さは変わらない。
 やがて水平線上にエタムの島影が黒々と見えてきた。ヘブロン島が見えた時の印象とは異なり、陰鬱な印象の島である。海の色もヘブロンの透明なサファイア色とは違って、重苦しい緑色である。
 その陰鬱な印象は、島に近づくにつれてますます強くなった。島全体に密生したジャングルが、暗い感じを与えているのである。
 砂浜の海岸に船を付けて碇を下ろし、停泊する。その日は海岸周辺を散策しただけで、森林の奥に入るのは明日にすることにした。
 翌日、ミゼルたち六人は海岸から坂を上がって密林に入って行った。目指す所は、島の中央にある火山である。
「あの火山の麓に、シャクラ神殿という蛮族の神殿があります。もとはラミアという白人の一族の神殿でしたが、およそ二百五十年前に蛮族に滅ぼされ、その生き残りがヘブロンに渡ったのです。父と私は、その最後の二人なのです」
 リリアがミゼルに言った。
「ラミアは、レハベアムやヤラベアムの人々の祖先でもあると聞いたことがありますが?」
 ミゼルが聞くと、リリアは微笑んで答えた。
「それは神話時代の話ですから、私には何とも言えません。人の種類としては、多分同じなのでしょう」
 一行は、ピオ、ミゼル、メビウス、マキル、リリア、ザキルの順に並んで密林の中を進んで行った。
 奇妙な動物や植物が彼らの前に現れたが、まだそれほど危険な物には出くわしていない。
 夕方に夜営の準備をし、六人は食事をした。その食事の後でリリアがミゼルに話があると言って他の者から少し離れた場所に呼んだ。
「実は……こんな事、話しにくいんだけど、隊列の順序を変えてほしいの。ザキルが私にしょっちゅう嫌らしい事を言うの」
「どんな事を言うんですか」
「そんな事、私の口から言えませんわ」
 ミゼルは考え込んだ。おそらく、男と女の間の淫らな話だろう。ミゼルは、ザキルがリリアにそのような気持ちを抱いているというだけでも、激しい怒りと苦痛を感じた。この清らかな人に、そんな気持ちを抱くとは。
「わかりました。明日から、順序を変えましょう」
 ミゼルは、リリアにはそう答えたが、リリアが加わったことで、ザキルという人間がこれから旅の重荷になりそうな、いやな予感がしていた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 34

第三十四章 美しい仲間

「とうとう、破邪の盾を手に入れる者が現れたか。これで、この神殿も役目を終えたわけだ。ミゼルよ、リリアも共に連れていくがよい。お前だけの力では、まだカリオスを倒すことはできないだろう。リリアには霊力がある。きっとお前を助けることができるだろう」
 神官は、感無量の面もちでミゼルに言うと、美しい娘に向き直って言った。
「リリアよ、この若者と共に行くのだ。この若者には、常人にない力がある。カリオスを倒せるのは、このミゼルだけだろう。今カリオスを倒さないと、やがては全世界が悪魔の支配下に収められるはずだ。奴を倒すのは容易なことではないが、お前たちが力を合わせれば、可能かもしれない。まずは、最後の聖なる武具、神の鎧と兜を手に入れるために、森の島エタムに行くがよい」
「でも、お父様、私が行くと、お父様はここで一人ぼっちになってしまいますわ」
「心配はいらぬ。お前がどこにいようが、わしの魔法でお前と話すことはできる」
「それなら、私は参ります。ミゼルさん、ご一緒してよろしいでしょうか?」
「ええ、それはもちろんですが……」
 ミゼルは、思いがけない展開に戸惑っていた。この美しい娘が仲間になるのは嬉しいが、あまりにも危険な旅に、この娘を伴っていいのだろうか。
「ミゼルよ、お前が思うより、この子は強いぞ。魔物と戦う力は十分にあるはずだ。世間知らずな娘だが、よろしく頼む」
 神官は、ミゼルの心を見抜いたように言った。
「はい、分かりました」
 ミゼルたちは、先ほどリリアが降りてきた階段を上って外に出た。
 何百段もある階段の先は、明るい出口になっており、そこを出ると、島の頂上の丘だった。ミゼルが洞窟を彷徨っている間に、外は朝になっていたようだ。東の海の上から、今、朝日が昇りつつあった。
「この出口は、魔法で封印されていて、普通の人には見えないのよ」
 リリアが教えた。
 ミゼルたちを見送るために付いてきた老神官は、そこで足を止めた。
「では、これでお別れだ。カリオスを倒した暁には、ここにもう一度戻ってくるがよい」
「はい、お父様。それでは、お体にお気をつけて」
「お前もな。では、さらばじゃ」
 老神官は、リリアを強く胸に抱いて、別れを告げた。その目には、うっすらと光るものがある。
 ミゼルとピオは、リリアとライオンのライザを伴って仲間たちの所に戻った。仲間たちは、突然現れたこの美しい娘と不思議な獣に驚き、戸惑ったが、もちろんこの新しい仲間の参加を喜んだ。しかし、ミゼルには、ザキルの、リリアの体をなめ回すようにを見る目が不愉快で、気にかかった。ピオもマキルもメビウスも、美しい娘の出現を喜び、はしゃいでいたが、ザキルの目つきは、それらの無邪気な喜びとは異なるもののように思われたのである。田舎者だが、ミゼルはそういう勘は良かった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 33

