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少年マルス 1

第一部 第一章 少年マルス

 アスカルファンは東西に八百キロ、南北に三百キロの大きさの国で、東には山を隔てて大国グリセリードがあり、西には海を隔ててレントがある。さらに北の方にも小さな国々があるが、山脈に隔てられたそれらの国々との行き来はほとんどない。南も海である。
 アスカルファンの各地方は、昔からこの地方にいる領主によって治められ、領主は農耕の生産物や、手工業による収入の三割から五割を税として取り立てている。国の産業は農業と牧畜がほとんどで、都市では日常の用途に用いる品物を作る仕事や、商業もいくらか発達してきていた。また、山や海岸地帯では狩猟・漁労・採集によって生計をたてている人々も多くいた。
 マルスの家はそうした狩猟者の家だった。
 アスカルファンの東の山脈地帯の裾に放牧を営む人々の集落があり、村の名はカザフといったが、マルスの家はそこからさらに上った山の中腹にあった。
 マルスの父のギルは有名な猟師だったが、人付き合いの嫌いな変わり者で、幼いマルスを抱えて山中で行き倒れになっていたマルスの母を家に連れ帰って介抱し、そのまま自分の女房としたのであった。つまり、マルスにとっては、本当の父ではない。母親のマーサは、マルスが八歳の時に病気で死んでしまったが、死ぬまで、夫に救われたことを感謝し、自分は幸せだったと言いながら死んでいった。
 女房を失ったギルはしばらく悲嘆に暮れていたが、それから男手一つで、マルスが十六歳になるまで育てたのであった。
 マルスが十六になってすぐ、ギルは山で足を踏み外して谷に落ち、重傷を負った。そこからなんとか自力で家まではたどり着いたが、冬の事で、その間にひどい肺炎になって、そのまま病の床についた。
 死を予感したギルは、枕もとにマルスを呼んで言った。
「お前に話しておきたいことがある。わしが死んだら、お前はバルミアに行くがいい。バルミアにオルランドと言う貴族の家がある。お前はそこの若君、ジルベールの息子だ。お前のお母さんはそこの女中をしていてお前を孕み、当主の怒りに触れてそこを追い出された後、この山中をさ迷っているところを私が見つけたのだ」
 ギルはベッドの下の小箱をマルスに取り出させ、その中から金の鎖のついた宝石のペンダントを取り出した。
「これはお前の父のジルベールがお前のお母さんにくれたペンダントだ。この宝石はブルーダイヤと言って、非常に貴重なものらしいから、いざと言う時には売って金に替えてもいいが、もしもお前が父に会う時にはお前の身を明かすものだから、大事にするがいい。それ以外には、わしの使っていた弓と槍くらいしか、お前に残してやれるものはないが、お前の猟師としての腕は既にわし以上だ。だが、若いお前は、このままこの山で一人で暮らすより、旅に出て、広く世間を見た方がいいだろう。お前の本当の父、ジルベールに会いに行くがいい。マルスよ、わしとマーサの魂の平安を神に祈ってくれ」
 そう言って、ギルは眼を閉じ、そのまま永遠の眠りについた。
 マルスは長い間泣いた後、気を取り直して父の遺骸を家の後ろの母の墓の隣に埋めた。

 マルスは皮の袋に僅かな食べ物を入れ、別の皮袋に水をたっぷり入れて、住み慣れた我が家に別れを告げた。馬は持っていなかったので、歩いてどこまでも行くつもりである。
 山は雪が深く積もり、歩くのに難渋したが、幸い雪が降ることもなく、二日後にカザフの村に着いた
カザフの村からバルミアまでは徒歩で半月ほどかかる。カザフを過ぎれば、道は平坦で、雪もほとんどなく、歩くのに苦労はしないが、道らしい道がずっと続いているわけではなく、途中には森もあれば野原もある。だが、西へ、つまり太陽の進む向きに歩いていけば、いつかはバルミアの近くに行き着くはずである。
 森や野原には、山ほどは動物はいないが、それでも鳥は多いし、冬眠しない動物も少しは現れる。マルスはそうした動物たちを矢で射て、民家でパンに換え、あるいは塩や野菜やチーズに換えた。
 マルスはまだ十六歳だが、並みの大人よりも背は高く、力も強かった。十四歳くらいからは、猟師たちの間で、戯れにレスリングなどする時には、必ずマルスが勝っていた。弓の腕は、父のギルと同じくらいであったが、投槍で獲物を仕留める腕はギルをはるかにしのいでいた。なにしろ、百歩先の野豚を投槍で仕留められるのは、彼だけだったのである。普通の猟師では、七十歩くらいまで投げるのがせいぜいだし、思い切り投げれば、行く先は槍に聞いてくれ、としか言えないのが普通である。
 カザフを過ぎて五日目、マルスは広い野原に出た。風の気配が春の到来を告げる、よく晴れた暖かい日である。野原のあちこちには雪が残っているが、草も芽を出している。野鼠や兎がそうした草の芽を齧っているのがマルスの目にははっきり見える。マルスの目はコンドルや大鷲のように鋭く、どんな小さな生き物でも遠くから見つけることができた。
 突然、野原の向こうに陽炎のような物が見えた。
 マルスは目を凝らしたが、それが人であると気づくのには少し間があった。その人間はこちらに向かって歩いてくるが、歩くというより地上一寸上を滑ってくるような様子であり、その速さはほとんど飛んでいるといっても良い速さであった。

