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「女か虎か」(2)


この半野蛮な国王には一人の娘がいて、その娘は美しいが上にも美しかったが、また王と同じくらいに驕慢でもあった。こうした場合には常にそうであるように、この娘は彼の掌中の珠であり、この世の誰よりも愛されていた。彼の廷臣の中に、こうしたロマンスではよくあるように、血筋はいいが地位の低い若者がいて、彼は王の娘を愛した。彼は王国の誰よりもハンサムで勇敢だったので、王の娘はこの恋人に満足していた。そして彼女は恋人を深く愛したのだが、その愛は野蛮性を伴ったものであり、だからこそいっそう暖かく強いものでもあったのだ。この恋愛は数か月の間幸福に続いたが、或る日、王の発見するところとなった。王は彼の義務を果たすことをためらわなかった。若者は即座に投獄され、王の闘技場での審判の日取りが決められた。これは言うまでもなく特別に重要な審判であり、すべての国民と同様に、王もまた審判の成り行きに非常な興味を持っていた。これまでこのような事件は起こったことがなかった。これまで臣下が王の娘をあえて愛するようなことは無かったのである。年月が経つうちに、こうした出来事もありふれたものになってきたが、当時はまったく異常な出来事であり、人々を仰天させるような事件であったのだ。


王国の虎の檻には、もっとも野蛮で冷酷な野獣の中でも選り抜きの獰猛なものが何頭か集められ、また、若者の運命が野獣の餌食になるものでなかった場合に備えて、若者の花嫁になるのにふさわしい、国中でもっとも若く美しい乙女たちのランク付けが適当な審判者たちによって注意深く進められていた。もちろん、誰もが、この若者が何の罪で告発されたかは知っていた。彼は王女を愛し、そしてそのことを否定するつもりは彼にも彼女にも、他の誰にもなかった。しかし王は、自分に絶大な喜びと満足を与えるこの裁きのシステムに、いかなる「事実」をも介入させるつもりはなかった。事件の内実がどうであろうが、この若者は闘技場での裁きによって処理され、彼が王女を愛するという悪事を働いたか否かに関わらず、王は若者の運命を決定する裁きの儀式を見ることで、美しい喜びを得ることになるはずだった。



 


指定された日が来た。遠くからも近くからも人々が集まり、この偉大な闘技場を満員にした。建物の中に入りきれなかった者たちは、闘技場の外壁に向かって立ち並んでいた。王と廷臣たちが例の二つの扉に面した所定の席についた。運命の関門――同じ見かけのゆえに、かくも恐ろしいその二つの扉に向かって。



準備はすべて終わった。合図が下された。王族席の下方にある扉が開き、王女の恋人が闘技場の場内に歩み出た。背が高く、美しく、端正なその姿は観衆の称賛と不安の低い物音で迎えられた。観衆の半分ほどは、これほどに素晴らしい若者が彼らの間に存在していたことを知らなかった。王女が彼を愛したのには何の不思議もない! その彼が今、この場にいるというのは、何と恐ろしいことだろう!



その若者は場内に入ると、定めの通りに王に向かってお辞儀をしたが、彼は王のことはまったく考えていなかった。彼の目は父王の右に座っている王女をじっと見つめていた。もしも彼女の生来の性質に野蛮性のかけらが無かったならば、女はその場にいなかっただろう。しかし、彼女の激しい魂は、自分がこれほどに興味を引かれている出来事の場から自分を遠ざけることを彼女に許さなかった。彼女の恋人の運命が王の闘技場で決定されるというあの命令が出された瞬間から、彼女は昼も夜も、この偉大な儀式とそれに関連した物事以外には何も考えられなくなっていた。この儀式にかつて興味を持った他の誰よりもすぐれた権力と、影響力と、性格の力によって、彼女は誰にもできなかった事をなしとげた。――彼女は扉の秘密を手に入れたのである。彼女は、どちらの扉の向こう側に前方の開いた虎の檻があり、どちらの扉の向こう側に美女のいる部屋があるのかを知っていた。分厚い扉の向こう側には皮のカーテンが重く垂れ下がっていて、外から近づいて扉の掛け金を上げようとする人間に対して、中からはどのような物音も示唆の声も届かないようになっていた。しかし、黄金と、女の意志の力によって、王女はこの秘密を手に入れたのである。


そして彼女は、どちらの部屋に女がいて、自分の扉が開けられた時に、輝くような美しさで外に出ていこうと待ち受けているかを知っていただけでなく、その女が誰であるかも知っていた。それは宮廷の中でももっとも愛らしく美しい女で、自分より遙かに身分の高い人間を愛した罪で告発された若者が無罪であった場合に、その償いとして与えられるために選ばれた女である。そして王女はその女を憎んでいた。しばしば、彼女は目撃した。あるいは想像した。この美しい生き物が自分の恋人である人物に称賛の目を投げかけ、そして、時にはその一瞥が受け止められ、あるいは投げ返されさえしたのではないかと。時々、彼女は二人が話をしているのを見た。それはほんの短い時間にすぎない。だが、その短い時間の間でも多くの事を話すことは可能だったのではないか? それはおそらく取るに足らない事柄についての話だったのだろう。だが、彼女にどうしてそれが知りえようか?その少女は愛らしかった。だが、彼女はあえて王女の恋人の前で、自分の目を上げたのである。王女は、その完全に野蛮な先祖たちから長い血筋を通して伝わった蛮人の血の強さの及ぶ限りの激しさで、沈黙する扉の向こうで震えている女を憎悪したのであった。

彼女の恋人が振り返り、彼女を見上げた時、彼の目は彼女の目と出会った。彼女は好奇心に溢れた目で彼女を見ている観衆の大海の中のどの顔よりも蒼白な顔でそこに座っていたが、魂を一つにする者たちの持つ直感により、彼はどの扉の向こうに虎がうずくまり、どの扉の向こうに女が立っているかという秘密を彼女が知っていることを見抜いた。彼は彼女がその秘密を知るだろうと期待していた。彼は彼女の気質を知っていた。彼女は、他の観衆や王にさえも隠されているこの秘密を手に入れるまで手を休めることは無いだろうと彼は確信していた。この若者の唯一の希望――そこには何の確実性の要素も無いのだが、――彼女が扉の秘密を知ることにかかっていたのである。そして、王女の顔を見上げた瞬間、彼が心の底で確信していた通り、彼女が成功したことを彼は知った。


そして、彼の、素早く、答えを切望する目が「どちらだ?」と聞いた。その問いかけは、まるで彼が自分の立っている場所から叫んだかのように、彼女には明白だった。一瞬も無駄にはできなかった。その問いかけは瞬時のうちに行われたが、返答も瞬時に行われねばならなかった。



彼女の右手は座席の前のクッションのついた手すりの上に置かれていた。彼女はその手を上げ、かすかな素早い動きで右を示した。彼女の恋人以外の誰も彼女を見ていなかった。すべての人々の目は闘技場の中の男を注視していた。



彼は向きを変え、自信に満ちた、素早い足取りで競技場の空間を横切って歩いて行った。すべての心臓は鼓動をやめ、すべての呼吸は止まり、すべての目は動けないままにその男に固定された。ほんのわずかなためらいもなく、彼は右側の扉に歩み寄り、そしてそれを開けた。

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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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