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軍神マルス第二部 12

第十二章 ザイード

計画実行の日、マルスとピエールがマチルダを連れてザイードの宮殿に向かおうとすると、ヤクシーが、自分も連れて行けと言い出したので、二人は目を見交わした。
「あなたはここに残っていていいのよ、ヤクシー」
マチルダが言ったが、ヤクシーは、どうしても自分も行くと言ってきかない。
「まあ、美女が二人の方が、ザイードは喜ぶだろうし、いざという時、二人で助け合えるだろう」
ピエールの言葉で、四人全員でザイードの宮殿に向かう事になり、マルスとピエールは商人の服装をし、マチルダとヤクシーは女奴隷らしい身なりをして出発した。
ザイードの宮殿では思った通り、衛兵に誰何されたが、ザイードへ女奴隷を献上するという事をグリセリード語で喋り、身に武器を有していない事を示すと、しばらく待たされた後、宮殿に入る事を許された。
四人は宮殿の大広間に通された。
ザイードは七十近い老人だが、眉毛の黒々とした矍鑠とした男であった。
「わしに美女を献上しようというのはお前らか。ははは、わしはこの通りの老人じゃのに、わしを余程好色な男と思っておるようじゃな」
「滅相も無い。ザイード様の宮廷には多くの美女がおられ、屋上屋を架すようなものではありますが、この女奴隷は美貌といい、また高貴な血筋といい、卑しい庶民の手に置くよりもザイード様の側室のお一人に加えて貰う方が、ふさわしいかと思いまして、献上いたすのでございます」
慣れぬボワロン語ではなく、グリセリード語で流暢にピエールが言った。若い頃グリセリードを旅したこともあるピエールは、グリセリード語はお手の物である。
「ほう、高貴な血筋とな」
「はい、パーリの王族の者です」
ピエールがヤクシーを指して言った。
ザイードは側近の一人に何かを言った。
 その側近は、マルスたちには分からぬ言葉でヤクシーに話し掛けた。
「この者の申した事は事実です。パーリの皇女、ヤクシーという者だそうです」
「パーリか。ならば、ついこの前わしの軍勢が滅ぼした国ではないか。こんな美女がいたとは聞いてないぞ」
側近は再びヤクシーに聞いた。
「宮殿から逃亡した後、人買いの者の手に捕らえられ、ここに売られてきたそうです」
「なら、もはや生娘ではないな。それは残念じゃ。その、もう一人の方は?」
「こちらは、アスカルファンの生まれだそうですが、詳しい素性はよく分かりません」
ピエールがマチルダに代わって答える。
「どちらも、滅多にいない美女じゃ。お前らへの褒美は、追って渡す事にする。しばらく控えの間で待っておるがよい」
 マチルダとヤクシーはザイードの後宮に連れていかれ、ピエールとマルスは控えの間に案内された。
 マルスとピエールは、この機会に賢者の書を探したかったが、部屋には衛兵がいて、彼らを見張っており、自由に動けない。
 その間にも、マチルダが早くもザイードの毒牙に掛かっているのではないかとマルスは気が気でない。
 やがて、ザイードからの褒美を持った役人が二人の前に現れた。
「お前らはもう下がってよいぞ」
ピエールはその役人に聞いてみた。
「あの二人の女奴隷はどうなりましたでしょうか」
「ああ、殿様はたいそうお気に入りじゃ。まだ昼間なのに、早速味を試してみる気か、先ほど後宮に行かれたぞ、はっはっ」
マルスとピエールは顔を見合わせた。もう一刻の猶予もできない。二人はこの役人や衛兵を倒して、マチルダとヤクシーの救出に向かうことにした。
その時、宮殿の奥でなにやら騒がしい物音が聞こえ、人々が走り回る気配がした。
こちらに走り寄ってきた役人の一人に、先ほどマルスたちに褒美を渡した役人が聞いた。
「何事だ。騒がしいぞ」
「ザイード様が倒れられた! もしかしたら、暗殺かもしれん。その者たちを外に出すな」
 驚いて二人を振り返った役人の首に、マルスは手刀を叩き込んだ。
 ピエールがもう一人の役人を殴り倒し、慌てて剣を抜いて掛かってきた衛兵の一撃をかわしてハイキックでその側頭部を蹴った。
 二人は、衛兵の武器を奪い、後宮のあるらしい方向に向かって走り出した。
「待て、マチルダとヤクシーは俺が救う。お前は賢者の書を探せ」
ピエールの言葉で、マルスは一瞬躊躇したが、すぐにうなずいてザイードの書斎と思われる部屋に飛び込んだ。
ピエールは後宮に向かったが、後宮が目に見えた所で足を止めた。役人や衛兵が、入り口近くに固まって騒いでいる。どうやら、後宮に入れろ、入れないで後宮の女官と役人や衛兵たちが押し問答しているらしい。ピエールはにやりと笑った。領主以外の男は後宮には入れないという規則を守ろうとする女官の官僚主義が、思わぬ助けになりそうだ。
ピエールは後宮に向かう中庭の側面の壁に攀じ登った。
壁の上から外を覗くと、壁は切り立っており、足場は無い。だが、後宮の側まで行けば、窓の近くに僅かに手を掛けられる出っ張りがある。危険だが、やるしかない。
ピエールは壁の外側にぶら下がった。

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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
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