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軍神マルス第二部 6

 
 第六章 デロス

 マルスたちが砂漠をさ迷っている頃、グリセリードの大将軍デロスは、アスカルファン侵攻の計画を幕僚たちと練っていた。
 計画は、大船団によって五万のグリセリード主力軍が南の海上からアスカルファンに上陸すると同時に、北のアルカードから一万のアルカード駐留グリセリード軍が山脈を越えて南進し、アスカルファン・レント連合軍を壊滅させるというものである。
 問題は、これだけの大船団の航海どころか、二百人規模の大船の就航自体が初めてであり、南西の大陸を回っていく大航海にこれらの船が耐えうるかどうかであった。
「船の設計をした者の名は何と言う」
デロスの問いに、幕僚の一人が答える。
「キョン・ジュアンという東部グリセリードの男です」
「その男も今度の航海に連れて行くぞ。船の工事の責任者の役人もだ。その二人を船の舳先に縛り付けておくことにする。そうすれば、命がけで船を作るだろう」
デロスの大声の笑いに、幕僚たちも仕方なく調子を合わせて笑う。いい加減な仕事をした者に対するデロスの厳しさは良く知っているからである。
ある参謀の案で、船には水夫とは別に、兵士の半分だけを乗せ、残る半分は南回りの陸路を取ってボワロンに向かうことになった。これは、難船の可能性を考え、危険を分散するための案であった。大きく南西の大陸を迂回してきた船団と、南西大陸の北部砂漠を回ってきた陸上軍は、ボワロンの海岸で落ち合って、そこで船に乗ってアスカルファンへピストン輸送されるわけである。
「それはいい考えだ。わしは陸上軍を率いることにする。海上軍は、誰に指揮を任せようか」
デロスは、不慣れな船に乗らずに済むと満悦して言った。
「さしずめ、ロドリーゴなど、適任ではないかな?」
デロスの言葉に、幕僚たちはその真意を測りかねて顔を見合わせた。
「今度のアスカルファン侵攻は、奴の考えではないか。なら、自分でその尻拭いをして貰うのは当然だろう。ついでに、奴が海に沈めば、この国にとってはこの上ない幸いだわ」
この国の事実上の最高権力者に対する歯に衣着せぬ批判に、幕僚たちは真っ青になってうつむいた。
「はは、それは冗談だが、ロドリーゴ殿は魔力の持ち主だ、気象すらも支配できると言うではないか。なら、そういうお方に乗っていて貰えば、船が嵐に遭っても安心というものだろう」
 幕僚たちは、安心した顔になってめいめいうなずいたが、もちろんこの案は、ロドリーゴに身も心も支配されている女王シルヴィアナに後で拒否されたのである。
 その代わりに、というわけか、船団の指揮は、ロドリーゴの腹心の侍従武官エスカミーリオが将軍として執ることになった。
「エスカミーリオか。あいつ、戦場に出たことも無いのではないか」
デロスの問いに、参謀の一人が答える。
「いえ、デロス様が北部の十年戦争に出ておられた際に、南方の反乱を二度も鎮圧しておられます。その際、船に乗られ、海戦の指揮もなさってられます」
「なら、最適任というわけだな。まあ、お手並みを見せてもらおうか」
 娘のヴァルミラをどの軍に帯同するか迷ったが、デロスはやはり自分の軍に入れる事にした。いくら男勝りの武術の達人とはいえ、若い娘を野獣のような兵士たちの中に一人で置く気にはなれなかったからである。
「早くアスカルファンが見てみたいわ。美しい国ですってね」
ヴァルミラは家に戻ったデロスに言った。
「アスカルファンを征服したら、わしはシルヴィアナ様にそこを頂いて自分の領地とするつもりだ。もういい加減戦も飽きたでの。そうすれば、そこの次の領主は、ヴァルミラ、お前じゃよ」
「まあ、本当に?」
ヴァルミラは、まだ見た事もない異国の姿に思いを馳せた。
「ところで、お前はアスカルファンまではわしと同じ軍で行かせる事にしたぞ」
「船で行くのでは?」
デロスは、軍を二手に分けて行く事になったのを説明した。
「それは良うございましたわ。お父様と一緒なら心強いし、わたくし、エスカミーリオ殿はあまり好きでないのです」
「ほう、それはどうして」
「あの方、何やら私に気があるらしく、事あるごとに話し掛けてきますの」
「ほう、お前に言い寄る物好きもいたとはな。はっはっ、鬼姫ヴァルミラをも恐れず近づくとは、なかなか見所のある男ではないか。どうだ、買い手のあるうちに結婚してしまうか?」
「御免です。それに、私には心に決めた方がおられます」
ヴァルミラの思いがけない言葉に、デロスはわが耳を疑い、娘の顔を見た。

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