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OVA「エル・ハザード」エピローグテーマ

   ちいさな花

      歌:天野由梨
     (作詞:枯堂夏子/作曲・編曲:長岡成貢)


足下で 咲く
小さな 花に
いま やっと気づいた
そよ風に
揺れながら
ただ 咲いているのね

だれかの ためにと
生きて ゆくたびに
ほんとの 自分を
ひとは なくしてしまう

あんなに 空が青いこと

…忘れていたわ

やさしさは
ただ生きてゆくこと
この足で 
大地をしっかりと
踏み締めてゆく
それだけのこと

大きな 世界を
夢に 見るたびに
小さな ふたりの
愛を なくしてしまう

こんなに 風が気持ちいい

…思い出したわ


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我が愛のエル・ハザード 19

第十九章 時空の彼方で

 一万年の時が流れた。未来に向かって? それとも過去に向かって?
 時空の闇の中、沈黙の夜の中をイフリータの体は旅し、そしてその体は耐久の限度を迎えていた。その時、イフリータは目覚めた。
 彼女の前に一人の少年が立っていた。
 驚いたように彼女を見つめているその顔は、彼女が一万年待ち続けた顔だった。
「真、真、やっと会えたね」
イフリータは少年に向かって歩いた。
「一万年、……一万年、この時を待っていた」
 イフリータは少年の胸に顔を埋めて涙を流した。
「夢を……
夢を見たよ。
……
数え切れない夜の間で、
ただお前の夢だけを、
見ていたよ……」
 少年は呆然としているだけであった。
「時間が無い。一万年の間に、私の体は消耗し尽くした。
私にはただ、お前をエル・ハザードに送る力が残されているだけだ。
後はお前に任せたよ」
 イフリータは、真をエル・ハザードに送るために祈り始めた。
「ちょ、ちょっと。僕には何がなんだか」
 少年は戸惑った顔で言った。
 涙を流しながら、イフリータは真への最後の言葉を言った。
「あのなつかしい世界に行ったなら、私によろしく言っておくれ」
 真の姿が光に包まれ、彼と、そこから数十メートルの範囲にいた人間のすべてがエル・ハザードに送られた。

 イフリータはほとんどすべての力を使い尽くし、地面に崩れ落ちた。
 やがて、やっとのことで立ち上がり、イフリータは歩き出した。
「ここは、……学校?」
 校舎の中に入って、教室の中を眺める。真から貰った思い出の中で知っている風景。
 校庭にでると、空には星が広がっていた。エル・ハザードの満天の星とは違って、ぼやけたようにまたたいている。
 校庭のバックネットに凭れて、イフリータは目を閉じていた。心が空っぽになったみたいだ。
 ふと、何かの気配を感じて、イフリータは目を上げた。
 夜が明けようとしていた。薔薇色の朝空に、秋の雲が薄くかかっている。
 力なく、イフリータは再び目を閉じた。
 その時、もう一度、強い気配を感じて、イフリータは顔を上げた。
 今度は本当だった。
 グラウンドの向こうに空間のゆがみが生じ、そこに人の姿が現れていた。その姿は……。
真の姿だった。白い服を着てイフリータの杖を持ち、彼女に向かって、あの懐かしい微笑を浮かべている。イフリータを迎えにきたのだ。
 イフリータは走り出した。その顔は生まれて初めての喜びに溢れ、尽きることの無い幸福の涙を流していた。
 真は手を差し伸べて、イフリータを待っている。
 二人の手が結ばれ、二人はしっかりと抱き合った。



