前から思っていたが、三枝成彰という人は、政治・社会評論を書くと、なかなか立派で見識のある評論を書く。(音楽家であるより向いているのではないかww)
御用評論家だらけのマスコミの中では貴重な人材である。また、そういう人物を選んでコラムを書かせる日刊ゲンダイも、今のマスコミの中では(時々大きなポカもやるが)評価できる。
(以下引用)
私が安倍元総理の国葬に反対する理由…「嘘が通る社会」をつくったのは誰か(三枝成彰)
改ざんを指示した佐川宣寿元国税庁長官(C)日刊ゲンダイ
安倍元総理は、とても人柄がよかったと聞く。明るく朗らかで、腰も低く、誰とでも気兼ねなく接した人だったという。彼をよく知る人たちも、直接は知らない人たちも、誰もがその人柄をしのび、悼んでいる。 赤木雅子さんの覚悟「夫婦そろって日本に殺された。でも、私はまだ生きている」 安倍さんほど、亡くなってからその死を惜しまれた総理経験者は、まれではないか。見栄えがよく、若々しく、物おじしない態度はサミットなどで外国の指導者たちと並んでも遜色なかった。そんな彼の姿を見て、誇らしいと感じた人も多かっただろう。 彼に人間的魅力があったことは確かだろうし、得難い人ではあったと思う。 だが、人柄だけですべてを語ることはできない。彼は公人であり、この国の政治的責任者だった。 有名人が亡くなり、世の中が“追悼モード”になると、日本人はすぐに人柄と業績をいっしょくたにして、“不都合な真実”はすべて水に流してしまう。人としての評価と、政治家としての評価は分けるべきだ。 安倍政権をよく言うなら、「憲政史上最長の7年8カ月の在任期間を誇り、アベノミクスで経済を牽引し、コロナと闘い、東京にオリンピックを再び呼び込むことに成功した政権」というところか。 だが、結果的に経済は回復せず、給与水準も上がらず、新しい産業も興らず、個人GDPでも韓国に抜かれた。 政治家としての安倍氏には、罪もある。最大の罪は「嘘が通る社会」をつくったことだと私は思っている。「モリカケサクラ問題」は消えたわけではない。その影響下で自ら命を絶った人もいる。それを忘れてはならない。 「桜を見る会」問題では国会で118回もの虚偽答弁をしながら、捜査は終結。水に流された。 総理にならってか役人までもが嘘をつき、彼を喜ばすためにいらぬ忖度をし、文書改ざんや統計の数字をごまかすようになった。最低だ。 この状況を招いたのは格差・能力差を是とする新自由主義思想であり、責任はそれを信奉して国をミスリードした安倍さんにある。 未来を担う子どもたちが総理大臣の嘘のことを知ったら、「総理大臣が許されるなら、自分が嘘をついてもきっと許される」と思うだろう。自分が嘘をつけば、必ずどこかで誰かが傷つく──。そんな当たり前のことがわからずに大人になり、「嘘をついても許される」と考える人間ばかりになったら、この国はいったいどうなるのか? そんな“悪い種”をまき、「嘘が通る社会」をつくったことが、安倍元総理のもっとも大きな罪といえるのではないか。 それゆえに、私は彼の国葬には反対だ。 (三枝成彰/作曲家)
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