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手紙配達者(文づかい)9

主人は大隊長と葉巻などを喫(の)んで、銃猟の話などをしたいと小部屋(キャビネット)のほうに往くので、私は先ほどから私の方を見守って、珍しい日本人にもの言いたげな末の姫に向かって、「この賢い鳥はあなたのですか」と微笑んで言うと、「いいえ、誰のものと決まってもいませんが、私も可愛いと思っています。先日までは鳩をたくさん飼っていましたが、あまりに馴れて身にまといつくのをイイダがたいそう嫌ったので、すべて人に取らせました。この鳥だけは、なぜかあの姉君を嫌っていたのが逆に幸いして、今も飼われています。そうでしょう」と鸚鵡の方へ首を差し出して言うと、姉君を憎むという鳥は、曲がった嘴を開いて、「そうでしょう、そうでしょう」と繰り返した。

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手紙配達者(文づかい)8

食事が終わって次の間(ま)に出ると、ここは小さいサロンめいたところで、柔らかい椅子、ソファなどの脚の短いのをきわめて多く据えている。ここで珈琲の饗応がある。給仕の男が小杯に焼酎の類(注:ウォッカの類か)をいくつか注いだのを持ってくる。主人のほかには誰も手に取らない。ただ大隊長だけは「私一個人としては、シャルトリョオス(注:ワインの類か)を」と言って、それを一息に飲む。この時、私の後ろのほの暗いあたりで「一個人、一個人」と怪しい声で呼ぶ者があるので、驚いて振り返って見ると、この部屋の隅に大きな針金の籠があって、その中の鸚鵡が、以前から聞いていた大隊長の言葉を真似したのである。姫たちが「まあ、失礼な鳥だこと」と呟くと、大隊長も自ら声高に笑った。


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手紙配達者(文づかい)7


 私はこの末の姫の言葉で知った。先に大隊長がメエルハイムのいいなづけの妻であろうと言ったイイダの君とは、この人のことであるのを。こう気が付いてみると、メエルハイムの言葉も振る舞いも、この君を敬い賞賛すると見えぬものはない。それでは、ビュロウ伯夫婦も心に許しているのだろう。イイダという姫は、背が高く痩身で、五人の若い貴婦人のうち、この君だけが髪が黒い。あの良く物を言う目以外には、ほかの姫たちに立ち勝って美しいと思われるところもなく、眉の間にはいつも皺が少しある。顔の色が蒼く見えるのは、黒い衣服のためだろうか。

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手紙配達者(文づかい)6

日が暮れて食堂に招かれ、メエルハイムと共に行く折、「この家に若い姫たちの多いことよ」と探りを入れると、「もともとは六人いたが、一人は私の友人であるファブリイス伯に嫁いで、残っているのは五人である」「ファブリイスとは国務大臣の家ではないか」「その通りだ。大臣の夫人はここの主人の姉で、私の友というのは、大臣の嫡子である」
 食卓に就いてみると、五人の姫君がみな思い思いの粧(よそお)いをしている、その美しさは誰が一番であるとも言えないが、年長の一人が上着もスカートも黒いのを着ている様子が珍しいと見ると、これが先に白い馬に騎(の)っていた人であった。外(ほか)の姫君たちが日本人を珍しがって、伯爵夫人が私の軍服を褒める言葉の言葉尻について、「黒い地に黒い紐がついてるので、ブラウンシュワイヒの士官に似ている」と一人が言うと、桃色の顔をした末の姫が、「そうでもない」と、まだ幼くも卑しむ様子を隠さずに言うと、皆おかしさに堪えず姫の発言を笑ったので、赤らめた顔をスープの皿の上に低(た)れたが、黒い服の姫は睫(まつげ)さえも動かさなかった。しばらくして幼い姫が先ほどの無礼の罪を償おうと思ったのだろうか、「でも、あの方の軍服は上も下も黒いので、イイダは好むでしょう」と言うのを聞いて、黒い衣服の姫が振り向いて睨んだ。この姫の目は常に遠方をさまようようであったが、ひとたび相手の顔に向かうと、言葉にも増して心を現した。いま睨んだ様子は、笑いを帯びながら叱ったと思われた。

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手紙配達者(文づかい)5


私とメエルハイムはひとつ部屋で、部屋は東向きである。ムルデの河波は窓のすぐ下の礎石(いしずえ)を洗って、向こうの岸の草むらは緑がまだ色褪(あ)せず、その後ろの柏(かしわ)の林に夕靄(もや)がかかっている。流れは右手の方で折れ、こちらの陸が膝頭のように出ているところに田舎家が二、三軒あり、真っ黒い粉挽き車の輪(注:水車の輪か)が中空に聳(そび)え、左手には水に臨(のぞ)んで突き出した高殿の一間があり、このバルコニーめいたところの窓が、眺めているうちに開いて、少女の頭が三つ四つ、おり畳(かさ)なってこちらを覗いていたが、白い馬に騎(の)っていた人はいなかった。軍服を脱いで丸テーブルの傍へ寄ろうとしたメエルハイムは、「あちらは若い婦人たちの部屋である。失礼ながら、その窓の戸を早く閉ざしてはもらえないか」と私に頼んだ。

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手紙配達者(文づかい)4


 四方の壁と丸天井には、鬼神竜蛇さまざまの形を描き、長櫃(ながびつ)めいたものをところどころに据え、柱には獣の首を刻み、古代の盾や剣槍などを掛け並べた部屋をいくつも過ぎて、階上に導かれた。
 ビュロウ伯は普段着と思われる黒の上着の寛(ゆる)やかなものに着かえて、伯爵夫人とともにここに居り、以前から相識の仲なので大隊長と心良さそうに握手し、私をも引き合わせて、胸の底から出るような声で自ら名乗り、メエルハイムには、「よくいらっしゃった」と軽く会釈した。夫人は伯爵より老いているかのように起居(たちい)が重かったが、心の優しさが目の色に出ている。メエルハイムを傍に呼んで、何であろうか、しばしささやくうちに、伯爵は「今日の疲れがさぞあるだろう。退出してお休みなさい」と、人を使って我々を部屋に案内させた。


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手紙配達者(文づかい) 3

こう二人が話をしている間に、道はデウベン城の前に出た。庭園を囲む低い鉄柵を右左に結うような砂利道が一筋に長く、その終わるところに古びた石門がある。入ってみると、白木槿(むくげ)の花が咲き乱れた奥に、白亜(白土)を塗った瓦葺きの高殿がある。その南の方に高い石の塔があって、エジプトのピラミッドに倣(なら)って造ったと思われる。今日の泊まりのことを知って出迎えた、制服を着た下僕に案内されて白い石の階段を上ってゆく時、庭園の木立を洩れる夕日が朱のように赤く、階段の両側に蹲(うずくま)る人頭獅子身の「スフィンクス」を照らした。私が初めて入るドイツ貴族の城の様子はどうであろうか。先ほど遠く眺めた馬上の美人はどのような人であろうか。これらも皆、解くこともできない謎かもしれない。

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プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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