   「我が愛のエル・ハザード」   THE  END


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我が愛のエル・ハザード 18

第十八章 イフリータの最後

 外に出た真を待ち受けていたのは、藤沢、ナナミ、ミーズ、アフラ・マーン、アレーレの五人だった。
「真様あ、いったい、私たちどうなっちゃうんですかあ」
 アレーレが心配そうに聞いた。
「大丈夫や。きっと何とかなるて」
 アレーレに笑いかけた後、真は藤沢たちに言った。
「先生、ナナミちゃん、僕、神の目に乗り込んで止めてきます。あのままにしておくと、世界中を破壊しかねませんから」
「乗り込むって、お前、大丈夫か?」
「大丈夫です。どうやら、僕はここでは、機械の心が分かる不思議な力があるみたいなんや。多分、神の目を止められるのは、僕だけでしょう」
「なら、仕方ないか……」
「真ちゃん、本当に大丈夫よね。あんたを好きな女の子がたくさんいるんだから、死んだら承知しないわよ」
「大丈夫、大丈夫。じゃあ、アフラさん、すまんけど、神の目の中まで、僕を運んでくれませんか」
「分かりました。あんた、みかけは女みたいやけど、大変な男やな」
 上空の神の目は、今や、誰の目にもはっきりと分かる異常な気配を見せていた。まるで、空中放電の実験のような火花があちこちから出ているのである。
「じゃあ、行きますえ。覚悟はよろしゅうおすな」
 真は、頷いた。
 その時、空中からひらりと降り立ったのは、イフリータであった。
「真、神の目に入るのは、私の仕事だ。私は、もともと神の目と一体となって作られた存在なのだ。だから、神の目のことは私は良く知っている」
「イフリータ! しかし、神の目に入ったら、君は時空の彼方に飛ばされるかもしれんのやで!」
「おそらくそうなるだろう。だから行くのだよ、真。そうして、私はお前に会うのだ。行かせておくれ。そうしなければ、私はお前に会えないのだから。お前に会うために、一万年の彼方へ私は行こう」
「でも、君の体はもうぼろぼろなんや。一万年も、持つんかいな」
「持つさ。きっと私はお前に会うのだから。大丈夫だよ」
イフリータは、手にしていた杖を真に渡した。
「これを、真。これは私の体の一部だ。これを持っていれば離れていても私と交信できる。私が神の目の中に入るまで、これを持っていておくれ」
「でも、これがなきゃあ、君を動かす人がいなくなる」
「私はもう自由なんだ。お前が私にそれを与えてくれた。さようなら、真」
 イフリータはふわりと空中に浮かび上がった。そして、神の目の中に吸い込まれるように消えて行った。
 イフリータの心は、しかし、真の手の中の杖を通して、真と交信していた。
(「真、お前に会うまでは、私にはたった一つの思い出さえなかった」
「思い出さえ? なら、僕が君にそれを上げよう」
「えっ?」)
 イフリータの心には、真の様々な思い出が流れ込んだ。高校の入学式、夏休み、運動会、授業風景、……。そして、その一つ一つの思い出の中の真の側には、高校生となっている美しい、しかし普通の人間であるイフリータの姿があった。
 初めてのデート、並んで眺めた夕焼け、秋の爽やかな風の声を聞く二人、
 それらは真が作り上げた幻想であっただろう。しかし、イフリータには、それは現実の思い出と同じだった。
 イフリータは涙を流していた。
「真、真、ありがとう……」
 そして、イフリータの姿は神の目の中枢に消えた。
 やがて、一瞬の閃光があり、神の目は再び上昇していった。エル・ハザードは、イフリータの犠牲によって救われたのであった。ロシュタル近郊に迫っていたバグロム軍は、イフリータを失って、自分たちの森に向かって引き上げた。
 太陽に輝きながら青空の中に昇っていく神の目をみつめて、真は呟いた。
「イフリータ。いつか、僕は必ず神の目の秘密を解き明かし、君のところへ行こう」