第三十三章 謎

 それからしばらく歩くと、そこに両脇にスフィンクスの像のある、扉のついた壁があった。この奥が破邪の盾を収めた最後の部屋だろう。ミゼルの胸は希望で高鳴った。
 しかし、その時、入り口の横のスフィンクスの像が、見る見るうちに生き物の姿になった。体はライオンだが、顔は人間である。一人は男、一人は女の顔だ。
「人間よ。この部屋に何の用がある」
 スフィンクスたちは、軋るような、鳥の鳴き声に似た声で言った。
「破邪の盾を貰いに来た」
 ミゼルは答えた。
「お前は、ここに来るまでに獣や亡霊たちを倒してきた。お前の武勇の力は認めよう。だが、破邪の盾を持つ者には、知恵が無ければならぬ。お前に知恵があるか、確かめさせて貰おう。この問いに答えられなければ、お前はわしに食い殺され、永遠に地獄の辺地にさまようのだ。それが怖ければ、ここから帰るがよい。逃げたとて誰もお前を責めまい。もっとも、無事に帰れるかどうかは分からぬがな」
「逃げはせぬ。何でも聞くがよい。スフィンクスよ」
「身の程知らずな人間め。では、問おう。
わしはライオンの力を持ち、人間の知恵を持っている。そして、獣にも人間にも無い霊力を持っている。この世にわしを倒せるものは一つしかないのだ。それは何であるか答えよ」
 ミゼルの心に、一つの言葉が響き渡った。
「簡単な謎だ。古の神々ですら、勝てなかったものがある。それは、運命の力だ。お前たちの定めは、私に謎を破られることだったのだ」
 悲鳴のような声とともに、スフィンクスたちは消え去った。
 ミゼルは、先ほどの声は何だったのだろうと考えた。スフィンクスの問いに対する答は、自分が考えたのではなく、天から与えられたような気がした。
 天にいる誰かが俺を見守っている、とミゼルは考えた。それはきっと、死んだ母、ナディアだろう。
 ミゼルの前の扉は自然に開かれた。ミゼルは部屋に入って、そこに祭壇のような台があり、ビロードのような布の上に安置された破邪の盾があるのを見た。盾は静かな白い光を放っている。ミゼルがそれを手に取ると、心に何とも言えない安心感のようなものが広がった。これは破邪の盾の持つ霊力のためだろうか。
 帰り道では、もはや怪物や亡霊たちは現れなかった。
 ミゼルが試練の洞窟の入り口から顔を出すと、ピオばかりでなく、老神官とその娘、リリアも喜びの顔で彼を出迎えた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 32

第三十二章 不死の泉

 疲労から僅かに回復して、立ち上がる気力を取り戻すのに、どれほど休んだだろうか。
(水、水が欲しい……)
ミゼルはやっとのことで立ち上がり、歩き出した。槍を地面から拾い上げ、それを杖代わりにしてよろめきながら歩いていくと、泉の水音は段々と高くなってきた。
 角を曲がると、そこに不死の泉はあった。
 神秘的な青い光とともに地面から溢れ出すその水は、見る者を永遠の安らぎの世界に誘うかのようである。
 ミゼルは、ふらふらと泉に近づいた。喉の渇きは、今では耐え難いものになっていた。体も疲れ、回復を求めている。この泉の水を飲み、体を浸せば、永遠の命が授かるのだ。それが、なぜ悪いのだ?
 泉に差し伸べられたミゼルの手は、しかし途中で止まった。
 ミゼルの心に、祖父シゼルの顔が浮かんでいた。シゼルの悲しみに満ちた顔は、こう言っていた。
「ミゼルよ、マリスを探してくれ。もう一度わしをマリスに会わせてくれ」
 ミゼルは目を閉じて、水の誘惑をこらえた。
 再び目を開いた時、不思議なことに、喉の渇きはおさまっていた。

