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軍神マルス第二部 14

第十四章 脱出

「お腹が一杯になったら、ライオンも人間は襲わないわ」
ヤクシーが言った。
「分かるもんか。ちょうどいい食後の運動だといって我々を襲うかもしれんぞ」
「そうかもね。でも、このままここにいる訳にもいかないでしょう」
先ほど出て行った女が、あと数人の女と一緒に戻ってきた。それぞれ大きな盆に生肉をどっさり載せている。
「ライオンは三頭らしいから、もっと持ってきて」
ヤクシーはそう命じて、自分は窓から生肉をどんどん下に投げ落とした。
ピエールが下を覗いてみると、成る程、落ちた生肉に三頭の茶色い生き物が寄ってきている。
ピエールは覚悟を決めて、ロープを下に下ろし始めた。
最初の餌になる覚悟で、まず、ピエールが下りる。
恐る恐る足を地面につけたが、ヤクシーの言った通り、ライオンたちはすっかり満腹したのか、彼を見て威嚇するような唸り声は上げたが、のんびりと寝そべっている。
続いてマチルダ、ヤクシーが下りる。
「ところで、外にはどうして出るの? 堀の向こうにまだ外壁があるわよ」
マチルダが聞いた。ピエールは虚を突かれた顔をした。
「そう言えば、そうだな」
「考えてなかったの?」
「上から見たら、すぐに外に出られそうに見えたんだ」
「この大きな猫さんたちと一生ここで暮らすの?」
「……」
ヤクシーが、上の窓に向かって手を振って、何か指示した。
ヤクシーの侍女だったという女がうなずいて、窓のロープの結び目を解いて下に落とした。
「これで、なんとか越えられない?」
「やってみよう」
ヤクシーに答えて、ピエールはロープの先に、その辺に落ちていた短い木の枝を結びつけて、それを外壁の上に投げ上げた。
即席の投げ縄は、外壁の向こうの木に引っかかったようである。
「よし、これで大丈夫」
ピエールは先にマチルダに上るように促したが、マチルダはむっつりした顔をしている。
「どうした、俺が先に上ろうか?」
「私、行かないわよ。マルスはどうしたのよ。まさか、死んだんじゃないでしょうね。だったら、私もここでこのままライオンの餌になるわ」
「頼むから、早くしてくれ。マルスは大丈夫だったら!」
後ろの後宮の窓から、とうとう後宮の中に押し入った衛兵たちが顔を出した。
「見ろよ、もうすぐここに来るぜ。よし、分かった。ならあんたはここでライオンと暮らせ。ヤクシー、行こう」
ピエールは言ったが、ヤクシーもアスカルファン語で言い合う二人の只ならぬ様子に、上るのをためらっている。
その時、外壁の上から人の顔が覗いた。
マルスであった。
「おい、何をぐずぐずしているんだよ。早くしないと兵隊が来るぜ」
「マルス!」
マチルダは歓喜の声を上げた。
外壁の上に上ったマチルダは、マルスと力一杯抱き合った。
「無事だったのね。賢者の書は?」
「それらしいのは取って来たが、これがそうかどうかは分からない。とにかく、早くここを離れよう」
宮殿の外にマルスが準備してあったらしい馬と駱駝に乗り、四人は宮殿から逃走した。

町を離れた後で四人はやっと再会を祝し合った。
「どうして、俺たちがあそこから逃げると分かったんだ?」
ピエールが不思議そうにマルスに聞いた。
「宮殿のザイードの書斎から丁度、後宮の窓が見えたんだ。ピエールがロープを垂らしたんで、ここから逃げるんだなと思って、先に宮殿の別の窓から下りて、馬と駱駝を準備して待っていたのさ。しかし、あそこにライオンがいたのは知らなかった」
「逃げられたのは、ヤクシーの御蔭さ」
と言いながら、ピエールはヤクシーの方を向いた。
「ところで、ザイードが倒れたってのは偶然かい、それともあんたがやったのかい?」
「もちろん、私が殺したのよ。あいつが私の上にのしかかってきた時に、あいつの睾丸を握り潰して気絶させ、その後で首を締めて完全に息の根を止めてやったわ」
「おっそろしい女だな。一族の敵討ちか?」
「そうよ。私の一族だけではなく、国民全部の敵討ちよ。あんたたちにはいい機会を作ってくれたと感謝しているわ」
ヤクシーは静かに言った。
「ううむ、元お姫様とも思えぬ凄腕だな。女には惜しいぜ」
「いざという時の武芸や人の殺し方はパーリの王家の娘のたしなみよ。時には最初から夫を暗殺する目的で政略結婚することだってあるんですからね」
 ヤクシーの言葉の迫力に、他の者は思わず気圧されるのであった。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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