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我が愛のエル・ハザード 17

第十七章 涙のキッス

 真たちがイフリータを連れてロシュタル宮殿に戻った時には、神の目はもはや宮殿の上空百メートルくらいのところまで降りていた。
「何でや! 神の目を動かすのは、今日の正午のはずやったろ!」
 真は藤沢を捕まえて問い詰めた。
「うーん、しかし、神の目を動かすには、それに乗り込まんといかんらしいから、早目に動かす必要があったらしいんだ」
「王女たちは?」
「王家の祭壇にいる。面会謝絶だ」
 真は、イフリータをベッドに寝かせて、シェーラ・シェーラ、アフラ・マーン、ナナミと一緒に王家の祭壇に向かった。
 王家の祭壇の前は数十名の護衛兵で守られていた。
「そこを通してください。大事な用があるんや!」
「真殿、王女たちは今、誰にもお会いできない状態なのです。お引取りください」
「もう、神の目を動かす必要なんかないんです。イフリータはこちらの味方になりましたから」
「イフリータが? まさか」
「時間が無い! ここを通してください」
「できません!」
「真の言うことは本当だぜ。ここを通さないと、大変なことになるんだ」
「シェーラ・シェーラ様の言うことでも、王女のご命令にそむくことはできません」
「仕方ねえ、強行突破だ!」
 シェーラ・シェーラは、炎の法術を使う構えをした。
「お待ち、それは危なすぎます」
いつの間に来ていたのか、ミーズ・ミシュタルが背後から声を掛けた。
 彼女の呪文とともに、激しい水流が、扉を守っていた衛兵たちを吹っ飛ばした。
「事情は、アフラ・マーンから聞きました。ここは私に任せて、中に行きなさい」
「すまねえ」
 真、シェーラ・シェーラの二人は、建物の中に入った。
 道は途中で、王家の墓所の方面と、王家の祭壇の方面の二つに分かれる。
「しまった! 王家の祭壇の中には入れねえ」
「なんでや!」
「王家の血を引く者以外には扉が開かないようになっているんだ。どういう仕組みかは俺にも分からねえ」
 祭壇のある部屋への扉は、頑丈な金属でできていた。
 その中央に、青い宝石がはまっている。
 真は、イフリータの眠っていた洞窟の扉のことを思い出した。
 真はその青い石に手を触れた。石は光を発し、扉が開き始めた。
「ま、真、おめえ、王家の血を引いていたのか?」
「わかりません。でも、これが僕の能力のようです」
 最後の部屋の扉が開いた。
 その部屋では、ルーン王女とパトラ王女が、それぞれ黒曜石のような台座に手を置いて、祈っていた。
「何者です! 祈りの邪魔をすると許しませんよ」
 足音に気づいて、ルーン王女が二人に顔を向けた。
「王女様、もう神の目は動かす必要はないんです。イフリータは僕らの味方になりました。もう、神の目を動かすのはやめてください」
「嘘じゃ、お前はバグロムの手先にでもなったのであろう!」
パトラ王女が叫んだ。
「いえ、真の言うのは嘘ではありません。私が証人です」
 シェーラ・シェーラが大声で言った。
「シェーラ・シェーラがそう言うのなら、本当であろう。パトラ、神の目を動かすのはやめましょう」
「お姉さまがそうおっしゃるのなら」
 しぶしぶと頷いて、パトラは台座の上の手を持ち上げようとした。
「手が、手が動かない! 台座から離れない!」
 ぎょっと驚いて、ルーン王女は自分の手を離そうとしたが、こちらも動かない。
「駄目です! 神の目を止めることはできません」
 真とシェーラ・シェーラは操縦席に上って二人の王女の手を台座から引き離そうとしたが、動かない。
「それじゃあ、神の目に乗り込むというのは、どうなるんだ?」
 シェーラ・シェーラが真に聞いた。
「きっと、ここで操縦している人間とは別の人間が乗り込むんやな。よし、僕が乗り込もう」
「真様、それは危険です。神の目は、時空を越える力を持っています。操作を間違えば、あなたご自身が、時空の彼方に飛ばされてしまいます」
 ルーン王女の言葉に、真は微笑んだ。
「どうせ、僕らは他の世界から来たんや。これでもとの世界に戻れるかもしれませんて」
「真、お前、ここが良かったんじゃないのかよう」
 シェーラ・シェーラは情けない顔で顔一杯に涙を流しながら言った。
「ああ、大好きやで。でも、誰かが行かなきゃあならないなら、それはきっと僕なんや。シェーラ・シェーラさん。楽しかったなあ。これでお別れや」
「真う、行かんでくれよう」
 真はその頬に軽くキスして、操縦席の階段を駆け下りた。
 シェーラ・シェーラは、その後ろで、床に座り込み、恥も外聞も無く、大声を上げて泣いていた。

