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少年マルス 2

第二章 魔法使いロレンゾ

 やがてその影はマルスの前で人の姿になった。
 これまでマルスが見た事の無い、異様な身なりの男である。
 年のころは六十過ぎと見えたが、長い髭は白いものの、血色の良い顔に逞しい体をしていて、並みの若者には負けない体力がありそうに見えた。
全身をすっぽり包むフード付きのマントで身を覆っており、顔以外はほとんど見えないのだが、杖を持った腕の太さから、その腕力の強さは分かる。
男は鋭い目つきで、じろりとマルスを見た。
「猟師のギルの息子、いや、オルランド家のジルベールの息子、マルスじゃな。そうか、お前がこの国を救う者となるのか」
男の言葉はマルスには何の事かさっぱり分からなかった。
「それはどういう事です? あなたは何者ですか? どうして僕のことを知ってるんですか?」
「お前には大事な使命がある。いずれその使命をお前は知るだろう。オルランド家に行くまでもない。あそこはすでにジルベールの弟のアンリが継いでおる。ジルベールはまだ生きておるが、お前と出会うのはずっと先だ。お前が自分の使命を果たしたら、ジルベールにも会えるだろう。わしの名はロレンゾ、いずれわしともまた会うはずだ。王宮に行くがよい。王室付きの占い師、カルーソーにわしの名を出せば、カルーソーが面倒を見てくれるだろう。この護符をお前にやろう。魔物の力が及ばなくなる護符だ。さあ、行け。今はこれ以上話すことはない」
そういうなり、ロレンゾと名乗った男の姿はマルスの前からふっと消えた。
マルスは男から渡された護符を見た。小さな羊皮紙に、青いインクで奇妙な模様と字が書いてあるが、文字を習ったことのないマルスには、何と書いてあるのか分からない。
マルスはその護符をペンダントの裏に収めて首に掛けた。

マルスは魔法使いを見たのは初めてだったが、そういう者がいることは知っていた。カザフの村にもいたが、幼稚な手品や、当てにならない占いをやる男で、魔法使いとはそういうものだろうとマルスは思っていた。だが、先ほどの男はカザフの「魔法使い」とは違っていた。人間が空中を滑るように走ったり、姿を消すのは初めて見た。しかも、初めて会ったマルスの素性をぴたりと言い当てた。世の中には不思議な者がいるものだとマルスは少々怖くなったが、相手は自分の味方のようだったので、その点は心強かった。
歩いているうちに、日がだんだんと夕暮れに近づいてきた。
野宿を覚悟で歩いていると、小さな山の麓に一軒の荒れた様子の小家があり、窓から明かりが漏れていたので、マルスはそこに一夜の宿を乞うことにした。
戸を叩くと、「入れ」と言う声が中からする。
マルスは戸を開けて、中を覗き込んだ。
暖かく火の燃えた暖炉を前に、二人の男が酒盛りをしている様子である。テーブルの上には大きな肉の塊やパンやチーズがたっぷりとある。マルスは思わず、唾を飲み込んだ。
二人の男は都会風の身なりをしていた。まだ若い感じで、一人は二十代後半、もう一人は十代後半で、マルスより三つ四つ年上という感じだったが、背はマルスより低そうだ。もっとも、椅子に腰掛けているので、正味の所は分からない。年上の方は、マルスよりも僅かに背が高い感じで、椅子にだらしなくもたれかかって暢気な顔でグラスを傾けている。
「お前は旅の者か? まあ、ここに来て一緒に一杯やろう」
年上の方が、マルスに声を掛けた。
暖炉に近づくと、自分の体が凍えきっていたのが分かる。
マルスは勧められたワインを有難く飲んだ。甘いワインが腹に落ちると、体が中から温まっていく。
「お前さんまだ若いのに、たった一人で旅してるのかい。その棒がお前さんの武器なら、少々頼りないな」
年上の男は、マルスが傍に立てかけた槍の柄を見て言った。槍の穂先は布に巻いて、袋の中に入っているのだが、特にマルスは説明しなかった。
男はテーブルの上の食べ物も食べろと言ってくれたので、マルスは大きな鳥の腿肉の炙ったものを手に取った。
「ちょっと、その弓を見せてみな。こいつはなかなかの代物だな。町で売れば五十リムにはなる。お前さんの手作りかね?」
「父のです」
「ふむ、どうだい、俺のこの剣と取り替えないか。この剣は、飾りだけでも百リムはするぜ。俺は弓には目がなくてな」
「すみませんが、父の形見なので」
「そうか。じゃあ、仕方ないな。おっと、言い遅れたが、俺はピエール、こいつはジャンだ」
「マルスといいます。酒と食事をどうも有難うございました」
「いいってことよ。旅は道連れ、世は情けってこった」
ピエールは鷹揚に言って笑った。
マルスはワインのせいで眠気がさし、二人の男より先に寝ることにした。
眼が覚めた時、あたりはまだ暗かったが、周りに人の気配は無かった。はっとマルスは胸に手をやったが、そこにペンダントはなかった。そして、枕もとに置いて寝た父の形見の弓も無くなっていたのであった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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