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「文化防衛論」の考察(後段1)

1)~4)について考察する。


1)生きた文化とは単なる〈もの〉ではなく、「行動及び行動様式」をも包含した「ひとつの形(フォルム)」であり、「国民精神が透かし見られる一種透明な結晶体」である。

(考察)

文化は「行動及び行動様式をも包含している」というのは同感である。つまり、日本人的な特徴として言われる行動や行動様式は「日本文化」の一部だ、というのはあまり反対する人はいないだろう。ただし、後述されるように、文化は非常に包括的なものだとするなら、「日本文化的でないもの、あるいはそう見えないもの」もまた日本文化の一部だ、となるだろうし、現代では文化は世界的な包括性を持っており、たとえばアメリカで発達したアニメが日本的な風味を加えて、それが世界的に受容され、世界のアニメのタッチを変える、ということもあるわけだ。とすれば、「日本文化は広い世界文化の一部になる」わけで、文化を「国民精神が透かし見られる」ものに限定する必要は無いのではないか。日本文化そのものが中国や西洋からの文化を受け入れて発展した「雑種文化」だというのは、多くの人が言っていると思う。
つまり、特定文化の中に見られる「国民精神」は、文化の個性ではあるが、それはいずれは雑多な「世界文化」の単なる風味でしかなくなるのではないだろうか。もちろん、風味は風味として価値があるのである。だがそれを国粋主義的に崇める必要はない、と私は思う。
つまり、文化は変容する宿命を持っている、というのが私の考えなのだが、それは文化を好き勝手に破壊してもいいという思想とはまったく違い、古い文化の継承の中から新しい「フォルム」が生まれ、それがその文化の好ましい発展だということだ。
文化に対する捉え方(国民精神にどの程度の重点を置くか)が異なる時点で、「文化防衛論」を私は否定することになりそうだが、結論を出すのは後にする。(なお、私は〈菊と刀〉がふたつとも大事だということは肯定するが、その比重の置き方が三島とはたぶんまったく違うと思う。私は〈刀〉は抜かないのが最上だ、という思想で、抜けば抜いた本人の死も当然招来する。戦争で言えば、国民の大量死である。その犠牲を払ってまで守るべき「文化」など無い、と私は思う。)


2)日本文化は「行動様式自体を芸術作品化する特殊な伝統」を持ち、「動態」を無視できない。

これは具体例を出して説明されないと意味がつかみにくい。というか、何となくわかったようなわからないような文章だ。たとえば「茶の湯」のようなものだろうか。しかし、「礼法」というのは外国にもあるはずで、茶の湯はその仰々しいものにすぎないのではないか。まあ、さほど重要性の無い一文だと思うので、深くは考えないでおく。

3)日本文化は「菊と刀」を包摂する。

私はルース・ベネディクトの「菊と刀」を読んでいないので、「菊」とは風雅な(文人流の)文化、「刀」は武士的志向だと考えておく。で、実は文と武というのはすべての文化の二大要素なのではないか。ただ、多くの国や民族では「武」を文化だとは考えておらず、また日本でも武は尊重された(というより畏怖された)が、武を「文化」だとは思っていなかっただろう。
三島が指摘するように「文化は行動や行動様式を包含する」と明確に言ったときに、「ああ、なるほど、『武』も文化なのだ」と気づくわけだ。ただし、武とは本来破壊の行為である。つまり「文化を全体としては破壊する行動」である以上、それを「文化」として持ち上げることは危険だと私は思う。日本の王朝文化に詳しいはずの三島が、宮廷では武士(殺生という汚れた行為をする者)は「地下の者」として昇殿できなかったという事実を(うっかりか意図的かは知らないが)見落としているのではないか。

4)日本文化は「オリジナルとコピーの弁別」を持たない。

これは当然の指摘で、たとえば和歌の「本歌取り」など、今なら「著作権侵害」で裁判沙汰になるだろうwww 俳句など類句類想の山である。そして、その類句や類想の作品でも、光るところがあれば高く評価されるわけだ。まあ、だからといって、人まねだけのクリエイターが高い評価を受けるわけもないので、三島のこの指摘はさほど重要ではないと思う。



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