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「魔群の狂宴」18



・同日夕刻、粗末な荷馬車を駆って札幌市内に向かう藤田。荷台の「荷物」には覆いがかけられている。遠景に沈んで行く夕日。
・市街地が見える小さな丘で小休止する藤田。ごく平静な顔で市街地を見て「まだ始まっていないか。間に合いそうだな」と呟く。物凄い色の夕焼け。

・札幌の東の端にある高級ホテル最上階の一室。窓からは札幌市が一望できる。
・窓越しに見える、部屋に入って来る銀次郎と理伊子。夕食の後である。
・同じく窓越しに。抱き合って接吻するふたり。
・札幌市の或る工場。壁に積まれた可燃物の小さな山に点火する誰かの手。小さな火が生まれ、それが大きくなって壁に移る。
・ベッドで抱き合う銀次郎と理伊子。体が映るのは最初だけで、あとはふたりの、それぞれの表情だけ。銀次郎の愛撫を受けて陶酔する理伊子の表情、それと対照的に、銀三郎の顔に或る「焦り」と苛立ちの表情が浮かぶ。

・ベッドルームの戸を開けて、ガウン姿の理伊子の姿が現れる。その顔に浮かぶ失望感。
・窓の外の夜景を無表情に眺める理伊子。
・札幌の夜の闇の中に、小さく「動く灯り」が現れ、それがしだいに広がっていく。
・銀三郎が理伊子の背後に現れ、彼女の首筋に接吻する。何の感動も無く、それを受ける理伊子。
銀三郎「済まない」
理伊子「何を謝るの」
銀三郎「君とこうなったことだ」
理伊子「私たち、どうなったの?」
銀三郎「君の名誉を失わせた」
理伊子「最初から覚悟していたことよ。あなたには何の責任もない」
ふたり、沈黙する。
銀三郎(窓の外を眺めて)「火事のようだな」
理伊子「幸い、私たちの家の近くではなさそうね。でも、このホテルでこのまま死んだほうが、私は幸せかもしれない」
銀三郎「それほど僕は君を失望させたのか?」
理伊子「失望? 私はただ夢を見ていただけよ。あなたの奥さんみたいに」
銀三郎(ぎくりとして)「君はあれに会ったのか」
理伊子「あの人こそ、一番幸せな人ね。永遠に夢の中で生きている」
沈黙する銀三郎。その中で去来する思いは、その表情からは分からない。

(このシーン終わり)

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「魔群の狂宴」17


・藤田に「承認」を与えた翌日。晴れた日の午前。

・自分のベッドで横になって天井を見ながら考え事をしている銀三郎。
銀三郎(忌々し気な顔で呟く)「ええい、くそっ。あんな連中がどうなろうと知ったことか!」
ベッドの上で身を起こす銀三郎。窓辺に歩み寄り、何か考えながら親指の爪を噛む。
銀三郎「畜生、自分でつけた火を自分で消しに行くとは、俺もよほどの阿呆だ」
そう呟きながら外出の身支度をする。

・家から馬で出る銀三郎。
・馬上から見る街中の風景の描写。
・その風景の中に、工場労働者のデモ隊の姿が見える。(ほんの点景でいい)

・郊外の野を行く馬上の銀三郎。馬を軽速歩で走らせる。
・道の傍だが、林の中に隠れるような田端兄妹の家の前に岩野家の自家用車が止まっている。その車は今出発しようとしていたが、停止して中から理伊子が出てくる。
理伊子(運転手に)「お前は先に帰りなさい。私は歩いて帰るから遅くなるとでも言っておいて。ここで起こったことは口外無用です」
・初老の運転手うなずく。
・運転手の視点で、ずっと離れたところで馬上の銀三郎に何か必死で訴える理伊子。
・銀三郎が理伊子を拾い上げて自分の後ろに乗せ、来た方向に馬の首をターンさせて走らせる。
・「困ったお嬢様だ」という感じで首を横に振り、車を出発させる運転手。

・ほんの暫く後、田端兄妹の家の横から懲役人藤田が姿を現し、車の去っていった方角を見送る。そして、玄関の前に立つ。凶兆のような野鳥の声。

(このシーン終わり)



