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ノスタルジア

「ネットゲリラ」の少し前の記事(商品説明記事らしく、私はだいたい読み飛ばすのだがww)を見て、その写真に興味を惹かれて考察し、別ブログに載せたものだが、自分でもわりと好きな内容の記事なので、ここにも載せておく。「レトロ感」の原因、というのはなかなか難しい分析テーマだが、色彩に関して「金色と白色」の持つ印象というのは悪くない着眼だと思う。
なお、見て面白いことと、日常的に食器として使いたいかは別の話である。






レトロなデザインはなぜレトロに感じるのか




漫画家やイラストレイターや画家の方は、意図的にレトロな表現をしたいと思うこともあるだろうから、こういう画像は有益ではないか。
私のような素人が見ると、確かに古さ(と言うより大正から昭和初期の時代性)を感じるデザインなのだが、どこがどうしてそう感じさせるのか、言葉では表現できない。それがちゃんと分析できて言葉で表現できる人を私は尊敬するが、あまり見たことはない。(漫画表現に関しては実作者による分析や説明はけっこうあるが、美術ではそれを理屈で教えることが少ないように思う。)
ロココ調とか言うのがレトロ性のひとつのパターンかな、とは思うが、そのロココ調というのも「装飾的な」「現実(生活)の匂いの希薄な」くらいのイメージしか私には無い。

下の絵皿やティーカップで言えば、金色と白色の使い方がポイントかな、と思う。外周を暗い青色(紺色)にしているのが、その金色と白色を引き立てている。金色も白色も自然界ではあまり見る機会が無い色だから、その色を使うと見る人は「夢心地」がするのではないか。(雪が降るとたいていの人は非日常の気分になるだろう。)もちろん、薔薇の花の配列などは非現実的であり装飾的だ。



金彩薔薇花文 トリオセット

| コメント(7)

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華麗なティーセットです。ケーキ皿まで付いたトリオで、コレクションとしては申し分なし。バックマークは「パゴダ印」で、1920年頃の日本製なんだが、詳細は不明。パゴダ印の磁器は、割と普遍的に市場に出ます。バックマークがNipponなので、1921年より前なのは間違いない。デザイン的にも、割と古い感じですね。




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技法は完璧だが面白くない

別ブログに書いたものだが、世阿弥の言葉は面白い言葉で、創作家の盲点かと思うので、ここにも転載しておく。もちろん、私は「面白い」ものが好きである。




世阿弥「風姿花伝」の一節。(現代語訳)

「いったい、鬼の物まねは、重大な難事がある。うまくやればやるほど、面白くはないといった道理があるのだ。鬼は恐ろしいのが本質だ。恐ろしさの心と面白さの心とでは、まるっきり正反対だ。」



これはある種のホラー映画やリアリズム絵画、リアリズム芸術一般の盲点ではないか。ある物事を見事に描き出せば描き出すほど観る者は不快になるわけである。しかも、それが見事であれば、それだけで批評家たちに絶賛され、高く評価されることになるが、「面白くない」から大衆からはそっぽを向かれることになる。純文学などもそうだろう。

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村上春樹の描写力

私は村上春樹の一番最初の作品を若いころに読んで、「書くべきことを持たない、小説好きで中味の無い人間が無理に書いたような小説だな」という印象を持ち、その後ほとんど読んだことが無かったのだが、たまたま買った英語の本の中に、超有名英米大家の短編作品と並んで彼の「踊る小人」が入っており、興味を感じて読んでみると、非常に面白い。もちろん、私のダメ英語力だから細部は分からないが、とにかく面白く感じたので、原作を読まないままに「英語訳からの日本語訳」をして別ブログに載せたのだが、こういうのは著作権法的にどうなのか。まあ、ちゃんと村上春樹の作品の英語訳からの日本語訳だと断りを書いているのだが、原作者が怒ったら削除するつもりはある。むしろ、作品宣伝になるのではないか、と思うのだが、ダメだろうか。
その一節をここに転載しておく。
まるでホラー映画のスローモーション撮影みたいな描写を文章でやっているのが凄い。



膿汁が彼女の目から流れ落ち始め、その純粋な力が彼女の眼球を痙攣させ、彼女の顔の両側から転げ落ちさせた。目のうろの後ろの裂け目となった洞穴から、白い紐の球のような蛆の塊が彼女の腐った脳に群がり溢れていた。彼女の舌は巨大なナメクジのように彼女の口から垂れ下がり、膿んで落ちて行った。彼女の歯茎は溶け、歯はひとつひとつ落ちて行き、やがて口そのものが無くなった。彼女の髪の根本から血が噴出し、その髪の毛の一本一本が抜け落ちた。ぬるぬるした頭蓋の下から蛆たちが皮膚を食い破って表面に出てきた。腕は私を強く抱きしめ、その握力を弱めることはなかった。私はその抱擁から自由になろうと空しくもがき、顔をそむけ、目を閉じた。無数の塊が私の胃から喉にこみ上げてきたが、私はそれを吐き出すことができなかった。私は自分の体の皮膚と中味が裏返ったような気持ちだった。私の耳の傍であのドワーフの笑う声が再び響いた。




