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戦争と政治

バルザックの「暗黒事件」は、読むのが面倒くさい小説だが、最後の章を読むだけでも読む価値がある。そこでは、フランス革命後のフランスの政治の転変(革命政府の消滅)と、その背後の権力闘争の様が、政治の大物たち(タレーラン、フーシェ、シェイエスら)自身の言葉として語られる。ナポレオンは普仏戦争(イェナ会戦)のさ中であり、その成否が彼の運命の分かれ目であった。前出の「秘密会議」の中の或る人物(マランという人物。バルザックの創造した人物か)がこう言う。

「ボナパルトが勝利を得たら崇め奉りませう。打ち負かされたら葬ってしまいませう」(水野亮訳)


ブリュメール18日のクーデタ

1799年、ナポレオンが総裁政府から実権を奪ったクーデタ。一般にこれによってフランス革命は終わりを告げたとされる。

 1799年11月、ナポレオンが決行した総裁政府を打倒したクーデター(政変)。ナポレオンは統領政府の第一統領となり、独裁権力樹立の第一歩となり、同時にこれによってフランス革命は終わったとされる。ブリュメールとは革命暦の霧月のことで、ブリュメール18日は現行暦では11月9日に当たる。
 先月にエジプト遠征から急きょ帰ったナポレオンは、総裁の一人シェイエス、警察大臣フーシェとクーデタを計画、元老議会でアナーキストの蜂起計画をでっち上げて防衛のために両院をサンクルーに移す事を提案、認めさせる。10日、軍隊の駐屯するサンクルーのオランジェリで五百人議会開催、議長はナポレオンの弟リュシアン。「独裁者を倒せ!」という議員の怒号に対し、兵士を議場に動員、議会を解散させ、臨時の三人の統領政府(執政政府)を樹立、憲法改正の審議入りを宣言した。三人の統領とはナポレオン、シェイエス、ロジェ=デュコ。こうして、民衆の圧力に依って体制が替わるという「革命」は終わり、軍事クーデタで政体が変更される事となった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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