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我が愛のエル・ハザード 16

第十六章 イフリータの涙
 
「アフラ・マーンさん、お願いがあるんやけど」
日が地平に落ちようとする頃、真はアフラ・マーンを見つけて声を掛けた。
「何どすか、真はん」
「実は、バグロムの軍隊の中に忍び込みたいんやけど、協力してくれへんやろか」
「バグロムの中に? そんな無茶な」
「明日、神の目を動かしたら、大変なことになる、いう気がしてならないんですわ。その前に、何とかして陣内を説得して、この戦いをやめさせようと思っとるんです」
「それは、無理やないかなあ。あのお人は、ちょっと『あっち』へ行っている方でっしゃろ?」
「それはそうやけど、このまま何もしないでいるよりは……」
「まあ、ええ。どうせ、明日の戦は、私らくらいの力では何の役にも立たない戦になりそうや。最後のお勤めに、悪あがきするのもよろしいやろ」
「おおきに、アフラさん」
 アフラ・マーンが真を連れて空に飛び上がろうとした、その時、
「おめえら、ちょっと待った!」と声が掛かった。
「シェーラ・シェーラさん……」
 二人を呼び止めたのは、シェーラ・シェーラであり、その側にはナナミもいる。
「あんた達、二人でどこに行こうっての!」
 ナナミが目を三角にして言った。
「いや、陣内にこの戦いをやめさせようと」
「嘘おっしゃい! どうせ、あのイフリータとかいう顔のきれいなロボットに会うつもりなくせに!」
「ぐっ……」
図星であった。
「いい、今度こそ、命は無いわよ。あんな危険なロボットの相手をするのはやめなさい。どうせ、明日神の目を動かして相手を消し飛ばしてしまえば、バグロムなんてお終いよ」
「どうしても行くってんなら、俺たちも一緒だぜ」
「そうよ、真ちゃん。私たち、あんたが心配で、ずっと見張っていたんですからね。一人で勝手な行動して死んだりしたら、恨んでやるから。死ぬ時はみんな一緒よ」
「すまん……。じゃあ、みんな、来てくれるか?」
「もちろんだぜ!」
 真はアフラ・マーンの顔を見た。
「仕方ありまへんな。こうなったら、一蓮托生や」
 真は、宮殿の方を見て、藤沢先生に別れを告げた。
「先生、さよなら。この戦争で生き延びることができたら、ミーズさんとお幸せにな」
 ナナミはアフラ・マーンの背中に乗り、真はシェーラ・シェーラが操る馬に一緒に乗ることにした。馬といっても地球の馬とは少し違って、額に角が生えたユニコーンだが、速さは地球の馬よりも速い。
「しっかりつかまってろよ!」
 自分一人では馬に乗れない真は、後ろからシェーラ・シェーラにしがみつくだけである。
 夕日の中を真と一体になって馬を走らせたこの思い出が、結局シェーラ・シェーラの最高の思い出となった。
 道中、二人にはほとんど言葉を交わす余裕はなかったが、自分の背中に真の体を感じているだけで、彼女は至福の感じを抱いていたのである。
 空の色が菫色に変わり、やがて星が見えてきた。真がこれまで見たことのない、満天の星である。そして、しばらくすると、月も昇ってきた。
「きれいやなあ」
「ああ? あの空か。うん、きれいだな」
「なんでこんなにきれいな世界なのに、戦なんかあるんやろ」
「みんながみんなお前みたいな優しい奴なら、戦なんか起こらねえさ」
「……」
 やがて、彼方にバグロム軍の野営地が見えてきた。
 シェーラ・シェーラが馬を止めると同時に、アフラ・マーンも地上に降下した。
「ここからは、気をつけないとな」
 シェーラ・シェーラが言った。すると、アフラ・マーンが静かに言った。
「無駄ですわ。もう見つけられましたで」
 月光の中を、滑るように飛翔してこちらに向かってきたのは、イフリータであった。
「イフリータ!」
 真は叫んだ。
「水原真か。何をしに来た」
