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軍神マルス第二部 11

第十一章 ヤクシー

「ヨゼフの爺さん、また妾を買う気か。もう五人もいるくせに」
マルスの後ろで忍び笑いをする声がした。マルスには、その言葉は分からなかったが、笑い声の感じで、それが老人の好色を笑う声だと見当がついた。
マルスは千ドラクマの値をつけた。
老人は怒ったような声を上げた。
「奴隷一人に千ドラクマなんてべらぼうだ」とでも言っているのだろう。
結局、その女奴隷は千ドラクマでマルスの手に落ちた。

周囲の好奇の目にさらされながら、マルスたちは奴隷の競り市を離れた。
女奴隷は大人しくマルスたちの後を付いて来る。どうせ自分の前には大した運命は待っていないと諦めきった顔である。
マルスたちが女奴隷を連れて帰ると、ロレンゾはさすがに驚いた顔をしたが、女の顔を興味深げに眺めて、言った。
「この女は高貴な生まれじゃな。かなり不幸な目にあったようだが、死なずにいてよかった。この女には他人には無い強い運命があるようだ」
ロレンゾが女に名前を聞くと、女は、ヤクシーと名乗った。
「ヤクシーじゃと?」
ロレンゾは驚いて問い直した。
マルスが、その名がどうしたのか、と聞くと、ロレンゾは答えた。
「ヤクシーは、古代の神の一人じゃ。まあ、偶然にその名をつけたのかもしれんがな」
「どんな神様だい?」
ピエールが聞いた。
「……魔神じゃよ。争闘と復讐の神じゃ。もっとも、母性の神でもあるがな。矛盾した心を持った神じゃな」
「女ってのはみんなそうさ。虫も殺さねえ顔して、結構残酷な事をするもんさ」
「なかなかうがった事を言うの。よほど女にひどい目にあったと見える」
「みんなひどい事言うのね。この人はそんな人じゃないわ。顔を見れば分かるでしょう」
マチルダが怒って言った。
 ヤクシーは、自分が召使にされるわけでも、誰かの妾にされるわけでもない事に戸惑っているようだった。
「ところで、お主らが取ってきた、あの光輝の書だがな、あの中になかなか面白い事が書いてあったぞ。普通の剣を魔法の剣に作り変える秘法じゃ」
「魔法の剣ですって?」
「うむ、別名、大天使ミカエルの剣じゃ。ミカエルは、昔から、悪魔と戦う者の象徴となっている。この剣を以てすれば、あるいはダイモンの指輪無しでも、悪魔と戦うことが出来るかもしれん」
「それは簡単に作れるのですか?」
「簡単ではないよ。剣に呪文を彫り、七日間の清めの儀式をしなければならん。そのためには、太陽の香料も手に入れねばならん」
「太陽の香料とは?」
「それを作るにもまた、秘法があるのさ。まあ、それはわしに任せておけ。お主らは、何とかして宮殿に忍び込んで、賢者の書を探してみるのだ。賢者の書があれば、悪魔と戦うには一番確実だからな」
 ロレンゾは、翌日、魔法の剣を作るために、近くの山の山頂に行ってしまったので、マルスたちはその間に宮殿に忍び込む計画を立てた。
「宮殿に入るのに一番いいのは、正面から行くことだな」
ピエールが言った。
「どんな風にして?」
マルスが尋ねると、ピエールが言いにくそうに言った。
「ヤクシーを領主のザイードに献上する、という名目で宮殿に入るんだ」
「それは駄目よ。ヤクシーが危いわ」
マチルダが言った。
「なんなら、あんたでもいいんだが……」
ピエールがマルスの顔色を窺いながら続けた。
「なんて事をいうんだ。マチルダにそんな事がさせられるもんか」
マルスは大声で言った。マチルダはそれを押し止めて、言う。
「私でいいならやるわ。私だってヤクシーほどじゃないけど、美人でしょう?」
「あんたなら、ザイードは涎を流して欲しがるよ。だが、危険だぜ」
「大丈夫よ。マルスも一緒なんだもん。私が危なくなったら助けてくれるんでしょう?」
マルスは考え込んだ。マチルダを女奴隷として献上するというのは危険すぎるが、しかし自分たちの目の届かない所に女二人だけで残すのも不安である。かえって、近くにいるだけこの案の方がいいのかもしれない。
「よし、それで行くことにしよう。しかし、危なくなったら、僕たちには構わず逃げるんだよ」
「馬鹿ね。女だけで逃げられるわけないじゃない。もしも、貞操を奪われそうになったら、死ぬわ。どう、こんなに思われて嬉しいでしょう、マルス」
マルスは、マチルダの冗談にも何と答えていいか分からなかったが、目頭が熱くなるのを感じるのであった。
 ヤクシーはマチルダに説明されて、事情を理解したようだが、どの程度分かっているのか、にっこり笑ってうなずくだけであった。

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仙人
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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