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細川護熙再認識

「播州武侯祠偏照院」から転載。
私は百姓の倅の倅だから貴族や殿様という連中が大嫌いで、あんなのは大昔の強盗の首領の末裔だとしか思っていない。だから、細川護熙(凄いことに、こんな難しい名前の漢字がワードで一発変換される。有名人の威光だろう。これも癪に障ることではある。)という人物にはまったく好意を持っていなかったが、下の文章を読んで見方が180度変わった。
これは立派な教養人だ。その政治哲学も(彼の古典趣味から来ているのだろうが)悪くないし、教育観にも同感する。
こういう人は、昔の、それも太平の時代ならいい「殿様」になっただろう。だが、戦国時代に、自分の力で権力闘争に勝ち抜けるタイプだとは思えない。現代でも、ヒトラーやスターリンのようなヤクザ・ゴロツキ型政治家を相手にして勝てる人物だとは思えない。彼が総理としてまったく何もできなかった理由もそこにあるのではないか。
つまり、彼は夢想的な政治家であり、リアルポリティシャンではない、と思う。ただ、だから駄目だと言うのではない。現実と理想が乖離しているなら、悪いのは当然現実の方である。
「殿様」が理想家ならば、汚い現実の泥の中に手を突っ込んでドブさらいをする実務家の部下が必要だったはずだ。「退を好む者」を登用する、というのは彼の古典的教養から来たものだろうが、そこにすでに現実から遊離しているものを感じるのは私だけだろうか。「退を好む者」は清廉な人物、人格者である。そういう人物にドブさらい(たとえば官僚群の悪辣な策謀との戦い)ができるとは私には思えないのである。
一事が万事、あるいは一斑を推して全豹を知る、で、細川護熙の政治的不成功はこうした彼の現実から遊離した思考パターンに原因があると思うのだが、繰り返すが、彼の理想主義は素晴らしいものだ。そして、下の記事に書かれた「提言」のほとんどに私は賛同する。


(以下引用)


≪ 【細川護熙】「国も国民も『足るを知れ』」
   55年体制を崩した「殿」が夢見た「質実国家」


【 戦後70年となる今年、日経ビジネスオンラインでは特別企画として、戦後のリーダーたちが未来に託す「遺言」を連載していきます。この連載は、日経ビジネス本誌の特集「遺言 日本の未来へ」(2014年12月29日号)の連動企画です。 第25回は、細川護熙氏。1993年8月に内閣総理大臣に就任して、いわゆる「55年体制」が崩れるきっかけをつくった細川氏は、日本は「大」ではなく「中」日本主義を目指すべきだと話す。 】

 私は総理大臣や知事をやりましたけれども、人の登用については基本的な信条があるんです。一番大事なことは、「退を好む者」を重用するということ です。『呻吟語』という、中国の呂新吾という人が書いた名著があるんですけど、その中に「人を挙ぐるにはすべからく退を好む者を挙ぐべし」と出てきます。 これなんですよね。

 政務次官になりたいとか、大臣になりたいとか、そういう方が世間には大変多いわけですけど、物欲しそうな顔をしている人は大体だめですね。そうではなくて、権力やポストに恬淡としていて、自分はいつでも退くと。そんなもの就きたくないというぐらいの人がいいんです。

 総理の時、田中秀征を総理特別補佐にお願いしたんですけれども、彼なんかそういう人ですからね。後に大臣にもなりましたけど、本人としてはまった くそのポストに就きたいとか、そういうのはなかった。やっぱりそういう人でないと、国家の大事は語り合えないですよ。結局、総理の時に腹を割って本心を話せたのは彼ぐらいでしたね。

■物欲しそうな人は信用できない

 物欲しそうな人は、信用できません。会社でもそうでしょう?  例えば石川島播磨重工業(現IHI)の社長をし、東芝の社長をし、経団連の会長にもなられた土光敏夫さん。お宅には何度か伺いましたが、川崎の下 町の30坪ぐらいの家でね。初めて行った時は探し当てるのが大変でした。経団連会長が財界総理と呼ばれて、今よりもはるかに権威のある時でしたから、私は てっきり豪邸に住んでいるものと思ってましたが、それがもう普通の、どちらかと言えば古い小ぢんまりとした家でね。

 「メザシの土光」という異名がありましたけど、6畳くらいの台所兼食卓の部屋で、本当にメザシをごちそうになりました(笑)。給料も「自分は10 万円あれば足りるから」と言って、残りは全部、母上が開かれた学校に寄付されていたんですね。

 さすがに高齢なので秘書の方が迎えには来てたみたいですけど、通勤も黒塗りの車ではなく、電車。そういう清貧な生活をされていたからこそ、政府の行政改革を牽引できたんだと私は思います。やっぱりトップが身をもってそういう姿勢を示さないと、説得力がありませんからね。

