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古典の花園4 第一章3


 仏は常にいませども、現(うつつ)ならぬぞあはれなる。
 人の音せぬ暁に、ほのかに夢に見えたまふ。(「梁塵秘抄」)

 不幸な民衆の精神的な救いは仏への帰依でした。私は神も仏も信じない人間ですが、かつての庶民の信仰のいじらしさには胸が打たれる思いがします。仏がもし存在するなら、この謡のようなひそやかな存在の仕方なのかもしれません。「あはれ」とは、しみじみと心打たれる感じを言います。必ずしも「哀れ」という悲哀感だけではなく、「しみじみと喜ばしい」ことをも言います。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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