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盗侠行

何か創作的な作業をしないと頭が寂しいので、鴎外の詩集「おもかげ」から、少し珍しい物語詩を口語訳してみる。ただし、図書館の返却期限が明日なので、今日中に出来るかどうか。意味不明の部分はほとんど適当訳である。つまり、「超訳」だ。原詩はウィルヘルム・ハウフの「隊商」である。話の意外な展開(ただし冒頭は淡々としている。)が非常に面白い物語詩だ。

盗侠行     (夢人注:「行」は物語詩の意味。白楽天の「琵琶行」など)

平原のような砂漠が天に接し、太陽は焼けるようだ。
馬や駱駝の列が長々と続き、塵煙が起こる。
目路の限り朦朧として人は見えない。
ただ馬の鈴の音が遠くからも耳に入る。
烈しい風が一陣、地を払って吹き、
刀槍の輝きを目をぬぐって観る。
駱駝の背は隊商の舟であり
砂を渡るのは海を渡るのに似ている。

突然、一頭の馬に騎った者がこの旅群に近づくのが見えた。
巨きな眼、竜のような髭、そして名馬にまたがっている。
体は巨大でたくましく、
その姿はいかにも勇者である。
守兵は肝が潰れ、心は恐慌状態だ。
戦おうとする者も、ただ衆を頼むのみ。

騎士が笑って言う「驚き疑いなさるな」と。
「単身で旅群を脅かすのは不可能な企てだろう。
お聞きしたい、商旅の主は誰であるか」と。
「拝謁して、お話したい」と。

すでに日は中天にある。
一族の帳幕(天幕群)に旗を立てる。
守兵が客を導いて天幕に入る。
大商人の老翁ツァロイコスは美々しい服装である。
この人は成年後に左腕を肘から失っている。
憔悴した顔立ちで、憂いがある様子に見える。
客は一礼して来到した理由を語る。

「私もまた砂漠を旅する者である。
かつて巨盗のために生け捕られ、
今は囲みを脱して万死を免れた。
お願いしたい、あなたが私を商旅の仲間に入れてくれることを。
その恩は子孫の末まで忘れないだろう」と。

ツァロイコスは喜んで同行を承知した。
数日も轡を並べて旅し、主客は仲良くなった。
或る日、正午に天幕を貼り
主客は大飲し、酔いを尽くした。
ツァロイコスは言う「万事、ままならないことが多い。
どうか、私の家が衰え、また盛んになった話を聞いていただけないか。」

「私の家は今はコンスタンチノープルにある。
私は幼くして医者の道を学び、成長して商人となった。
毎年、万里の砂漠を渡り、
今はまさにメッカから故郷に帰ろうとしている。
私はかつて店をフィレンツェに開き、
布衣を売り、また薬湯を売る。
或る人が、手紙を投じて夜間に私を招いた。
ひそかに病者の室に私を招くのである。
この夜、空は寒く、肌が震えた。
剣を帯びて独りヴェッキオ橋の霜を踏む。
月はアルノ河の水に映り、波を金色にしている。
寺院の鐘の音が遠くに聞こえ、夜はまさに半ばである。
突然、巨人が私の背後に立ったのが分かった。
赤いマントと金糸の縫い飾りが月光に映えている。
顔半分は覆面をし、眼光が炯々としている。
手にした千金の袋を側に置き、
告げて言う、「私の妹は旅の途上で死んだ。
故国の老親は心を痛めることだろう。
我が家には決まった礼がある。
妹の頭部を断ち切って
故郷に送り与えて弔いの礼をさせたい。
あなたが手を労してそれをやってくだされば、
千金を送ってその謝礼としたい」と。

私は既に巨人が語るのを聞き、
金を好む心が動き、詳しい話を聞かず、
男に従ってすぐに死体を納めた部屋に入った。

かがり火の光は薄く、縫い取りをした絨毯が床を覆っている。
私はかつて外科の術を学んで習熟し、
人の手足を切るのは普通の技である。
短刀を提げてためらい、死体の顔を眺めた。
黒髪がふさふさと顔を取り巻き、顔色は青白い。
短刀が一閃して首の骨に入る。
思いがけなく、鮮血が傷から流れ、
痛苦を訴える細い声を聞く。

振り返ると巨人は既に逃亡していた。
私がこの美人を自分の手で殺したのである。
夢か、現実か、私は狂ったのか、狂っていないのか。
フラフラと家に帰ったが、逃げる方法もない。
身は獄舎につながれ、刑場に上る。
幸い、親友がいて、
金品を官吏に送って法を曲げ、
役人は私の左腕を肘から断ってフィレンツェから放逐する。

