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朝顔は

古い俳句というのは現代人には意味不明の句が多いし、私も俳句のことなどほとんど知らないが、推理だけで何とか、句の解釈をしてみようという試みである。題して「古俳句瞥見」とする。

(1)「朝貌は酒盛しらぬさかりかな」(芭蕉)

「曠野集」巻之四初秋の部の最初のあたりにある句だが、「酒盛(酒盛り)」と朝顔の関係が意味不明だと多くの人には感じられるのではないか。私の所持する岩波文庫「芭蕉七部集」には、この句が載っている「笈日記」に「人々郊外に送り出て三盃を傾侍るに」と前書きがあると言う。つまり、「旅出の別れの時に酒杯を傾けた際の記念の(送る人々への挨拶の)句」である、と分かる。
つまり、「我々が別れの酒宴(酒盛り)をしているその傍で、朝顔がそ知らぬ顔で咲き誇っている」という、特に何も難しいことはない句だとなるだろう。まあ、補足するなら、「朝顔」の「顔(貌)」という言葉は、それだけで人間の顔を連想させ、擬人化的な親しさを感じさせること、そして、「酒盛り」という言葉はそれだけで桜の花見の酒宴を連想させ、春なら酒盛りもありふれているが、今は秋(朝顔は秋の季語)で、朝顔はその花盛りにも酒盛りなど見たこともないだろう、というユーモアもある、と言えるのではないか。


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