(訳者注:少し遠出をする予定があり、なるべくそれまでに最後まで訳したいので、一日に数本、記事を上げることにする。それはそれとして、実に、「彼女」の変容の描写が凄い感じで、私がこれまで読んだホラー小説の中でも白眉である。フェミニストと思われている村上春樹の意外な一面がここにあるのではないか。)









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梅雨の随想

別ブログに載せた文章だが、ここにも載せておく。最後の一行だけ削った。




読みかけの本の中に、ある女学校の国文学教師が、授業中に窓の外の雨を眺めて、雨を見ると万葉集のこの歌を想起する、と言って、次の歌を呟く情景がある。


うらさぶる心さまねし 久方のあめの時雨の流らふみれば



このエピソードを読んで、言葉を知り詩を知り文学を知っていることが我々の人生に与える幸福さ、あるいは価値の大きさを思ったのだが、実は私はこの歌が昔から好きだのに、その解釈は読んだことがないので、ここで自己流の解釈をしておく。(あるいは解釈を読んだこともあるのかもしれないが、記憶が漠然としている。)


「うらさぶる」は「心さびしい」の意味で、「うら」には、「心」の意味と、「何となく」の意味があるかと思う。
「さまねし」は「遍(あまね)し」で、あちこちに広がることだろう。「さ」は接頭辞で、ここでは語調を整える働きかと思う。
「ひさかたの」はもちろん「天(あめ)」に掛かる枕詞で、意味を考える必要は無いが、「ひさしい」「永遠」を連想させるとすれば、「さまねし」と、響き合っている。私がこの歌を読んで感じるのは茫漠とした時間と空間の広がりだが、その理由はこのへんにありそうだ。
「時雨」は俳句では初冬の季語だが、万葉の時代から初冬に限定されていたとは思えない。(その辺は専門家の研究を見ないと分からない。)私は、この歌ではむしろ梅雨を連想した。
「流らふ」は、もちろん「流れる」であり、ここでは「天から流れ落ちる」意味だと思うが、あるいは「地上で川となって流れている」という解釈もあるのかもしれない。しかし、「天の時雨」と、わざわざ「天の」を入れていることから、そういう解釈は難しいのではないか。
見落としがちなのが、「流らふ」の「ふ」で、これは時間の継続や経過を表わす言葉で、つまり「経(ふ)」である。この時雨は、長時間降り続けている雨なのである。

私が、この歌を実に雄大で、かつメランコリックな歌だと思うのは、「うらさぶる心さまねし」とは、「何となく寂しい私の心が世界全体に広がる」ということだと解釈するからである。そして、その世界全体に広がった心の見る風景は、どこもかしこも「雨、雨、雨」である。
世界全体が雨で灰色一色に塗りつぶされている。
そして、それは私の心がうらさびしい心だからだ。

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古い言い回しの危険性と価値

某スポーツブログの読者投稿の一節だが、「由とする」はもちろん「良しとする」の誤りだとしても「以って銘すべし」は「以て瞑すべし」の誤りかと思う。もちろん「以って」は間違いではないが、「以て」のほうが私には好ましい。「瞑すべし」は「(納得して)目をつむるべきである」の意味だろうと思うので、「銘すべし」ではたぶん意味が通らない。
こういう古い言い回しは私もよく使うが、もちろんカッコつけである。使うと気持ちがいいから使うのだが、間違いを犯しやすいという欠点がある。
確か、赤川次郎(今ではほとんど忘れられた名前のように思うし、実は私は一作も読んでいないが)の作品には常套的表現(慣用句の類か)はほとんど出てこないと聞いたことがあるが、当時はそれが新鮮でも、そういう文章や作品に永続性があるというわけでもないようだ。逆に言えば、慣用句やことわざなどは百年以上の風雪に耐えた底力があるわけである。

(以下引用)


とは言え、上原は、補助戦力的・お客さん的使われ方を由とする人ではないでしょう。勝利の方程式として起用された末、力及ばず打たれたとしても、以って銘すべし、とする人なのではないでしょうか。