「明日の戦は、したらあかん。ロシュタリアは神の目を動かすつもりや。あんたがどんなに強くても、神の目にはかなわん、いう話や」
「神の目か。それがもし本当なら、その通りだ。しかし、神の目は人間には制御できない。王家の者といえどもな」
「嘘や。王家の者なら制御できるいう話やで」
「私は目覚めてから、自分が作られた文明が数千年も前に滅んだことを知った。その原因は、神の目だ。人間には、自分の思いのままにならない深層心理がある。神の目を作った人々でさえ、それはコントロールできなかったのだ。だから、神の目は暴走し、その文明は滅んだ。おそらく、このエル・ハザードもそうなるだろう」
「嘘だ、ロシュタリアに神の目を使わせないためにそう言っているんだ!」
 シェーラ・シェーラが叫んだ。
 イフリータは冷たい目でそちらを見た。
「私は、この戦でどちらが勝とうと興味はない。ただ、主に命ぜられた仕事をするだけだ」
「イフリータ! 」
「私はそのように作られた存在なのだ。さあ、もう行け。さもなくば、お前たちを殺すしかない」
 真はイフリータに向かって一歩歩いた。
「止まれ! 今度は本当に殺すぞ」
「君には僕は殺せない。なぜなら、僕は元の世界で君に会ってここに来たからだ。その時、君は僕を愛していた。そして今、僕も君を愛している。君には僕を殺せない」
 他の三人の女たちは、真のこの言葉にそれぞれショックを受けたが、しかし、それはかねてから予期していた言葉でもあった。
「私には心は無い。心の無い者が、どうして人を愛せる」
「いや、君には心がある。涙を流すことだってあるんや。僕は君の涙を見た。あんなきれいな涙を見たのは初めてやった」
「嘘だ! 側によるな!」
 イフリータは、真を殺すために、構えた杖を作動させようとした。そういう風にプログラムされていたからである。自分に危害を加える存在は、殺せ、と。
 真の手がイフリータの杖に触れた。
 そして、再び、二つの心はシンクロした。
 真が見たものは、殺戮と破壊と炎の記憶。その中心にはイフリータの姿があった。無表情に、自分の破壊の跡を眺めるその顔に、しかし真は悲しみを見た。
 イフリータが見たものは、平和と幸福の記憶。普通の高校生の、何気ない、平凡な日常の中の喜び、幸せ、小さな挫折や悲しみ。それにもかかわらず、生きていくことの嬉しさ。それらは何一つとしてイフリータが持ったことが無いものだった。
「イフリータ。君の中には、主人に従うことを強制するシステムがあるはずや。僕はそのシステムを壊そう」
「ああ、もしもそれが可能なら、そうしてくれ」
 二人が交わしている会話は、他の三人には聞こえなかった。他の三人には、二人がただ見詰め合って黙っているようにしか見えなかったのである。しかし、そこで何か神秘的なことが起こっていることは伝わった。
 真はイフリータの心に入り、主人に従うシステムを探した。やがて、彼のイメージの中に、あのイフリータの杖のような物が現れた。
「これや!」
 真は、その杖を引き抜いた。
 イフリータの心で、何かが溶けていった。
「君の心の自由を奪っていたものは僕が取り除いた。君は、もう自由なんや!」
「自由? この私が?」
 イフリータは空を仰いだ。そして、人々は初めてイフリータの涙を見たのであった。
「そうだ。自由だ。私は、自分の好きなように動くことができる」
 しかし、その言葉とともに、イフリータの体は地上に崩れ落ちた。
「イフリータ! どうした。どないしたんや」
「大丈夫だ。私の体は、この数千年で、案外がたがきていたらしい。少し休ませてくれ」
イフリータは、真を見て、にっこりと微笑んだ。その微笑は、初めて会った時の微笑であった。
 その時、アフラ・マーンが悲鳴を上げた。
「神の目が、神の目が動いている!」
 その指差した空の彼方には、一つの青い大きな星があった。そして、その星は、かすかに、気がつかないほどの速度で地上に向かって降下していたのであった。