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「不明瞭な言語習慣」のもたらす言語空間の混迷

別ブログに書いたものだが、ここにも載せておく。特に、「不明瞭な言語習慣」から問題の混迷が起こる、ということは確実だろうが、現代社会でそれを問題視する人はほとんどいない。だから言葉の定義無しに無益な議論(水掛け論)を延々と続けることになる。

(以下自己引用)

暴力と不合理性と「問題の誕生」




コリン・ウィルソンの「SFと神秘主義」の中に出て来るふたつの思考素、あるいは思考課題を書いておく。前者はヴァン・ヴォークト(文中ではヴォートと書いている。)後者はアルフレッド・コジプスキーという人の思想らしい。

1:「どうして人間はこうも暴力的、不合理なふるまいをするのか」
2:「問題は、われわれの不明瞭な論理と不明瞭な言語習慣から発している」

後者の「問題」がどういう問題なのか、あるいは「すべての問題」なのかは分からないが、ウィルソンの書によれば、2が1の解答であるようだ。(ヴォークトはそう思ったらしい。)
だが、その当否は別としても、1も2も思考素として面白い。

1は、「暴力的」と「不合理」が同じものであることを含意している可能性があると私には思える。もちろん、問題の合理的解決として暴力を手段として選ぶこともあるだろうが、より突き詰めるなら、暴力的なふるまいとは、問題の解決方法が分からないことから来る衝動的行為なのではないか。それは単なる力の行使とは異なるから、「暴発的な」力の行使という意味で「暴力」と呼ばれるのではないだろうか。それは、暴力的な人物のほとんど頭が悪い人物であるという事実と一致しているように思う。(この場合、単純に「人を殺すから暴力」という考えは採らない。冷静に行われた殺人は暴力とは別のものであり、またその殺し方も問題ではない。)

2は、単純にその考えが面白い。つまり、問題自体に問題が内在しているよりも、考える側の思考法によって問題が生じている、という思想と言えるかもしれない。別の見方をすれば、「それが問題だと思う時に問題は生まれる」とも言えるだろう。少なくとも、動物が人生に悩むことは無さそうである。人間が人生に疑問を持つからその生き方が問題になるわけだ。動物同様に自分の人生に悩みを持たない層は存在する。別に悩むほうが高級な人間だとは言わない。むしろ愚かだろう。問題は、問題がどうして生まれるのか、ということで、それはそれを問題視するから生まれる、というだけのことだ。そして、何かの疑問は「我々の不明瞭な論理と不明瞭な言語習慣から来ている」可能性は非常に高いと私も思う。


(夢人追記)某漫画家がリツィートしたもので、下でリツィートしているのは「無茶王」と名乗る人物らしい。その漫画家がどういう意味でその孫引きリツィートをしたのか、意図が分からないが、「不明瞭な論理と不明瞭な言語習慣」がもたらす混迷の好例かと思う。

発端の三段論法は愚劣(①→➁→③と順を追うのではなく、①から②または③と分岐する。)だが、無茶王とやらは論理の問題(普遍的な問題)を「個人の問題」にしている。しかも論理の問題を倫理の問題にすり替えているのは異常なほどの愚かしさである。とすると、それを孫引きした漫画家は、仮に無茶王とやらに同意なら、これも異常な愚かしさだろう。

(以下引用)

あなたは理性や良心で欲を抑えると言う事が出来ないんですか?
引用ツイート
nowhereman134
@nowhereman134
·
「願望」が適切かどうかよくわかりませんが、モトケンさんによると「欲」はよさそうなので、「欲」にします。 ①欲を持っている ②欲は持っているが叶えたいとは思っていない ③欲を現実に叶えようとする ①→②→③ と段階を踏むわけですが、はたして②の段階があるのか? → twitter.com/fnatsuki0602/s…





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「魔群の狂宴」 16


・雪の残る道路に落ちているアジビラ。靴に踏まれ、泥にまみれているが、煽情的な赤い大文字で、何かを糾弾するアジビラだと分かる。
・家々やビルの壁に貼られた同じアジビラを剥がす警官。その際、「夕張炭鉱」「労働者弾圧」「不正資本家を糾弾せよ!」などの字が読める。
・家の玄関の戸の隙間から投入されたアジビラを見つけて読む少年。その姿を見て慌てて少年の手からアジビラをひったくり、叱責する家人。
・岩野家の屋敷の前を通りながら、屋敷を見上げて、何かひそひそ話をする通行人たち。そのひとりは、着物の懐から例のアジビラを出し、相手に見せた後、すばやく引っ込める。
(上のシーンはすべて無音)

