姫は言葉忙(せわ)しく、「私はあなたの心持を知っての願いがあります。こう言うと、昨日初めて相見て、言葉もまだ交わさぬうちにどうしてと怪しみなさりましょう。しかし私は容易に惑う者ではありません。あなたは演習が済んでドレスデンに行きなされば、王宮にも招かれ国務大臣の館にも迎えられなさるでしょう」と言いかけ、衣(きぬ)の間から封じた手紙を取り出して私に渡し、「これを人知れず大臣の夫人に届けてください。人知れず」と頼んだ。大臣の夫人はこの姫君の伯母に当たり、この姫の姉君さえその家に行っていらっしゃるというのに、初めて逢った異国の者の助けを借らなくてもよいだろうし、またこの城の人に知らせまいということなら、ひそかに郵便に付してもよいだろうに、こう気兼ねして奇妙な振る舞いをしなさるのを見れば、この姫、心が狂いなさったのではないか、と思われた。しかしそれはただ瞬間のことであった。姫の目は物を言うだけでなく、人の言わぬことも聞くことができたのだろう、言い訳のように言葉を続けて、「ファブリイス伯爵夫人が私の伯母であることは聞いていらっしゃるでしょう。私の姉もあちらにおられるが、それにも知られぬことを願って、あなたのお助けを借りようと思っているのです。ここの人への心づかいだけならば、郵便もありますが、それすら、一人で外出することが稀な身には叶いがたいのを思いやってください」というので、まことに理由のあることなのだろうと思って、承知した。
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