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手紙配達者(文づかい)23

一月中旬に入って昇進任命などにあった士官とともに、奥のお目見えを許され、正服を着て宮廷に参り、人々と輪になって一間に立って臨御を待つうちに、老いて体のゆがんだ式部官に案内されて妃が出ていらして、式部官に名を言わせて、ひとりびとり言葉をかけ、手袋を外した右の手の甲に接吻させなさる。妃は髪は黒く、背は低く、褐色の御召し物があまり見栄えがしない代わり、声音がとてもやさしい。「あなたはフランスとの戦いに功績のあった誰それの親族か」など懇ろに話しかけなさるので、いずれの者も嬉しいと思っているだろう。従ってきた式典の女官は奥の入り口の敷居の上まで出て、右手に畳んだ扇を持ったまま直立している、その姿がとても気高く、鴨居柱を額縁にした一枚の油絵に似ていた。私は何気なくその顔を見たら、この女官はイイダ姫であった。ここに、そもそもどうして。


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手紙配達者(文づかい)22

 入日は城門に近い木立から虹のように洩れ、そこに河霧が立ち添って、おぼろげになる頃塔を下ると、姫たちはメエルハイムの話を聞き終えて私たちを待ち受け、連れ立って、新たに灯を輝かせている食堂に入った。今宵はイイダ姫が昨日とは変わって楽し気にもてなしたので、メエルハイムの顔にも喜びの色が見えた。
 翌日、ムッチェンの方へ志してここを立った。

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 秋の演習はこれから五日ほどで終わり、私たちの隊はドレスデンに帰ったので、私はゼエ・ストラアセにある館を訪ねて、先にフォン・ビュロウ伯の娘イイダ姫に誓ったことを果たそうとしたが、固(もと)より土地の習いとして、冬となって交際の時節が来ないうちは、このような貴人に逢うことは容易でなく、隊付きの士官などの常の訪問というのは、玄関の傍の一間に延引されて、名簿に筆を染めるだけなので、思うだけで訪問はせずに終わった。
 その年も隊務が忙しい中に暮れて、エルベ河上流の雪解けに蓮の葉のような氷塊が緑の波に漂う時、王宮の新年華々しく、足元が危うい蝋磨きの寄木床を踏み、国王の御前近く進んで、正服姿も麗しい立ち姿を拝し、それからふつか三日すぎて、国務大臣フォン・ファブリイス伯の夜会に招かれ、オーストリア、ババリア、北アメリカなどの公使の挨拶が終わって、人々が氷菓に匙を下ろす隙(ひま)を覗(うかが)い、伯爵夫人の傍へ歩み寄り、事の次第を手短に陳(の)べて、首尾好くイイダ姫の手紙を渡した。


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手紙配達者(文づかい)21

姫は言葉忙(せわ)しく、「私はあなたの心持を知っての願いがあります。こう言うと、昨日初めて相見て、言葉もまだ交わさぬうちにどうしてと怪しみなさりましょう。しかし私は容易に惑う者ではありません。あなたは演習が済んでドレスデンに行きなされば、王宮にも招かれ国務大臣の館にも迎えられなさるでしょう」と言いかけ、衣(きぬ)の間から封じた手紙を取り出して私に渡し、「これを人知れず大臣の夫人に届けてください。人知れず」と頼んだ。大臣の夫人はこの姫君の伯母に当たり、この姫の姉君さえその家に行っていらっしゃるというのに、初めて逢った異国の者の助けを借らなくてもよいだろうし、またこの城の人に知らせまいということなら、ひそかに郵便に付してもよいだろうに、こう気兼ねして奇妙な振る舞いをしなさるのを見れば、この姫、心が狂いなさったのではないか、と思われた。しかしそれはただ瞬間のことであった。姫の目は物を言うだけでなく、人の言わぬことも聞くことができたのだろう、言い訳のように言葉を続けて、「ファブリイス伯爵夫人が私の伯母であることは聞いていらっしゃるでしょう。私の姉もあちらにおられるが、それにも知られぬことを願って、あなたのお助けを借りようと思っているのです。ここの人への心づかいだけならば、郵便もありますが、それすら、一人で外出することが稀な身には叶いがたいのを思いやってください」というので、まことに理由のあることなのだろうと思って、承知した。