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我が愛のエル・ハザード 15

第十五章 パトラ王女の救出

「ガレフの奴、こんな所に入り込んでいたのか!」
シェーラ・シェーラが叫んだ。肩口の傷は、ミーズ・ミシュタルの治癒の法術で応急処置が取られ、ふさがりつつある。
「パトラ王女様が中にいるなら、人質に取られて手が出せなくなる。早く行かないと!」
真の言葉に他の者たちは頷いた。
 ガレフが逃げ込んだのは、王家の墓所であった。暗い中に永遠の燐光が光り、無数の墓を静かに照らし出している。
「お前たち、それ以上近づいたら、パトラ王女の命は無いぞ」
 墓所の奥に進み、ある部屋に入ると、そこにガレフはいた。ガレフだけではない。三人の幻影族の人間がいて、その者たちは、部屋の中央の奇妙な機械を操作していた。その機械の中心の椅子には、長い黒髪以外は真と瓜二つの美少女が、気を失ったまま縛り付けられている。
「パトラ様!」
 ロシュタリアの者たちは悲痛な声を上げた。
「もはや、こうなっては、我々の野望は潰えた。おい、神の目を始動させろ!」
 ガレフは部下らしい幻影族の三人に命じた。
「ガレフ様?」
「し、しかし、そうすると神の目は暴走しますが?」
「かまわん!」
 しかし、ガレフの部下は、スイッチを入れるのをためらっていた。
「おい、ガレフ、あんた何を考えてるんや! この世界を破滅させる気か」
 真の言葉にガレフは凄みのある微笑を浮かべた。
「その通りだ。我々幻影族は子孫を増やす手段を持たない。一代に一度の分裂で、自分と同じ個体を残せるだけだ。事故や病気で死ねば、その分だけは減っていくしかない。つまり、我々は最初から破滅を運命づけられた種族なのだ。私は、神の目を動かすことで始原の時間に戻り、我々の運命を変えるつもりだった。それが駄目になった今、全エル・ハザードを道連れに破滅するのも悪くない」
 ガレフは部下に向かって頷いたが、部下はまだためらっている。
「ええい、俺がやる。どけい!」
 その瞬間が、シェーラ・シェーラの狙っていた瞬間だった。彼女は、ベルトにつけていた短剣を抜き、ガレフめがけてそれを投げた。
 短剣は、見事にガレフの胸に突き刺さった。
「ぐあっ!」
 ガレフは声を上げて倒れた。
「お前たち、まだやる気か?」
 シェーラ・シェーラが言うと、ガレフの部下たちは首を横に振って機械の前を離れた。
 真と藤沢は、機械中央の椅子に縛りつけられたパトラ王女を助けだした。
 墓所から外に出ると、明るい世界が広がっている。しかし、パトラ王女は麻薬で眠らされているらしく、目を開かなかった。

「パトラ王女様! アレーレ、心配しましたわ!」
 パトラ王女が目を覚ますと、その前にはアレーレの心配そうな顔があった。
「おう、アレーレではないか。私は助かったのじゃな」
「はい、この方たちのご活躍で」
 パトラ王女はベッドの周りの人々を見たが、ルーン王女、侍従長、親衛隊長、幕僚長、大神官以外に、見慣れない顔が三つある。真、藤沢、ナナミの三人である。
「この者たちは?」
「真様は、パトラ様がいらっしゃらない間、代役を務めていらっしゃったのですよ」
「何と、この私に良く似ておるのう。美しい娘じゃ」
「あのう、僕、男なんやけど」
「な、何い。私の代役に男だと? けしからん、誰がそんな事を許したあ」
 麻薬で眠らされている間は、楚々とした美少女だったが、目が醒めたところは案外、何だかなあ、の性格である。
「パトラや、目が醒めたばかりで申し訳ないけど、今、エル・ハザードは危機的状況にあります。神の目を動かさねばならないのです。手伝ってくれますね」
「神の目をですか? それは大変だ」
 ルーン王女は、パトラに状況を説明した。
「仕方ありませんな。バグロムたちにこの世界を支配されるよりは、危険でも神の目を動かすしかないでしょう」
「神の目を動かすと、どうなるんです?」
 真はルーン王女に聞いてみた。
「人間の精神エネルギーを強大な物質エネルギーに変えて、目指すものを破壊するのです。おそらく、イフリータでもこれにはかなわないでしょう」
「イフリータを破壊するんですか?」
「当然です。そうしなければ、こちらが破滅します」
「でも、イフリータは自分の意志で動いているわけやないんですよ。可哀相や」
「真ちゃん、あんたやたらとイフリータの肩を持つわねえ。やっぱり、本気であの美人の戦争人形に惚れているんじゃないの?」
 我慢できなくなって、側からナナミが突っ込む。
「い、いや、僕はただ……」
 言いながら、真は、ナナミの言う通りかもしれない、と思っていた。しかし、人間でもないものに恋するなんて、そんなことがあるものだろうか。

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自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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