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異常な「生命維持医療」

「神戸だいすき」記事の一部だが、当女史の行動力は尊敬しても、世間の事象へのその判断や意見にはたいてい否定的な(というか、必ずどこかおかしい部分を感じる)私としては珍しく、ほぼ全面的に同意見。
よく、医療の小論文で「QOL(quality of life)」という言葉が出て来るが、下の記事に書かれたような終末期医療、意識不明の超高齢者の生命維持は、はたして当人のQOLと何か関係があるのだろうか。医療界の金儲け主義の一端だ、という神戸だいすき女史の断言は、正しいと思う。患者家族の患者への愛情や、患者の生命維持を絶った場合の世間をはばかる気持ちを人質にしていると思う。

(以下引用)

けど、20年ほど前、娘の友人が難病になり、よくなったり悪くなったりを繰り返し、少しずつ弱って行った・・・10年ほど、かかって、とうとう意識不明、昏睡状態になった時、三田の山奥にある病院にお見舞いに行きました。

彼女の病室のある病棟に行きつくまでに、いくつか病棟を通りました。
とても静かで、誰も行き来していなくて、窓から中の様子が見えるのですが、何人も何人も管につながれて、生きるしかばねと化した高齢者が、見えました。

昏睡状態・・・るいるいと。

管を外したら、すぐ、だめになる。

生かされていても、誰も、見舞いになんか来ない。

「間違っている!!」と、私は思いました。高度障害だから、健康保険のお金はどっさり、病院に落ちるのでしょう。
でも、無駄に生かされているとしか思えない人々を生かすために、若い労働者が、どれほど高額の健康保険料を納めなければならないか!!

管につないでも、限界はあるのだろうけど、そもそも管につながなければ命を保てない人を、あくまで生かすのは、間違っている。

けど、今もそうですよ。
だからと言って、家族の懇願で、管を外せば、医師は殺人罪に問われる。

家族は、医療費の負担で押しつぶされる。

それでも、一旦管につないでしまったら、もう、おしまい。

けど、日本人の心情としては、「管を外してください」とは、言えないだろう。きれいごとで済まそうとするだろう。

だけど、資金だけじゃない、労働力を考えても、もう、こんなことできなくなる。

管につないでまで生かしておいた方が、儲かる医療だったけど、それを保つ職員が確保できなくなる。やがて破綻する。

90歳を過ぎても、認知症でも、管理栄養士がついて、栄養を確保し、リハビリで鍛えれば、歩けるようにもなる。
何歳になっても、最近の医学は、人を生かせる。

でも、それが社会的に不可能になって行っている。

どこかで、誰かが、これをやめよう。無限に命があるのが正しいーという考え方をやめようと、言い出すしかない・・・

たとえば「尊厳死」、もう、助からないと決まったら、自分の意志で寿命を選択できるとか、もう、脳死になったら、管を抜いてよいという法律とか、そういう冷静な判断が必要になるだろう・・・と、私は思っていたんだけど、

そうはならずに、甘い言葉で騙して誘って、ワクチンを打ちまくるとが、どこまでも、汚い奴らだ。

ほんとうに、時々、私は、日本人のファジーが、つくづくいやになる。普段は、それが良いところだと思っているんだけど。

欲にころんだ汚い政治家の餌食になりやすい。

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HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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