富士谷の家の中。富士谷、兵頭、栗谷が集まっている。
兵頭「あのビラを撒いた以上、我々に捜査の手が伸びるのは確実だ」
富士谷「前と話が違う。あんたは、この件で我々が逮捕されることはないと言っていた」
栗谷「まあ、俺はそうなると最初から思っていたけどな。富士谷さんも覚悟の上だろう?」
兵頭「逮捕されるとは言っていない。ただ、捜査されると言っただけだ。その追及から逃れるには、いい手がある。それは、もっと大きな事件を起こして混乱させ、しかも、その犯人を警察に密告することだ」
富士谷「俺は、これ以上の直接行動は嫌だ」
兵頭「アジビラ程度は直接行動の範疇に入らん。お前はまだ何もやっていないのだ。破壊無しに建設ができるか」
栗谷「誰を犯人にするんだ?」
兵頭「佐藤と桐井だ」
富士谷「それは可哀そうだ。我々とは方針が違うだけで、悪い奴らじゃない」
兵頭「犠牲無しに革命はできん。大きな事件を起こすことで、全国民にこの社会の悪に気づかせるのが目的なのだ。つまり、国民ひとりびとりが問題の存在に気づき、考えることが革命の第一歩なのだ。偉い学者が学界の片隅で何を言おうが、何の足しにもならん。俺たちのような無学者でも、行動すれば、社会は動く。まあ、要するに、家が火事になれば、生命の危険は誰でも分かるが、資本家が労働者の給与を低くするという「殺人行為」は、それが殺人行為だと気づかれないのだ。」
富士谷「だから、我々が火事を起こすのですか? それじゃあ、資本家と変わらないじゃないですか」
兵頭「どの家が火事になるかで意味は違ってくる」
栗谷「火事というのは、ただのたとえですか?」
兵頭「本物の火事でもいい。中身の腐った家は壊すか燃やすしかない。だが、我々が火をつける必要は無い。そういう仕事にはそれに適した連中がいる」
富士谷と栗谷、物問いたげに兵頭を見るが、兵頭は冷酷な微笑を浮かべているだけである。

(このシーン終わり)


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「魔群の狂宴」 15


・夜。霧が一帯を包んでいる。
・銀三郎が馬での遠出からの帰途である。町近くの林の中を通りかかると、林の陰から男が現れる。

懲役人藤田「ちょっとお待ち願えますか、須田子爵様」
銀三郎「何者だ」
藤田「藤田ですよ、あなたの忠実な家来です」
銀三郎「家来にした覚えはない」
藤田「まあ、自発的家来という奴で。それより、須田さん、あんた大変なことになっていますよ」
銀三郎「どういうことだ」
藤田「酒場で田端という野郎が騒いでいたんで、その話を少し聞いたら、あんたあいつの妹のキチガイと結婚しているらしいじゃないですか。まあ、うまく聞き出したんで、あっし以外はまだ知らないでしょうがね。このことが世間に知れたらまずいんじゃないですか」
銀三郎「どうでもいい話だ」
藤田「あっしなら、簡単にこの件を片付けられますがね。誰にも迷惑をかけないで、すべては秘密の沼の中に消えますよ」
銀三郎「お前がやりたいなら、何でも好きにしろ。俺にはどうでもいいことだ」
藤田「まあ、後払いでもいいんだが、少し手付を貰えませんかね。1円でいいんですが」
銀三郎「カネか。欲しいならやろう。踊って見ろ」
銀三郎、財布を取り出して1円札を空中に投げ上げる。藤田はそれを慌ててつかもうとする。
銀三郎は狂的な笑いをあげながら、次次に1円札を空中に投げ上げながら去っていく。

・藤田が風に舞うカネや地面に落ちたカネを拾う「踊る」姿。


(このシーン終わり)



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タイガー! タイガー! 13



第十七章 アンセルムの村


 