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少年騎士ミゼルの遍歴 31

第三十一章 冥界の騎士

 ミゼルは、大蜘蛛の死体の側に転がっている騎士たちの亡骸の間から剣を拾い上げた。槍だと投げるか刺殺するかしかできないから、場所や相手によっては不利になるからである。剣は湿気ですっかり錆びていたが、相手を殴り殺すことはできるだろう。
 大蜘蛛を倒した場所からしばらく先に進むと、あたりが段々と明るくなってきた。それとともに水の流れる音が聞こえてくる。もしかしたら、不死の泉が近いのかもしれない。
 その時、ミゼルの前方の岩壁から不気味な声が聞こえてきた。
「愚かな人間よ。この先には通さぬぞ」
 岩壁に、染みのような黒い影が現れたかと思うと、それは人の姿になった。鎧を着た騎士だが、その顔は髑髏である。騎士の亡霊だろうか。
「我々は、破邪の盾と不死の泉を守る冥界の騎士だ。この先に進みたくば、我々全員を倒していくがよい」
 亡霊騎士は、一体だけではなく、見ている間に岩壁から続いて生まれてきた。まるで昆虫の脱皮のように、青白い姿が、岩壁を離れると茶色に色づいていく。
 最初の亡霊騎士が、剣を振り上げてミゼルに襲いかかった。ミゼルは手にした剣で、その攻撃を受け止めた。左手に持った槍は投げ捨て、身をかがめて、地面に落ちていた古びた盾を拾い上げる。
 盾で防御しながら攻撃すると、相手に加えた攻撃のうち、斬ったり刺したりした傷は相手に何のダメージも与えないが、一度切り離した手足は元に戻らないことが分かった。つまり、足を切り離せば、相手は立ち上がることができず、手を切り落とせば、剣を取って戦うことはできないのである。しかし、槍よりましとは言え、なまくらな錆び刀で、相手の手足を切り離すのは、容易な業ではない。
 一体目、二体目とミゼルは亡霊騎士を倒していった。しかし、騎士は次々と岩壁から生まれてくる。相手を倒すのに手間取ると、敵の数が増え、一度に二人三人を相手にしなければならない。騎士の技量は生前の技量のままらしく、騎士によって差があり、倒すのにも苦労の度合いが違う。六人目と七人目を同時に倒した時には、ミゼルは相当の疲労を感じ始めていた。しかも、その時には、敵はまだ二人残っており、さらにもう一人が岩壁から生まれつつあった。
 このままではやられる、とミゼルは思った。その時、ミゼルの頭に一つの考えが生まれた。亡霊の生まれる状態は、昆虫の脱皮を連想させたのだが、もしかしたら、生まれ出た瞬間には、亡霊は無力な状態かもしれない。
 ミゼルは気力を振り絞って、目の前の二人の敵に攻撃を加えた。一人、また一人と倒した時には、もう一人がすでに岩壁から外に出てミゼルに向かってきていたが、それも何とか倒し、ミゼルは亡霊騎士の剣を拾い上げて、急いで岩壁の方へ走り寄った。岩壁からは、次の亡霊が青白い上半身を出しかけていた。
 ミゼルは壁の横に立って、剣を振り下ろした。亡霊騎士は上体を切り落とされた。先ほどの錆び刀と違って、亡霊騎士の剣は、切れ味がいい。
 後は、次々と生まれてくる亡霊騎士に向かって機械的に剣を振り下ろすだけであった。
 だが、亡霊騎士は無限に生まれてくるかのようである。ただ剣を振り下ろすだけでも、ミゼルの疲労は耐え難いものになってきていた。
 およそ二百体ほども斬った時には、ミゼルの腕はもはや、振り上げるのもままならないほどであった。
 それから何体斬ったか、ミゼルの頭が朦朧となって手が上に上がらなくなった時、やっと亡霊騎士は岩壁から出てこなくなったのであった。