悄然として故郷に向かい、市の境を出て
よろめきながら、かろうじてコンスタンチノープルに入った。
誰かが私のために、彫刻を施した屋敷を準備してあった。
手紙に、これを贈ると書いてあった。
その筆跡を今でも忘れようか。
ヴェッキオ橋で私を欺いて殺人を行わせた者が
私のために家を贖い、生活の安楽を計ってあったのである。
いまだにその巨人が人だったか鬼だったかは知らない。
その心の良し悪しもわからない。
しかし、その巨人を恨もうとは思わない。
この不思議な出来事が、その後の人生の福をもたらしたのである。」

客はこの話を聞いて涙を流し、
惻隠の心が腸を絶たんばかりであった。

突然、危急が悲しみを散らす出来事があった。
守兵が顔色を失った様で来て報告した。
前方に一隊の兵士の群れが見える。
砂漠の盗賊以外の何者でもない。

世間ではその首魁の名を伝えている。
オルバザンと言って、山をも抜く力がある。
獰猛な獣をもとりひしぐ力があるが、
その心中には威徳があると。
報告の言葉が終わる前に、旅群が驚いたことには
明らかになった賊兵の数はまさに無数であり、
隊伍は厳粛で刀槍も見え
こちらの天幕群に迫るように見える。

客は緑の旗を出し、旗竿の頭に挿し
笑って言う、君たちは慌てる必要はないと。
商旅の人々がどうしてたやすくその言葉を信じられようか。
手には銃や槍を提げ、憤怒の気持ちが胸に満ちる。
だがどうしたことか、群盗は向きを変えて過ぎて行き、
緑の旗の不思議な威力で災難は去った。

紅い日が西に沈み、涼風が吹いて
列を整えて隊伍は天幕を畳み巻く。
これからまた数十里を踏破し
砂漠を渡り終えて山脈を見る。
緑樹や流水が故郷の友に似て
路がカイロに近づいて初めて愁いの眉を解く

隊旅が客に恩があることは、その深さは海のようで、
客がいなければ、まさに天幕に巣を作った燕の危うさだっただろう。

送別の宴を新たに高殿に開き
ツァロイコス翁は杯を手にして待つこと長い。
沓(くつ)の音高く階段を踏み
突然、片手で幔幕を持ち上げる。
紅いマント、金糸の縫い取り、顔の半分は覆っている。
彼はどうしてここにいるのか。
マントを脱ぎ、顔を表すと、我が客である。
ツァロイコス翁の心は乱れて麻のようである。
客は翁に言う、私を覚えていますか、と。
ヴエッキオ橋のほとり、アルノの水の岸を。

「私の先祖はフランスの名族でした。
父母は先祖の産業を継いで家産を減らし
家をアレキサンドリアに移して日月を送っていました。
兄がいて、両親に期待されておりました。
私はフランスに遊学しました。
ちょうど乱賊が蜂起した時節に遭遇し
アレキサンドリアに帰って父母の面倒を見ようとしました。
両親のもとで暮らすのは望むところでした。
ところが、家中に出来事があって、
一門はほとんど滅びていたのです。
兄は隣家の娘をめとろうとし
その結婚が間近になって破談されたのです。
その娘はまさに妙齢で容色は美しく
薄衣を着て宝石で飾り
狂った蝶が花を追うような浮気者でした。
早くから、遊び人の青年と私通していたのです。
その遊び人の家は大富豪で、
彼自身も好い風貌をしていたのですから、娘がなびいたのは当然でしょう。
隣人はもとはフィレンツェで商売し
家を挙げて故郷に帰り、息子もそれに従ったのです。
兄はこの密通を聞いて憤怒し、
ただちにこのことを書状に書いて官司に訴えました。

隣家の父は富み、身分も高かったので
汚吏は舞文曲筆して兄を罪に落とし
死罪にした上でありもしない罪を兄と父に負わせたのです。
重なった厄運は悲しむ以外にはありません。
続いて老母も発狂して死に
私はひとり、家族との別れを悲しむのみ。

骨身に刻まれた恨みの種は隣家の娘にあります。
ひそかにフィレンツェに渡り、これに復讐しようと考えました。
金を投げ出して門番を買収し、屋内でひそかに行動する便りを得ました。
そしてついに、あなたを誘って恨みを晴らすことができました。
この秘策は今に至るも人は知りません。
あなたのために屋敷を買ってあなたの徳に感謝し
そして身をくらまして異国に移りました。
異郷の純朴な気風を愛して
同志を集めて財産を増やす土台を作ったのです。

さて、私の従者が輿を準備して私をずっと待っています。
これであなたとお別れしたい」

ツァロイコス翁は男が語るのを聞いて涙を流し
禍福のもつれる様を嘆くのみ。
貴君のために富貴になって二十年
とっくに恨みは氷解してあなたを咎める気はまったくない。
貴君の国はどこで名は何と言う。
今日、君と別れるのが名残り惜しい。
客は翁の左の肘を取り、笑って言う。
「私は、かの大盗賊オルバザンです」と。















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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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