今の子供がどんな状態だろうが興味は無い、という人もいるだろうが、教育環境の設計や整備というのは、いわば「国家百年の大計」と言うべきもので、今の日本は良く(たとえば知識水準の高さ)も悪く(たとえば奴隷的心性)も明治に作られた教育制度の結果である。「置き勉」を認めるかどうかでも、子供の生活や学習には大きな影響がある。たとえば、従来懸念されていたように、置き勉を認めることで、「家ではまったく勉強しない」子供が増える可能性もあり、それが常識通りに「悪い」のか、それとも逆に好影響もあると見るか、考察する意義はあるだろう。
私の意見は簡単で、子供に、全額政府負担で「自宅用」と「学校用」の2部、教科書を配布すればいい、というだけのことだ。その程度は、この少子化時代にさほどの出費でもないだろう。費用が気になるなら、大企業や富裕層から出資を募ればいい。社会福祉にカネを出すのは、社会から利益を得ている集団の義務である。まあ、「人道的企業」の栄誉が得られるのだから、企業にとって良い宣伝になる。
(以下引用)
そもそも、なぜ体に痛みが出るほどの重い勉強道具を毎日、学校に持ち運びしないといけなかったのか?
教育評論家の石川幸夫氏に話を聞いた。
教育現場では予習復習を家庭で毎日することを求めている
――なぜ多くの学校では“置き勉”を禁止にしてきたのか?
教育現場において、授業の予習復習を家庭で毎日することを児童生徒に求めており、そして家庭で勉強をするには教科書がないとできないという考え方が昔からありました。宿題がなくても家庭で学習する姿勢が大切だという認識が続き、勉強道具を全て持ち帰るように指導していたのでしょう。
――昔に比べて、小中学生の荷物が重くなったと言われている。その理由は?
かつてのゆとり教育の反省から、現在は学習指導要領が変わっています。保護者からの要望もあり、小中学生が学習する量はぐっと増えました。科目によってはページ数が1.5倍となった教科書もあり、それが複数科目に渡っています。以前に比べて、全体として平均2~3割ほど増えている印象です。
さらに、教科書の拡充に比例して副読本なども追加されました。そしてこれらを全て収納できるようにと、ランドセル自体の容量も以前に比べて大きくなったため、結果として重量がかさんだのだと思います。特に小学校低学年の児童の体力的な負担は相当なものです。
――今回の文科省の方針をどう評価する?
以前と比較にならないくらい、子どもたちの肉体的負担が大きくなっています。さらに中学生になると、これらの荷物に部活動の用具なども増えることになります。
そのような状況を鑑みて文部科学省は、各学校や教育委員会に判断を任せていた“置き勉”について、家庭学習に差し障りのない範囲で教科書等を置いて帰っていいという省としての方針を示したのでしょう。
また重い荷物を背負った状態では、登下校時に車が突っ込んで来るなどの事故が起きた場合に、児童らは咄嗟に避けるなどの行動が取れません。その意味でも、今回の方針は子どもたちに大きなメリットがあると思います。
文科省は、「実情にあわせて、それぞれの学校で検討してほしい」としている。家で勉強をすることはもちろん大切だが、時代とともに変化する教育現場で、まずは子どもが学校に元気に通えるように臨機応変に対策をとっていくことが重要だろう。