(前書き)今回で、10年以上も前に書いた「聖痕」は終わりである。まあ、戦いそのものの予告編だ。私は軍事オタクではないので、この先は書けない。第二の大藪春彦が、この先を書いてくれないだろうかwww 月村了衛氏など、軍事に詳しそうだが。名前も「月光族」的だし。フィクションの上だけでも、月光仮面やセーラームーンの後を継ぎ、あの連中に「月に代わってお仕置きよ!」である。
なお、この話を実現不可能なテーマだと思っている人に、先ほど寝床で読んでいたバルザックの「暗黒事件」の一文を紹介する。作者バルザック自身の地の文での感想だ。
「裏切りということさえ無かったら、陰謀を企てることほど容易な仕事はないだろう」
第十章 団結式
レンタカーの返却もあり、俺は車を運転して高尾まで戻った。新宿に着いた時には、もう九時を過ぎていて、これから『P5』まで行くのも億劫だったので、電話で連絡して、武と明良は今日は戻らないということを、電話に出た冴湖に伝えた。
翌日、俺が『P5』を訪ねると、純は俺に飛び掛らんばかりの剣幕だった。
「ちょっと、一体何なのよ。武たちが三日も帰らないなんて、何があったと言うの?」
俺は、河口湖湖畔の家での話を、二人にした。
「あの静婆さんのお蔭で、とんだ騒動に巻き込まれちゃったわね」
純は冴湖を向いて言った。
「でも、こういうのは嫌いじゃないけどね。いつまでも、世間の目から隠れて生きるのもうんざりだし。で、この人の言っているのは、本当なんだよね?」
「ええ、本当よ。御免なさい。大事な事だから、心を読ませてもらったわ」
「いいですよ。俺も、そんな能力がほしいな」
「あまり楽しくない能力よ」
「じゃあ、オレたちも、ここでローゼンタールの調査をするんだ。どんな風にする?」
「本屋回りをして、資料を集めましょう。図書館だと、記録が残るから、まずいでしょうね。後は、インターネット喫茶を利用して、インターネットで調べるとか」
「よし、分かった。じゃあ、手分けして始めようか。オレは何がいいかな。本屋よりは、やっぱりインターネットかな」
「じゃあ、私が本屋回りをするわ。二郎さんは、図書館で、記録は残さないように、大事な部分だけ写真に撮ってきてくれるかしら」
「その前に、二人とも、変装して行動したほうがいい。鬘とメガネだけでも、かなり隠せるはずだ。特に、純君は、そんな派手な格好はダメだ」
「そっかあ。やっぱり、私、目立つもんねえ。じゃあ、思い切り、地味にしよう」
「それに、インターネット喫茶に長時間いると、怪しまれる可能性があるから、周囲の人間の心を読んで行動できる冴湖さんの方が、インターネット喫茶に行くほうがいい」
「あら、あたしは君(くん)で、何で冴湖はさん付けなの?」
「そりゃあ、まあ、キャラクターだ」
「どういうキャラクターよ」
「そんなの、どうでもいいでしょう。さあ、なるべく短い時間で、多くの情報を仕入れましょう。それに、お金ももっと稼ぐ必要があるんでしょう?」
「ああ、しかし、あまり競馬で稼ぎすぎると、怪しまれるんじゃないかな」
「でも、他に方法がある?」
「一つ、考えてることがある。犯罪だけどね」
「今更、何を」
純が鼻で笑った。
「我々は、要するに、大金持ちの全員を敵と考えていいんだから、その大金持ちの財産を奪うことも考えていいんじゃないかな。たとえば、銀行口座の金をそっくり頂くような手段が、何か無いか。冴湖さんのテレパシーを使って、できないもんだろうか」
冴湖は考え込んだ。
「私のテレパシーは、他人の心を読むことはできるけど、他人に心を伝えたり、心を支配することは、できないと思うわ」
「やってみたことは?」
「ないけど」
「じゃあ、実験してみたらいい。俺に、何か考えを送ってごらん」
突然、俺の心に、言葉が伝わってきた。(二郎さん、聞こえる?)
