「もともと大多数の人間ってものはね、未開人にしろ文明人にしろ、腹の底は案外やさしいものなんで、人を苦しめるなんて、ほとんどできやしないんだよ。だが、それがだよ、攻撃的で、まったく情け知らずの少数者の前に出ると、そういう自分を出し切る勇気がないんだな。考えてもごらんよ。もともとは温かい心の人間同士がだね、お互いにスパイし合っては、心にもないひどい悪事に、いわば忠義立てして手をかしてしまうんだな。わざわざ心がけてだよ。
「その辺、ぼくはよく知っているから言うんだが、ずっと昔ほんのわずかな狂信者どもが、はじめて魔女狩りなんて馬鹿げたことを煽り出したときにもね、まず百人のうちの九十九人までは猛烈に反対した。そして今でもだ、ずいぶんと長くつまらん偏見や馬鹿げた教えがつづけられてきているわけだが、それでも、本当に心から魔女狩りをやろうなんて考えのものは、せいぜい二十人に一人くらいだろうな。そのくせ、表面だけを見ると、まるですべての人間が魔女を憎み、殺したがっているかのように見える。
「だが、いつの日にかだよ、ごくひと握りの人間でいいから、もし魔女の味方になって立ち上がり、大声でわめき立てるとする……いや、大きな声の持主で、勇気と決意のある人間なら一人だっていい……反対を叫び出せば、おそらく一週間もすれば、羊の群は一頭のこらず廻れ右をして、その男のあとについて行くにきまってる。魔女狩りなんて、あっというまになくなってしまうと思うな。」
(マーク・トゥエイン「不思議な少年」より)
「戦争を煽るやつなんてのに、正しい人間、立派な人間なんてのは、いまだかつて一人としていなかった。ぼくは百万年後だって見通せるが、この原則のはずれるなんてことはまずあるまいね。いても、せいぜいが五、六人ってところかな。いつも決まって声の大きなひと握りの連中が、戦争、戦争と大声で叫ぶ。すると、さすがに教会なども、はじめのうちは用心深く反対を言う。それから国民の大多数もだ、鈍い目を眠そうにこすりながら、なぜ戦争などしなければならないのか、懸命になって考えてみる。そして、心から腹を立てて叫ぶさ、『不正の戦争、汚い戦争だ。そんな戦争の必要はない』ってね。(中略)するとまもなくまことに奇妙なことが始まるのだ。まず戦争反対の弁士たちは石をもって演壇を追われる。そして凶暴になった群衆の手で言論の自由は完全にくびり殺されてしまう。ところが、面白いのはだね、その凶暴な連中というのが、実は心の底では相変わらず石をもて追われた弁士たちと、まったく考えは同じなんだな……ただそれを口に出して言う勇気がないだけさ。さて、そうなるともう全国民……そう、教会までも含めてだが、それらがいっせいに戦争、戦争と叫び出す。」
(同書より)
PR