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「愛敵」という思想の困難さ

「シンジの”ほにゃらら”讃歌」から抜粋転載。
「HUNTER×HUNTER」という漫画(およびアニメ)における、メルエムというキメラアント(蟻と、人間その他の生物のキメラ)の総帥(王)の死について書かれた文章の一部であるが、その文脈は度外視して、この部分にはユダヤ教とキリスト教の最大の相違が明確に書かれているかと思う。トルストイも言っているが、「愛敵」という思想はキリスト教の深奥であり、それが可能になれば、地上のあらゆる争闘は絶滅することになる。
実際には、キリスト教徒を自称する連中も、この「愛敵」の思想を持つ者はほとんどいないのはご存知の通りだ。そして、ユダヤ教となれば、「ユダヤ教徒以外は皆敵であり、家畜同然だ」という思想が根幹にあることはよく知られている。それを疑う者は旧約聖書を読めばよい。べつに門外不出のタルムードなど探すにも及ばない。ユダヤ教が旧約聖書をその思想の根幹に置く限り、彼らは世界の敵とならざるを得ない。(ガザにおける虐殺は、相手がイスラム教徒でなく、キリスト教徒であったとしても成立可能なのである。そのことを世界は知らねばならない。)
さて、メルエムは人間の悪辣な策謀により死に至るのだが、最後に彼はすべてを許し、コムギという名の人間の少女の手に抱かれて死んでいく。その死の姿は実に神々しく、「シンジ」氏が、メルエムはイエスである、と述べたのも頷ける。(私はアニメでしか知らないのだが。)
はたして人類は、このメルエムのように敵を許し、敵の一族を愛することができるだろうか。


(以下引用)




スピノザはキリスト教において重要なことは二つしかないという。それは神への愛と隣人愛である。そして神への愛を証明するのは隣人愛しかないという(神学政治論)。では隣人愛とはなんだろうか。隣近所の人を、知人や友人、家族を愛せということだろうか。辻学「隣人愛のはじまり」はそういう考えを根底からひっくり返す。 ー イエスは隣人愛に批判的だったというのだ。

それを如実に示すのがルカによる福音書の有名な良きサマリア人の話だ。

ある日ユダヤ教の律法学者がイエスを試そうと論争を挑む。「永遠の命を受け継ぐにはどうすればよいでしょうか」。イエスは冷ややかに「律法には何とかかれていますか」と質問をかえす。律法学者は「神を愛し、隣人を愛すことです」と答える。もともと隣人愛の教えはユダヤ教から来ている。

あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさいーレビ記19・18

イエスはいかにもめんどくさそうに「ああ、あなたの言ったことはあってるよ」と律法学者を追い払おうとするが、律法学者は食い下がり「では、私の隣人とは誰ですか?」と聞くとついにイエスはブチ切れるのだ!

道ばたに強盗に襲われ半死半生の人が倒れている。そこをユダヤ教の祭司が通りかかったが、無視して行ってしまった。もう一人ユダヤ人がそばを通りかかったが彼も無視して通り過ぎた。だが、通りすがりのサマリア人だけは倒れた人を介抱してやり、宿屋に泊めその代金まで支払った。この三人の中でいったい誰が倒れた人の隣人か?と問うイエス。律法学者はしぶしぶ「その人を助けた人です」と答える。

なぜイエスはサマリア人という具体的な民族をあげたのか。当時サマリア人はユダヤ人に蔑視され差別の対象となっていた人たちだからだ。

ユダヤ人と「隣人関係」にあるとは思えないサマリア人が、民族の垣根を越え、ユダヤ教の掟が命じる隣人愛を実践するという皮肉。「この三人の中で、誰が追いはぎに襲われた人の隣人になったと思うか」というイエスの反問の前で、「わたしの隣人とは誰ですか」という律法学者の問いが持つ無意味さが露呈する。どのような人間が「隣人」として愛する対象になるのかという律法学者の問いに対してイエスは「隣人」の範囲を限定するという前提そのものを拒むー辻学「隣人愛のはじまり」

ユダヤ教徒は隣人愛を説きながら現実にはサマリア人を、収税人を、娼婦を徹底的に差別していた。イエスにとってユダヤ教の隣人愛とは、愛の範囲を限定する許し難い考えでしかなかったのだ。そこでイエスは隣人愛を批判し、隣人愛の範囲性を打ち砕く究極の思想を説く。それが「汝の敵を愛せ」という思想ー「愛敵」である。

あなたがたも聞いているとおり、「隣人を愛し、敵を憎め」と命じられている。しかし、わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい。ーマタイ5・43ー44

愛敵はまさに隣人愛の範囲性を木っ端微塵に打ち砕く。イエスにとって愛する対象を限定することは馬鹿げたことでしかない。自分の友人や家族を愛することは悪人でもできることではないか。愛の範囲性を無化する愛敵という破壊的な思想。しかし愛敵とは果たして可能なのだろうか。マーティン・ルーサー・キングは愛敵を「おそらくイエスの訓戒の中で「汝の敵を愛せよ」という命令に従うこと以上にむずかしいことはないであろう」という。

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