■背伸びせず、量より質に重点を置いた国へ

 私が総理を辞め内閣総辞職を決めたのも、こういう考えが根本にあったからです。急だったためにいろいろと言われましたが、私は一貫してこうした信 念を肚に置いて仕事をしてきました。辞意を表明した時はもう、政権としては死に体になっていましたのでね。ポストに執着して延命する考えは全くありませんでした。

 総理に就任したときの最初の所信表明演説で「質実国家」ということを言いました。質実国家というのは、経済成長一本やりでなくて、生活の量よりも質 に重点を置いた文化の香り高い、環境にも配慮した、品格と教養のある国とでも言ったらいいでしょうか。国も国民も背伸びをせずに、自然体で、内容本位の生き方を探るべき時代を迎えている、とね。

 日本では急速な高齢化と人口減が進んでいます。2040年代後半には日本の人口は1億人を切って、おそらくマイナス成長から抜け出すことは難しいだろうと言われている。だから簡素な生活をしなきゃならんというのは、日本の成熟した経済社会からの要請であるし、また地球資源とか環境の面からの制約で もある。

 最近、内外のいろいろな識者の人たちが、大きくなることばかり考えないで、少し分相応にダウンサイズしたらどうかという意味のことを言っていま す。ベストセラーになっているトマ・ピケティさんの『21世紀の資本』。あれもそうですよね。フランスの経済学者で脱成長のことを言っているセルジュ・ラトゥーシュとか、『資本主義の終焉と歴史の危機』を出した経済学者の水野和夫さん、この間亡くなった経済学者の宇沢弘文さんなんかも「背伸びはだめ。低成長を前提に生活様式を改め、そのモデル国家になるべきだ」ということを盛んに仰っていました。まったく我が意を得たりという感じです。

■「足るを知る」

 でもこれは、何も今の時代に新しく出てきた価値観ではないんですよ。戦前でも戦後でも、例えば幸田露伴や夏目漱石、『徒然草』の吉田兼好、良寛さ んだって、みんな同じようなことを言っているわけですね。これは普遍的な価値観なんです。私は別に、今の時代だからそうしなきゃならないと言うのではあり ません。いつの時代でも、質実に生きるべきだとそう思っています。

 そう考えると、これからの日本の進むべき道は、身の丈に合ったほどほどのライフスタイルでやっていく、つまり大きくなることばかりを目指すのではなく、言うなれば「中日本主義」でやっていくということに尽きるのではないでしょうか。

 大衆は、やっぱり贅沢をしたい。自動車もできれば1台じゃなくて2台、3台と欲しい。うまいものも食いたい。欲望は際限がありません。こういうも のは、いったん手綱を緩めればどんどん膨張していきます。しかし、そういうことは好ましくないことなんだと、ブレーキを踏んで、手綱を引き締めなくてはならない。老子のいった「足るを知る」という意味を、よく考えるべきじゃないでしょうか。

  「遺言」として何か書いてほしいということだったので、「没量」と書きました。「モツリョウ」と読みます。もともとは禅宗の『碧巌録』という、本の 中に出てくる言葉です。今の時代はお金でも生産量でも、何でも量で語るわけだけれども、この言葉の意味するところは、すべてのものの価値を量ではかるというのは、それは間違っているんじゃないですかと。おかしいんじゃないですかということなんですね。

 こういう逸話がありましてね。ある時、浄土真宗の蓮如上人のところに若い坊さんが「弟子にしてください」と訪ねてくる。そうしたら蓮如さんは 「じゃあ、すぐ琵琶湖に行って水を全部かき出してこい」と言う。するとその坊さんは「じゃあ、行ってきます」と、そこにあったひしゃくを持って琵琶湖に 向って駆けだして行こうとする。

 ひしゃくなんかで琵琶湖の水をかき出せるわけはないんだけど、蓮如さんはそれを見て「おい、待った」と。「なかなか見どころがあるから弟子にして やろう」と言うんです。この坊さんは量ということにこだわっていない。それを馬鹿にする見方も当然あるでしょうが、蓮如さんはそれを「なかなか見どころがある」と評したわけです。こういう考え方が、これからの日本には必要なんだと思います。

■「中日本主義を目指すべき」

 私は以前から、「日本は中日本主義を目指すべき」と言っています。大ではなく、中。それは政治的にも経済的にも対外的にも、大きくなることばかり 考えないで、ほどほどの、分相応の振る舞いをすべきではないかと。総理のときも常任理事国になるとかならないとかいう話があって、私は背伸びをしてなる必要はないと言っていましたけど、それもまったくそういうことなんです。

