無知と無邪気はシャム双生児のようなものかもしれない。キリスト教でも「知恵の木の実」を食べた人類の祖はエデンの園から追放されたわけだ。
で、現代の人間はもはや取返しがつかないほど近代文明の下司な知恵に精神が汚染されていて、それ以前の無邪気さ(特に維新前の日本人に見られた無邪気さ)には戻れないだろう。
江戸時代から明治初期にかけて日本を訪れた欧米知識人がほとんどすべて感嘆して言っていたのは、「日本の子供ほど笑顔に溢れ、幸福なものは無い」ということだ。子供が世界一幸福な国、それは大人も世界一幸福な国だったかもしれない。
詐欺師だらけの世界で生きるには知恵と知識が必要だが、詐欺師の精神を見つめる者は、自分も詐欺師の心性になるわけだ。「深淵を見つめる者は深淵に見つめ返される」
(以下引用)
本当、日本だけじゃなくて、世界のどこでも「詐欺ばっかり」な感じです。
ロシアの RT の最近の報道でも、「世論調査では、82%のロシア人が、詐欺を経験したことが判明」という記事がありました。
この「経験した」というのは、詐欺の被害に遭ったということではなく、そういうようなものとふれたことがあるという意味だと思います。
日本でいえば、詐欺系のスパムメールとか電話だとかのことだと思いますが、メールや電話なら私自身もずいぶん経験したことがありますので、この 82%というのは理解しやすい数字のような気もします。
参考までに、その RT の報道を一部ご紹介します。
世論調査 : ロシア人の 82% が過去 6か月間に詐欺を経験したことがある
Опрос: 82% россиян за последние полгода столкнулись с мошенничеством
RT 2022/10/14ロシア人の大多数 (82%) は、ここ数か月で詐欺の試みを経験していた。これは、 NAFI 分析センターの専門家が実施した調査結果によって証明されている。
作業の過程で、専門家たちは最も一般的な詐欺スキームのいくつかを特定した。
トップは、たとえば暗号通貨やテクノロジーなどに投資するなど、「投資」でインターネット上でお金を稼ごうとする詐欺的な提案が上位を占めていた。回答者の 55%がそのようなメッセージを受け取ったと報告している。ほとんどの場合、彼らはロシア南部連邦管区と北コーカサス連邦管区の居住者 (64%)、18~ 24歳の若者 (66%)、男性 (60%) だった。
その 2位は、「銀行」または「法執行機関」の代表者からの電話だった。内容は、銀行カードの詳細を調べたり、被害者の個人口座にアクセスしたりすることだった。ロシア人の 54%がこれに直面した。ロシア中央連邦管区の住民 (63%)、45歳から 54歳のロシア人、高等教育を受けた回答者 (63%) だった。
3位は、ウイルスまたは悪意のあるリンクを含む電子メールだった。詐欺師は同様のメッセージを送信して、被害者のデジタルデバイスをブロックし、ロックを解除するために金銭を要求した。ロシア人の 39%がそのようなメッセージを受け取ったと報告している。
4位は、銀行カードの詳細を提供する必要がある「国」からの支払いまたは補償を受け取るという申し出で占められ、5位は、友人を「助ける」などの内容となっていた。
さらに、専門家たちによると、インターネットで商品を売買する際に詐欺師に遭遇し (回答者の 29%)、有名ブランドの偽ページ (22%) であるフィッシングサイトにアクセスした。
「詐欺を報告したロシア人の割合は過去 6か月で 58%から 82%に 増加しました」とアナリストは付け加えた。
NAFI 分析センターのグゼリヤ・イマエバ事務局長によると、詐欺の急増は通常、社会経済的変化の時期に発生する。
「変化の間、人々は警戒心を失い、感情的に決断を下すことがよくあります。この背景に対して、詐欺師は荒れた海にいる魚のように感じます。今日私たちが目にする不正なアプローチの多様性は、攻撃者たちが新しい状況に適応する能力が高いことを示しています」と説明し、金融リテラシーを向上させる必要性を述べた。
この調査には、ロシアの 53地域の 18歳以上の 1,600人が参加した。データの統計誤差は 3.4%を超えない。
ここまでです。
日本でも似たようなものなのだと思いますが、この中にある、
> 詐欺の急増は通常、社会経済的変化の時期に発生する。
という部分からは、日本でも、これから、こういう事案はさらに増加していくのかもしれません。
経済的、金融的な変化の本番はこれからだというのは否定しようがない部分があると思いますけれど、詐欺をする(上層部の)人たちはそういう時の人々の心の変化を理解しているということになるのかもしれないです。
だまされやすい時期であり、だます人々が活動しだす時期ということですね。
しかし、荒みましたね、世界中。
……次第に何の記事だかわからなくなってしまいましが、最近以下の記事を書いた後、読者様から、人々のエネルギー、あるいは単純に「情感の消失」について、お感じになられていることをお知らせいただくことがあります。
[記事] 2021年以来、人間のエネルギーは変わってしまったのだろうか
In Deep 2022年10月9日
良い時代というものもあったのかもしれない、というようなことのひとつして、私の好きな「かつての日本人」というのを示したもののひとつかもしれないものとして、1876年(明治9年)と1899年の二度、日本に来日したフランスの画家のフェリックス・レガメという人が、日本滞在時の日本人への思いを書いた『日本素描紀行』という著作があり、そこから抜粋させて締めさせていただきます。
日本も140年くらい前までは、こんなに「良かった」のかもしれません。
もちろん、今のほうがいいというお考えも否定はしません。
レガメ「日本素描紀行」(1876年)より
私は、午後三時から始めた貧しい人々の住む地域の散策から戻って来た。魚屋や八百屋の店先は、夕食のため、たいへん賑わっている。この時刻の盛んな活気は、やがて人気のない街の静けさに移っていくのだろう。
私は、深く感動して、頭をかしげて戻る。たった今見たすべてのことに、心の奥底まで動かされ、あの誠実な人たちと、手まねでしか話せなかったことが、たいへんもどかしい。
勇気があって機嫌よくというのが、陽気で仕事熱心なこのすばらしい人々のモットーであるらしい。
女性たちは慎ましく優しく、子供たちは楽しげで、皮肉のかげりのない健康な笑い声をあげ、必要なときには注意深い。すべての人が、日中は、家の中でと同じように通りでも生活をしている。
彼らは、私がどんなに彼らが好きであるのか、おそらく知るまい。また、自分たちに、どんなに愛される資格があるのかも知らない。