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少年騎士ミゼルの遍歴 30

第三十章 地下の怪物

 階段の先は神殿の大広間になっており、その奥に洞窟への入り口はあった。
「ここが試練の洞窟の入り口じゃ。武器は何か持っておるかな」
 老神官は、ミゼルに言った。
「この短剣だけです」
 ミゼルが見せた短剣に、神官は頭を振った。
「そんな物では、巨大な怪物とは戦えまい。ここに、武器がある。何でも好きな物を選ぶがいい」
 入り口の横には、様々な武器が並んでいた。槍や剣が多いが、ハンマーや大鎌、鎖付きの鉄球といった特殊な武器もある。
「この槍にしましょう」
「槍か。いいだろう。剣よりも遠くまで届くし、投げることもできるいい武器だ」
 この神官も、武芸の心得があるのだろう、とミゼルは思った。
 柄の丈夫な、穂先もしっかりと留められた槍をミゼルは選んだ。
「では、行くがいい。父の二の舞はせぬようにな。お前の望みは、不死の身になることではないのだからな。それを忘れるな」
 神官に頷いて、ミゼルは洞窟に入っていった。
 洞窟の中は案外広かった。人間が数人並んで進める幅があり、天井までは頭上二メートルほどの高さがある。自然の鍾乳洞を利用して、それにいくらか手を加えて作られた迷路らしい。幅の狭い所は、明らかに人間の手で広げられていた。自然の太陽光線は入らないはずだが、うっすらと明るいのは光苔のような発光植物が洞窟の壁に生えて燐光を発しているせいのようだ。
 洞窟は地下に向かって下がっていた。あちらこちらで曲がっているので、東がどこの方か、分かりにくい。途中に幾つも分かれ道があり、下手をすると、同じ道を何度もぐるぐると回って体力と気力を消耗しそうであったが、リリアの忠告に従って分岐点では目印に小石を置いて、一度通った所は二度通らないようにしたため、ミゼルは着実に進むことができた。
 洞窟の中には、様々な得体の知れない動物がいた。大鼠やナメクジはまだ身近な生き物だが、巨大なウミウシや蟹や大蛸までいるのは、おそらくこの洞窟が海底とつながっているからだろう。中には、体全体が蜘蛛の巣状で、その中央に巨大な目玉がある、不思議な生き物もいたが、壁にぺたりとくっついているそいつは、ミゼルが通るのをじろりと睨んだだけで、動こうとはしなかった。
 大鼠や大蟹は、時々ミゼルに襲いかかったが、それを撃退するのは簡単だった。
 ある角を曲がろうとした時、ミゼルは厭な気配を感じて足を止めた。かすかに、生き物の動く音がする。ミゼルは槍を構えて、そっと角の向こうを覗いてみた。
 そこにいたのは、一匹の巨大な蜘蛛だった。体は、人間のおよそ三倍ほどあるだろうか。
洞窟のその一画に巣を作り、ここを通る者を網にかけて餌食にしているのである。地面には、蜘蛛の餌になった騎士たちの骨や鎧兜が無数に転がっている。
 ミゼルは思案した。ここまで、この道以外の道はすべて通っており、この道を進まないと、先には行けない。この化け物と戦うしかないようだ。
 ミゼルはゆっくりと進み出た。蜘蛛の化け物は、侵入者を察知して、こちらに頭を向けた。その赤く光る目が不気味である。
 四方の壁には、蜘蛛の糸が張り巡らされている。これに触れれば、身動きがとれなくなるだろう。ミゼルは注意して歩を進めた。蜘蛛は、一飛びにミゼルに飛びかかった。ミゼルはその腹に向かって槍を突き上げた。槍は見事に蜘蛛の腹に刺さったが、蜘蛛は痛みを感じた様子もなく、ミゼルにのしかかる。ミゼルは蜘蛛の体で押しつぶされた。
(腹では駄目だ。頭を狙うしかない)
 ミゼルは必死で考えた。昆虫の中には、体の一部をやられても平然と動ける物が多い。この蜘蛛もその一つだろう。
 ミゼルは、全身の力を籠めて蜘蛛の体の下から抜け出し、蜘蛛の腹に刺さった槍を引き抜いて、今度はその頭部を狙った。蜘蛛は、自分の体の下から抜け出したミゼルに向き直り、ミゼルを噛み殺そうとしてその巨大な口を開いていた。ミゼルは、その口の中を目がけて力一杯に槍を投げた。槍は蜘蛛の口蓋の上の方から脳に向けて刺さり、その端は蜘蛛の頭部から外に突き出した。
 大蜘蛛は、体をのけぞらせて痙攣し、地響きを上げてミゼルの横に倒れた。
 ミゼルは、額の冷や汗を拭って、ほっと大きく安堵の息をついた。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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