それは、不思議な感じだった。確かにそれは俺の心、つまり、俺の思念でありながら、俺の思念ではないのである。それは、やはり冴湖の声としか聞こえなかったが、しかし耳に聞こえた声ではなく、俺の心に直接聞こえたのだ。
「ああ、聞こえた。じゃあ、今度は、俺を操れるかどうか、試してごらん」
俺の心に、(右手を上げろ)という冴湖の声が聞こえたが、それは聞こえたというだけで、俺を従わせる力は無かった。
「これは無理みたいだな。しかし、今の能力は、何かに使えるかもしれん。とりあえずは、後数回くらい、競馬で稼いでおこう。土日は競馬場に行くことにして、平日は、資料集めだ。ところで、今日は大河君はいないのか?」
「前の当たり馬券の一部を換金してくると言ってました」
「大丈夫かなあ。あまり大金だと、怪しまれるんじゃない?」
「競馬で勝った残りの分は、馬券のままでしばらくは持っておこう。必要な時に換金することにして。ある意味では、小切手よりも便利だから」
俺たちは、渡にメモを残して資料集めに外出し、夕方に戻ってきた。『P5』の中は明かりがついていて、渡が退屈そうに我々を待っていた。三人とも5時に帰るとメモしてあったが、純も冴湖もまだ帰っていなかった。
「換金は無事にできたかい?」
「まあね。三連単などは大変な金額だから、換えるのは単勝複勝それぞれ一点だけにしたよ。それでも300万円だ」
「怪しんだ様子はなかったか?」
「いや。その程度の金額には慣れている、という感じであっさりと出してくれたよ」
俺は、小野寺の屋敷での出来事を渡に話した。
「多分、そんなことだろうと思っていたよ。まあ、あんたとあの女がここに来た時から、歯車が動きだしたんだな」
「で、どうだ? やる気はあるか?」
「当然さ。俺たちを実験材料にするような連中に、大人しくやられるはずはないだろう。あんたのほうこそ、いい迷惑じゃなかったかい?」
「いや、そうでもない。むしろ、楽しいよ。『天空の城ラピュタ』で、シータが空から落ちてきた時に、パズーが、これから冒険が始まるんだと思ったと言うじゃないか。あんな気持ちだな。それに、相手が、いわば、人類の生き血を吸って生きている吸血鬼どもだからな。何の気兼ねもなく戦えるってもんさ」
「そうか。実は、俺もそんな気持ちだ。よろしくやろうぜ」
差し出された渡の手を、俺は握り返した。
「あら、帰ってたの。早かったわね」
戸口で純の声がした。その後ろには冴湖の姿もある。外で一緒になったのだろう。
俺は、帰りに買って来た買い物の紙袋からビール缶を取り出してデスクの上に並べた。つまみはスーパーの惣菜とポテトチップスの類だが、ささやかな団結式というか、これからの仲間づきあいの記念の酒盛りをしようという寸法だ。
「月光族ってのは、酒は大丈夫なのかい?」
「まあね。たいして利かないが、少しは酔うよ。ほろ酔い程度にはね」
「オレはお酒は好きだよ。でも普通のつまみはいらない。つまみには甘いのがいいな」
「甘いのをさかなに酒を飲むのか?」
「なかなかオツなもんだよ。大福とか、ケーキがいいな」
まあ、普通の人間の中にも、そういう人種はいる。
結局、買って来た惣菜やつまみのほとんどは、俺が食ってしまった。どうやら、月光族というのは、菜食主義者で、しかも塩分の強いのや香辛料のきついのが嫌いなようだ。しかし、肉類が食べられないわけではないと言っていた。好きではないというだけらしい。
ともあれ、俺と『P5』は、(俺の気持ちとしては)こうして本当に仲間になったのであった。
第十一章 作戦
一週間後に、俺たちは、河口湖畔の家に向かった。その間に競馬を一度やって、資金は三億円になっていたが、それはまだ換金してはいない。三億円程度では、世界を相手の戦いにはまったく不十分だろうが、俺は、月村静あたりは、巨額の金を持っていると踏んでいた。長い間生きていれば、いろいろな情報にも詳しくなり、金儲けができただろう。終戦後のどん底の時代に、少し有望な会社の株を買っておけば、確実に大金持ちになっていたはずである。もっとも、戦後の日本が、あれほどの高度経済成長を遂げるとまでは予測できなかっただろうが。
小野寺の屋敷に入ると、例のコモリ・イズミという若い女が我々を出迎えた。小野寺たちは、会議でもやっている所らしい。
「へえ、すごい家だね」
純が嘆声を上げた。
「ここが、我々のアジトになるわけか」
渡も、あたりを見回して言う。
「どうぞ、こちらへ」
イズミが我々を案内したのは、二階応接間だった。応接間というよりは、サンルームとでも言うべき、天井も壁も総ガラス張りの明るい部屋である。季節は秋の中旬で、まだ寒くはないが、明るい部屋は気持ちがいい。もっとも、月光族の人間が、日光を気持ち良く思うかどうかはわからないが。
部屋に、他の5人はいた。小野寺、静、武、明良、ホシ・ヒカルの五人だ。(ホシ・ヒカルは、後で確認すると、「星光」という単純な漢字だった。コモリ・イズミは、「木守泉水」という珍しい字である。)
我々を見て、武は軽く頷いた。明良も会釈をしただけで、この二人はどうも愛嬌が無い。
「やあ、久しぶり」
小野寺が愛想良く言う。
「調子はどうだい」
静の言葉に、俺が答える。どうやら、後から合流したメンバーでは、俺が最年長らしいので、俺が代表したのである。