  日本は戦後、万事がアメリカに追いつけ追い越せという目標で頑張ってきたわけです。しかし残念ながら、高度経済成長のあたりからそれを意識しすぎ て、物質的、経済的成果ばかりを追求してきた。そのために日本人はいつの間にかGDPとか、経済成長率とか、あるいは生産性とか、売り上げとか、生産高とか、数字で表される目先の成果ばかりを気にするようになってしまった。そして本来あるはずの、もっと大事な価値のあることを忘れてしまったという気がします。

 そこにいくと欧州諸国なんかは、アメリカ型デモクラシーの波をかぶっても、やっぱり彼らは自分たちの伝統というものを本当に大事にして、アイデン ティティーを墨守して、教育のシステムでもすぐアメリカの制度を見習ったりしなかった。ファストフードやコンビニなんていうものにも非常に慎重で、自分たちの生活の形にこだわって守ってきている。そこが日本と大きく異なる点だろうと思っています。

 若い方に、こういうことを分かってもらうのは非常に難しい。私らの世代は戦争も経験し、貧しい時代も知っている。そして、長く生きてきた経験もあ ります。だからこう思える部分がある。私だって、今のような考えを、若い頃から明確に持っていたわけではないので、若い人たちにいきなり「考え方を変えろ」と言ったってすぐに受け入れてもらえるものではないでしょう。

■若者には古典をもっと学んでほしい

 だからこそ私は、やはり古典といわれるものを若い人たちにはしっかり勉強してもらいたいと思っています。人生で何を勉強するのかって言えば、究極 的には「どう生きるか、どう死ぬか」それだけですよね。そういうものはまさに古典に詰まっている。まぁ何でもいいんですが、例えば『十八史略』では 4500人ぐらいの人が出てくるわけですよ。その中にそれぞれの生き方というものが克明に描かれている。

 戦後70年なんてものじゃなく、もっともっと長い歴史を経ても、やはり人には根源的に変わらない価値観があると分かるわけです。それは『三国志』だってそうだし、『太閤記』だってそう。教養というのは、そういうことだと思うんですよ。

 特に海外の首脳級の方々は、特に宗教的な人たちの生き様や、哲学的なものに深い教養をもっている。そういう部分を養っていないと、外国に出ていって例えば首脳会談で話をするといったって、通用しませんよ。
 どうやったら売上高を上げられるのか、生産性が高まるのか。または、コミュニケーション能力が上がるのか。そんなハウツーものなんかが巷にはあふ れていますが、それがどれだけ役に立つというのか。人生に深く関わるところの、つまり、原理原則みたいなものを身に付けなければ、馬鹿にされてしまいますよ。

■教養なきリーダーは世界から無視される

 例えばね、英国首相だったチャーチルは、もともと米国のトルーマン大統領を軽蔑していたと言われています。ところがある時の晩餐会後にトルーマン が、ピアノを弾いた。彼はピアニストを志すほどの腕前で、大統領在任中もピアノの練習を欠かさなかったという。その演奏を聴いたチャーチルは「ミスター・ トルーマン」と言っていたのを、それを機に「ミスター・プレジデント」に改めた。トルーマンの芸術的才能にチャーチルは敬意を表したわけです。

 ピアノでも、本の話でも何だっていいんですよ。チャーチルは自分もレンガ積みもやって、職人の資格を持っていたし、絵も描いたし、ノーベル文学賞も受けたし。要するに普遍的な価値観につながる幅広い教養を身につけていた人物です。ドイツのシュミット元首相には私も何回か会っていますけど、彼は政治の 世界をやめて60歳を過ぎてから新進のピアニストとしてデビューした。

 日本人が考える以上に、そうした部分を海外の首脳たちは持っている。そして、ちょっとそんな話をすると、もう非常に喜ぶわけです。こうした事実に、もっと目を向けてもいいんじゃないですかね。

 まさにそれが人間的魅力と言い換えられるものですよね。普遍的なものなんですよ。自分の生き方としての原理原則というものを持っている。そうした 信条を持っていれば、何にでも、対応できます。ただ上っ調子に相手の話に合わせる能力を磨こうとするのではなくて、人として本当に深いものを持つ方がずっと価値があります。

 こんなことをあまり言っちゃ申し訳ないけれど、でも日本の政治のリーダーで、どれだけいますかね、そんな人。日本の総理や経営者で…。宮沢(喜一)さんや大平(正芳)さんは大変教養のある方だったけれども、本当に数少ないと思います。