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手紙配達者(文づかい)20

今や私は下界を離れたこの塔の頂で、昨日ラアゲイッツの丘の上から遥かに初対面した時から、怪しくも心を惹かれて、卑しい物好き心でもなく、好色な心でもないが、夢に見、現(うつつ)に思う少女と差し向かいになった。ここから見晴らすはずのザクセン平野の景色はいかに美しくても、茂る林もあり、深い淵もあるだろうと思われるこの少女の心には、どうして勝ろうか。
 険しく高い石の階段を上ってきて、顔にさした紅の色がまだ褪(さ)めないのに、まばゆいばかりの夕日の光に照らされて、苦しい胸を鎮めるためだろうか、この頂の真ん中の切り石に腰を下ろして、あの物言う目の瞳を突然私の顔に注いだ時には、常には見栄えのしない姫だったが、先に空想の曲をピアノで演奏した時にも増して美しいのに、なぜか、誰かの刻んだ墓の上の石像に似ていると思われた。




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手紙配達者(文づかい)19

この塔は庭園に向いた方向に、窪んだ階を作ってその頂点を平らにしてあるので、階段を上り下りする人も、頂に立った人も下から明らかに見えるはずなので、イイダ姫が事も無く自ら案内しようと言ったのも、深く怪しむには足りない。姫はほとんど走るように塔の上がり口に行って、こちらを振り返って見るので、私も急いで追いつき、階段の石を先に立って踏み始めた。ひと足遅れて昇って来る姫の息が切迫して苦しそうなので、何度も休んで、ようやく上に到着して見ると、ここは思いの外に広く、周囲に鉄の欄干を作り、中央に大きな切り石をひとつ据えてある。

夢人注:「この塔は庭園に向いた方向に、窪んだ階を作ってその頂点を平らにしてある」とは、この塔がピラミッド状であることを考えると、ピラミッドの四方の側面のうちのひとつに、壁面を削る(窪ませる)形で階段を作ってある(「階(きざはし)」は「階段」と同じ。)ということだろう。つまり普通の円柱の塔のような螺旋階段ではなく、直線階段だと思われる。そして、その階段の途中も頂上も外部の目に明らかなので、男女ふたりで階段を上り頂点に立っても男女の仲を怪しまれることはない(「深く怪しむには足りない」)、ということかと思う。

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手紙配達者(文づかい)18

メエルハイムは私に向かって、「どうだ、今日の宴会は面白かったかい」と問いかけて、返事を待たずに、「私も仲間に入れてもらえますか」と群れの方へ歩み寄った。姫たちは顔を見合わせて笑い、「遊びは、もう飽きました。姉君とともにどちらへいらっしゃったのですか」と問うと、「見晴らしのよい岩角あたりまで行きましたが、この尖塔にはおよびません。小林君は明日わが隊とともにムッチェンの方に立ちなさるはずなので、君たちの中で一人、彼を塔の頂へ案内し、粉ひき車の向こうに、汽車の煙が見えるところをでも見せなさらないか」と言った。
 口の速い末の姫もまだ何とも答えぬ間に、「私が」と言ったのは、思いもかけないイイダ姫である。物を多く言わない人の習い(癖)で、にわかに言い出した言葉と共に、顔をさっと赤らめたが、早くも先に立って誘うので、私は訝(いぶか)りながら従って行った。後の方では姫たちがメエルハイムの周りに集まって、「夕食までに面白い話をひとつ聞かせてください」と迫っている。


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手紙配達者(文つかい)17


 夕暮れに城に帰ると、少女らが笑いさざめく声が、石門の外まで聞こえる。馬車を停めたところへ、はや馴染みになった末の姫が走って来て、「姉君たち、クロケット(クローケー)の遊びをしてなさるので、あなたも仲間に入りませんか」と私に勧めた。大隊長が「姫君の機嫌を損じなさるな。私一個人としては、服を着替えて休みたい」と言うのを後にして姫に従って行くと、尖塔(ピラミッド)の下の庭園で姫たちが今遊びの最中である。芝生のところどころに黒鉄(くろがね)の弓を伏せて植えおいて、靴の尖(さき)で押さえた五色の球を、小槌を揮(ふる)って横ざまに打ち、その弓の下をくぐらすと、上手い者は百にひとつも失敗しないが、下手な者は誤って足などを打ったとあわてふためく。私も正剣を解いてこれに混じり、打っても打っても球はあらぬ方向へだけ飛ぶのが不本意である。姫たちが声を併(あわ)せて笑うところへ、イイダ姫がメエルハイムの肘に指先を掛けて帰ってきたが、うち解けていると思われる様子も見えない。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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