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事件は目立つが、無事な日常は見えにくい

大隅和雄という人の「愚管抄を読む」という固い本を興味半分で借りて読んだのだが、論文めいた内容で、まったく面白くはないが、流し読みする中で少し興味を引いたのが、天皇制(という言い方が適切かどうか知らないが)について慈円(「愚管抄」の著者)が言っていることである。
同書のその部分を引用する。

(以下引用)カタカナと漢字の混じり書き部分が「愚管抄」の引用。その前後は大隅氏の文章。


公家社会を支える学問を修め、世俗の知識も身につけていた慈円にとって、中国の古典の世界は普遍的なものと考えられていた。その中国では一つの王朝が倒れた時、王位を望む者が数多くあらわれて互いに競い合い、最後に勝ち残った者が国王になる。したがって国王の姓がさまざまに移り変わるのが例であるのに、

ソレニ国王ニハ国王フルマイヨクセン人ノヨカルベキニ、日本国のナラヒハ、国王種姓ノ人ナラヌスヂヲ国王ニハスマジト、神ノ代ヨリサダメタル国ナリ。(巻第七、三二八頁)

というのである。そして、この原則は「神ノ代」に定められたことによって、「ナニ事ニモサダメナキ道理」(巻第三)つまり何事にも特定のきまりはないという道理が支配している歴史の世界を超えたものになっているわけである。天皇は皇室だけから立てられるという原則は、時の流れに沿って生成変化する歴史の世界に対して、唯一つ永遠に不変のものとされる。

(以上引用)

まあ、要するに、「万世一系」という皇統の特殊性を中国の政治との比較で論じているわけだが、そこから分かるのは「一つの王朝が倒れた時、王位を望む者が数多くあらわれて互いに競い合い、最後に勝ち残った者が国王になる。」という、中国に限らず、ほとんどの国で生じる政治闘争の激動と、日本の政治の安定性の対照である。もちろん、日本でも政治闘争が社会を混乱させた例として応仁の乱などもあるが、あれは皇室ではなく、足利幕府の滅茶苦茶な政治による国家的混乱だろう。そのころは皇室はまったく無力な状態だったわけだ。つまり、皇室が権力だけでなく権威も失った時に、政治がどうなったか、という事例だろう。
逆に、徳川幕府末期に日本が内戦状態になりかねなかった時、徳川幕府が大政奉還して流血の悲劇を最小限に抑えられたのは、皇室が「錦の御旗」になったからだ、というのは無理な説だろうか。そのような、「転換期における、ヤジロベエの重し」のような存在として私は皇室や天皇を見ている。
同じ書物に北畠親房の「神皇正統記」も引用されていて、その中に、「天皇がその地位にふさわしくない人物だった場合どうするか」という問題を扱っていて、これが「万世一系」とは、その言葉から想像されるほど硬直したものではないことを示していて興味深い。

(以下引用)*人王とは神話時代の天皇と区別しての呼び方。

例えば、第二十六代の武烈天皇は悪王の振舞いを尽くしたので、人王の身であるにもかかわらず歴史の世界を超出して神となった応神天皇の子孫でありながら、その系統を絶やしてしまった。その後を継いだ継体天皇は、皇位が絶えることを憂え嘆いた群臣によって立てられたが、それは

此天皇ノ立給シコトゾ思外ノ御運トミエ侍ル。但、皇胤タエヌベカリシ時、群臣択求奉キ。賢名ニヨリテ天位ヲ伝給ヘリ。天照太神ノ御本意ニコソトミエタリ。(継体)

とあるように、凡慮の及び難い天照大神のはからいであったという。また平安時代に入って、清和天皇のあとをついだ第五十七代の陽成天皇は、

此天皇性悪ニシテ人主ノ器ニタラズミエ給ケレバ、摂政ナゲキ廃立ノコトヲサダメラレニケリ。(陽成)

と述べられているとおり、藤原基経によって廃位されたが、その基経の行ないも、「ウタガヒナキ天命トコソミエ侍シ」(光孝)つまり天照大神の神慮によると記されている。さらにもう一つの例をあげれば、鎌倉時代に入ってから第八十六代四条天皇が早世した時、皇位が絶えそうになったが、北条泰時が後嵯峨天皇を擁立して皇位継承は滞ることがなかったと記す親房は、この場合も泰時は天照大神の神慮を代行したのだと述べている。

(以上引用)

以上のように引用してきたのは、「天皇制」というユニークな伝統が日本の歴史に果たしてきた役割というものの大きさは、「何事も起こらない」という、「見えない役割」ではなかったか、ということを言いたいからだ。「不思議の国のアリス」ではないが、誕生日という特殊な日を祝うのではなく、「何でもない日万歳」という視点も案外大事なのではないか、ということだ。






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