■大学に行ってプラスになったことはひとつもない

 教養というようなものがないと、ユーモアとかウイットとかいうものも生まれてこないですね。自分で考えたことに責任が持てないから、国会答弁もお 役人の答弁ばかりになっちゃったりとか、本当に面白くないことになるわけです。ウイットとかユーモアとか、いまの日本ではそういうものがまったく感じることがないですね。

 例えばスポーツ選手のインタビューなんかでも、時々海外の方だと気の利いたことを言う人がいるでしょう。自分の体験から学んだことを語る人の話は面白いんですよね。日本ではたいてい、ただ頑張りますと言うだけ。そんなのはもうあいさつじゃないですよね。

 こうしたことは、子供の頃からの訓練しかないのだと思います。やっぱり教育を根本的に変えないとダメですね。白州正子さんもここ湯河原にも何回か 来られて、よくそんな話もしたんだけど、やっぱりそこは教育だなあと。ある時知り合いから「大学に行くかどうか迷っている」と相談されたことがあったらしいんです。白州さんは「大学なんか行ったって、ひとつもそんなもの役に立たないわよ」と言って大学行くのをやめさせられた。

 私もまったくその通りだと思うんですね。自分自身も大学に行って、プラスになったことはひとつもないと思いますしね。あ、いや、家内と知り合ったことだけが唯一の収穫かな(笑)。あとは何もないですよ、本当に。

■とにかく日本の教育はつまらない

 とにかく日本の教育はつまらない。小学校から大学まで。イタリアの学校なんか見ているだけで本当に楽しそうですよ。教室を何回か見させてもらいましたけど、これは芸術家が育つわけだと思いました。

  本当に自由にいろいろやらせるわけですね。例えば美術館に行ったって、みんな好きなところに行って見る。ヘッドホンとかパンフレットとかの説明を頼 りに見るとかではない。この絵はいい、この彫刻がいいと思ったら、そこで立ち止まってじっとそれを見る。自分の感性にマッチするものを見つけることで楽しんでいる。彫刻の前なんかで子供が寝そべって絵を描いたりしていますよね。

 それを日本だとすぐに、説明テープを聞かせる。いいと思ったことに対して価値を感じさせるんじゃなくて、他人の物差しを押しつけることばかりですね。

 教育改革の一番効果的なやり方はね、荒療治でこんなことできっこないんだろうけど、理想としてはですよ、もしやれるなら、小学校から大学まで全部、それぞれの学長や校長にすべての権限を与えて好きなようにやらせてみたら面白いんじゃないか。

■同じような人間を大量生産する教育はいらない

 文部省の教育指導要領も何もそんなものを全部気にしないで、好きなようにやらせれば、すごいユニークな学校がたくさんできると思うんですね。いい 学校はどんどん伸びるし、だめな学校は消えていく。親ももっと真剣に、子供にどんな教育を受けさせるか考えるんじゃないでしょうか。

 同じような場所で画一的に教育したらダメですよ。もっと自由にやらせたら、子供たちなんか本当に面白い絵を描くんですから。私なんかもこの間、自分が幼稚園の時の絵をおやじがとっていて改めて眺めてみたんですが、これがなかなかよくできていてね。我ながら「この頃はこんな想像力があったんだ」と驚きましたよ。なんでもいいんですけど、昔の古典を徹底的に読ませるとか、中学までに3カ国語ぐらいできるようにするとか、色々なことを学校が考えたら教育は活性化すると思うんですけどね。

 同じような人間を大量生産しても、そんな人はこれからの時代にはもういらない。私はそういうものを頭から無意味だといって拒絶していましたが、理 系の人はともかく、微分積分とかルートの何乗だとか、大半の人にとってそれが人生で何の役に立つのか。余計なことのつめこみが多すぎるんです。もっと本当の知恵を養うことに教育は力を注ぐべきだと思いますよ。





細川護熙(ほそかわ・もりひろ) 日本新党代表だった1993年8月に内閣総理大臣に就任。いわゆる「55年体制」が崩れ、日本の政治体制 が大きく変わる契機となった。衆院選挙制度に小選挙区比例代表並立制を導入。高い支持率を誇ったものの翌年4月に退陣。60歳で政界引退後、神奈川県湯河 原町の私邸にて作陶、書、水墨画などを手がける。現在は襖絵制作を中心に活動。2014年に「脱原発」を掲げ東京都知事選挙に出馬するも落選。現在は自然 エネルギー推進会議の代表理事などを務める。肥後細川家第18代当主。元朝日新聞記者、元熊本県知事。1938年1月生まれ。(写真:千倉志野、以下同)  ≫(日経ビジネス:マネージメント―戦後70年特別企画「遺言 日本の未来へ」)


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HN:
酔生夢人
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男性
職業:
仙人
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考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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