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母性神話への反逆

「私お母さんだから」について前に少し考察したためか、ふと「乳ぜり泣く子を捨てっちまおか」という中七下五(実際は下七。調子から言って「すてちまおか」より「すてっちまおか」あるいは「すてちまおうか」が良い。)の俳句を思い出したが、その上五が思い出せない。ということは、上五は他の部分との関連として「動かない」ものではないのかなあ、と思って調べると、「短夜や」であるらしい。「夏の夜や」でも別に構わない気がする。その方が、赤ん坊の泣き声にいらいらする感じがもっと出るのではないか。「短夜」というのは雅やかなイメージが付きすぎているような感じがする。
で、まあ、自分の赤ん坊を「捨てっちまおか」と考えるというのは、いわば母性神話への反逆宣言みたいなもので、この俳句が発表された当時、さぞ衝撃だっただろうな、と思う。
なお、「すてっちまおか」を漢文風に書いた意図は、作者の一種の自己防衛だったのではないか。つまり、「須らく捨つべしや」と読めて意味は分かっても、俳句としてどう読むのかは不明なわけで、この作品を批判しにくくなるわけである。



(以下引用)



こういう俳句に出会いました。 「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎」 (竹下し...


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ID非公開さん


2005/8/2408:57:31



こういう俳句に出会いました。

「短夜や乳ぜり泣く児を須可捨焉乎」
竹下しづの女)

これは何と読むのでしょうか。どんな意味でしょうか。お教え下さい。

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回答数:
3

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ID非公開さん


2005/8/2409:03:08



ひゃー!
おもしろい俳句ですね。

「みじかよや ちちぜりなくこを
すてちまおか」

ただでさえ、暑く寝苦しい夏の夜に
お乳を欲しがって泣く子がうるさいので
捨ててしまおうか!という
母親の心情を詠んだものらしいです。
http://www.bekkoame.ne.jp/~hujino/001/ha-izumiryouko.html






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英語版エーライシャン

ヘレン・メリル版の「エーライシャン(夜来香)」の歌詞である。親切に、ネットに載せてくれている人がいたので、私がワープロ打ちしなくて済んだ。
このヘレン・メリル版が、エーライシャンの歌の中で私は一番好きだ。英語の歌詞は、曲にうまく乗らない部分もあるが、原詩の情緒をよく伝えていると思う。
試みに、英詞から逆に日本語訳してみる。もちろん意訳である。youが、エーライシャンの花と恋人のどちらを指すのか、少しわかりにくいかもしれない。いちおう、恋人は「あなた」、花は「お前」としたつもりだ。



南風が頬を撫でて過ぎる。
花が揺れ、私の心を波立たせる。

その香りとあなたのために私は嘆く。
ああ、エーライシャン、夜の優しい花。
羽音を立てぬ夜鶯が、私を憐れむように歌っている。
彼女はあなたと私の恋の物語を知っている。
ああ、エーライシャン、夜の愛らしい花。
エーライシャン、私の心はあなたのために歌う。
エーライシャン、私の夢を本当にしておくれ。
私はお前の愛らしい顔に口づけする。
お前を抱きしめる。

私は遠くからあなたを愛するしかないけど、
あなたがいつもここにいると私は知っている。
ここ、あなたと愛の花園に。
ああ、エーライシャン、夜の一番美しい花、
南風が頬を撫でて過ぎる。
花は揺れ、私を気弱にさせる。
愛の香りとあなたのために。
ああ、エーライシャン、夜の孤独な花。
エーライシャン、私の心はあなたのために泣く。
エーライシャンよ、私の夢を本当にしておくれ。
どんなに私はあなたの顔に触れたいか、どんなにあなたの腕に抱かれたいか。
エーライシャン、エーライシャン、エーライシャン……



The southern wind is on my cheek. The flowers sway and leave me weak. Weak with the fragrance of you and love, oh Yeah Lei Shang, lovely flower of the night. A nightingale on silent wings. A mournful song to me she sings. She knows the story of you and love. Oh Yeah Lei Shang, lovely blossom of the night. Yeah Lei Shang, my heart sings for you. Yeah Lei Shang, make my dreams come true. How I kiss your lovely face. Hold you here in my embrace. Though I must love you from afar, I’ll always know that here you are. Here in a garden of love and you, oh Yeah Lei Shang, fairest blossom of the night. The southern wind is on my cheek. The flowers sway and leave me weak. Weak with the perfume of love and you, oh Yeah Lei Shang, lonely flower of the night. Yeah Lei Shang, my heart cries for you. Yeah Lei Shang, make my dreams come true. How I long to touch your face. Long to be in your embrace. Yeah Lei Shang, Yeah Lei Shang, Yeah Lei Shang.
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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