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人生というマッチ箱

これ(人生の一回性)が人生の一番大きな欠点であり、一番の長所でもある。ゲームなら二周目、三周目もあるが、人生はそうはいかない。だから、「前の記憶を持ったまま、人生をやりなおしてみたい」という願望を持つ人は多いのではないか。アニメの異世界転生物も、その別バージョンだろう。
そもそも、大人すらが、社会を知らない。知っているのは自分の小さな世界と些細な知識だけである。それ以上を知るには本を読まないといけない。だが、その本も著者の些細な知識と妄想と誤解の産物だったりする。要するに、人生のことなど、永遠に分からない。「ケ・セラ・セラ」というポップスがヒットした所以である。

私が人生に関して一番驚いたのは、世の中に犯罪者と前科者(これは犯罪者と同義ではない。犯行が発覚した犯罪者が基本的に前科者になる。犯行の発覚しない犯罪者は「普通の人」だ。)が膨大にいて、しかもみな普通に生活できていることだった。小説の中なら、犯罪者とそうでない人間の違いは明確だが、人生では、誰もが犯罪者の隣で暮らしているようなものだ。千葉大やら何とか大やらの医者や学生やらがレイプ犯罪を起こすまでは、周囲の人間は彼らを普通の医者や学生と見做していたわけである。
いや、罪を犯しても、弁護士の手腕やらコネやらで上手い具合に無罪になり、また普通に生活している人もたくさんいるわけで、そうなると、この世の中、信じられる人間は誰もいない。薄氷の上でダンスを踊っているようなものだ。
まあ、その一方で、無名の市井の聖人のような人もいたりするから、人生は面白い、とも言える。
ただ、現代のように情報過多の時代だと、良いことも悪いことも「やる前からある程度想像がつく」から、悪事を行う人間というのは、よほど精神の鈍い人間なのだろう、と思う。実際、何か悪事をやった人間というのは、官僚や政治家も含め、根本的には頭が悪そうな顔の人間ばかりである。

「人生はひと箱のマッチ箱に似ている。大事に扱うのは馬鹿馬鹿しい。大事に扱わないと危険である」というようなことを言ったのは芥川龍之介だが、彼が実人生では実に小心翼々としていて、つまらない女とのつまらない不倫に苦しんでいた、と読んだことがある。その女は、ただの「有名人キラー」のストーカー女だったらしい。なるほど、うかつにマッチ箱を扱うと火傷する。下手をしたら家は全焼、家族全員焼死である。マッチ箱でいたずらした人間だけでは被害が済まなくなる。



(以下引用)


fromdusktildawn @fromdusktildawn 4月5日

初めてやったゲームで、操作の仕方がよくわからないうちにゲームが終わってしまった、ってことがあるけど、人生ってそういうものだよね。初めて「人生」ってゲームをやってみて、操作の仕方がよくわからないまま、気がついたら年を取って、ゲームが終わりかけている、なんてことになるかも。


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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
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考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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