「まずまずってところかな。ローゼンタールや、世界の大富豪に関する本の中で、役に立ちそうなのは車のトランク一杯ある。インターネットなどで調べた分は、このCDの中に入っている。資金は、現在3億2000万というところだ」
武は頷いて、「ご苦労さん」と言った。
「後で、その資料は明良に渡してくれ。こちらでまとめた分は、これだ」
明良が、我々にA4サイズのコピーを渡した。その両面に、びっしりと名前が載っている。
「ローゼンタール系列33名、ロックフェロー系列89名、モーガン系列27名、その他、実業界が93名と、各国政府関係者が45名、科学者が13名、法律関係者が9名、王室関係が61名、貴族や旧貴族が103名、野党政治家17名、宗教関係者5名、宗教関係者は完全に中心人物だけだ。そしてジャーナリズム関係5名で、現在、全部で500名がリストに上っている。これに、二郎さんたちが調べたものから追加していく」
「しかし、それだけ殺す必要があるのか? たとえば、ローゼンタールとロックフェローの当主を殺すだけでは駄目か?」
「おそらく、それでは駄目だろう。後を誰かが引き継ぐだけだ。主要メンバーの大半を殺し、彼らの活動の基盤を破壊しなければ、意味がないと思う」
「もちろん、当主を殺すだけでも、十分な威嚇効果はあるだろうけどね」
静がつけ加えた。
「その中の、最重要の7名が、アンダーラインのついている人間だ」
俺はコピーを見た。ローゼンタール当主、ロックフェロー当主、モーガン当主の3人のほかに、ローゼンタールから2名、ロックフェローから1名、モーガンから1名にアンダーラインがついている。
「作戦の大要は、明良から説明してもらおう」
武の言葉に、明良が居ずまいを正した。
「暗殺の手段だが、一番簡単なのは、小型原爆を使うことだということになった」
「原爆!?」
「原爆といっても、1キロトン程度のもので、半径500メートルくらいを破壊するだけだ。これで、彼らの屋敷全体を爆破する。それが一番確実だ。最初は、ホワイトハウスや英国首相官邸も爆破しようかと思ったが、彼らはローゼンタールたちの手先にすぎない。我々に敵対攻撃をしてきた時に、彼らとの戦いは始めることにする」
「しかし、原爆をどのようにして使うんだ?」
「幾つか方法はある。飛行機やヘリコプターで空から投下する方法、榴弾砲で近くの場所から砲撃する方法、時限装置で爆破させる方法などがあるが、飛行機だと、すぐに軍隊の追跡を受けるから、榴弾砲を使用する」
「しかし、どうして、外国にその武器を持ち出す?」
「その必要はない。日本よりも外国のほうが、そうした武器は溢れている。俺たちは、外国に行って、武器を奪取し、光の作った原爆内蔵の砲弾を使って攻撃するだけだ」
「あまり簡単な仕事じゃないな」
「最初から、それはわかっているさ。世界を相手の戦いなんだから」
明良に代わって、武が淡々と補足した。
「中近東の国の軍隊に忍び込んで、飛行機を奪取する案も考えたが、それだとどうしてもすぐに追跡されてしまう。地上からの攻撃の方が、後をくらましやすい」
「個人を暗殺するだけなら、ピストルやライフルでも十分じゃないか?」
俺は、どうも、原爆を使用するという考えは気に入らなかった。
「それも、逃走が難しい。俺たちは、数が少ない。一人でも犠牲は出したくない」
「まあ、原爆云々は、まだ仮の決定さ」
静が言った。
「これから、もっといい案が出てきたら、変えればいい。あんまり、一つの考えに凝り固まらないほうがいいのさ」
「実は、一人一人を個別に殺す案もあるにはある。しかし、確実性、安全性という点では、原爆には劣る。もっとも、原爆にしても、原料のプルトニウムを手に入れるのは難しいが」
「普通の爆弾ではどうだ?」
「まあ、それでもいい。だが、爆弾は、やはり確実性が無い。つまり、家のどの場所にいるかによって、相手が助かる可能性がある」
「根本的なところを聞きたい。俺たちの戦略目標は、相手を殺すことか、相手を威嚇することか」
「両方だ。主要な人間はどうしても殺す必要がある。後は、それを引き継ぐ人間が出るかどうかによる。威嚇によって、彼らが解体し、消滅するなら、そこで我々の作戦はひとまず終わりだ。各国首脳陣にしても、ローゼンタールやロックフェローが攻撃された時に、それを守ろうとするなら、我々の攻撃対象となるし、ローゼンタールたちから離れるなら、攻撃しない」
「ローゼンタールが消滅しても、その後釜となる大富豪グループが出てくるだけではないか?」
「その度に叩き潰す。そこは、我々月光族の有利な点だ。我々には時間だけはある」
「わかった。戦略面での方針はそれでいい。後は、具体的な作戦だな」
「まず、プルトニウムだが、これは原爆保有国のどこかから奪うことにする。俺が考えているのは、米軍から原爆そのものを奪うことだ。これは、沖縄の宜野座に保管されているはずだ。あるいは、旧ソ連の原爆貯蔵庫から奪う方法もある。ロシア連邦は、いわば倒産会社のようなもんで、軍隊の管理能力は著しく低下しているはずだから、原爆奪取は、それほど難しくはないと思う。原爆を奪取したら、それを榴弾型に改造して、榴弾砲で撃てるようにする。どんな榴弾砲でも撃てるように、砲弾の直径はアダプターで変更できるようにする。次は、その原爆を運ぶ方法だが、それには船を使う方法と飛行機やヘリコプターを使う方法がある。どちらも、通常の港や空港は使わないようにする」