フロス・フェリたちに別れを告げてから三日後にグエンたちは森を抜けた。なだらかな草地が上がったり下がったりして、時々は林もあるが、もはや密生した森林地帯ではない。周りの明るくなった景色に、一行は何となく心が軽くなる気分だった。実際には、森の中よりも人里のほうが危険は多いのだが、グエン以外の人間は、やはり人間の世界でこれまで生きてきたのだから。


「まず、道を探しましょう。その道を通っていくか、わざと道を避けるかは別にしても、どこをどう行けばどこに向うかという大体の見当くらいはつけておかないと」


フォックスの言葉にグエンはうなずいた。


「ならば、遠くまで見晴らせる高いところを探してみよう」


そう言って、グエンはゆるい斜面を先に立って登っていった。


その後からフォックスが早足でついていく。


「あなたたちはその辺で休んでいてもいいわ。近くに人はいないようだから」


後からついてこようとする子供たちにはそう声をかけたが、二人の子供は首を振ってグエンたちを追う。


やがて小高い丘の頂上に出た。


西の遠方には、彼らが来た森があり、その北には大山脈が続いている。この大山脈がサントネージュとユラリアの国境だったのである。そして、丘の東にはなだらかな平地が広がっていた。ここからタイラスの中心地に続いていくのである。


ずっと向こうに細く野原を横切っている薔薇色の線がランザロートに続く道だろう。その大都会は、もちろんまだ視界には入らない。だが、その道の途中途中に灰色の集落が見える。村が幾つかあるのである。


「まず、あの村に行きましょう。旅芸人としての初舞台ですよ」


「ああ、そうだな。後で、少しまた打ち合わせをしよう。俺たちの素性についての作り話もまだきちんとできていないからな」


「そうですね。名前はこのまま、ソフィ、ダン、グエンでいいと思いますが、私は変えましょう。フォックスという名前はサントネージュ宮廷では少し知られてますから。そうですね、ええと、前はフローラだったかな。似合わない名前だこと。いいわ、フォッグにしよう」


「フォックスに似すぎていないか?」


「そうかしら。じゃあ、フォギー」


「フォギーだな」


「いい、ソフィ、ダン、私はあなたたちのお母さんで、グエンの奥さんのフォギーよ。忘れないで、人から聞かれたら、そう答えるのよ。ただし、あなたたちはグエンの連れ子ということにします。いくらなんでも、こんな大きいこどもたちのお母さんでは、私が可愛そうよ」


「どうしてさ」


「つまりね、あんたやソフィを私が生んだとしたら、私は30歳くらいの年だと思われるの」


「そうじゃないの?」


「あのねえ、私はまだ25歳よ」


「たいして違わないじゃん」


「たしか、前には24だと言っていたが」


グエンが口をはさむ。


「えっ? そうでしたっけ。まあ、どっちでもいいでしょうが。案外と細かいことを覚えているわねえ」


「いや、すまない。なるべく打ち合わせは正確にしておきたいのでな」


「はいはい、25ですよ。大年増です」


「フォギーは若いわよ。それに、サントネージュ一番の美人だわ」


「ありがとう。ソフィはやさしいわね。それに比べて、この男たちは」


グエンとダンは肩をすくめた。フォギーの年が20歳だろうが30歳だろうが、彼らにはまったく関心の外である。


 


半日ほど歩くと、後少しのところに集落が見えてきた。


「さて、旅芸人ならば、本当は馬車の一つもほしいところね」


フォギーが言う。


「エーデル川を渡る時に、馬も馬車も捨てたからな」


「幸い、お金はあるけど、タイラスのお金ではないからねえ」


「あの、少しならタイラスのお金があります」


「えっ?」


フォギーはソフィを見た。


「あの、緑の森の盗賊たちと一緒にいたお姉さんから貰ったんです」


「貰った?」


「はい。その代わりに、サントネージュのお金を少しあげました」


「何だ。交換したわけね。でも、良かった。どれくらいある?」


「はい。これは、いくらくらいなんでしょう」


「ふうん、金貨と銀貨だから、結構あるんじゃないかしら。助かるわ。少なくとも、食事代や宿代くらいにはなりそうね」


「宝石は金にはならんのか?」


「都会なら金に換えることもできるでしょうけどねえ」


「物のほうが金に換え易ければ、俺の剣を売ってもいいぞ」


「まさか。売るなら、私の剣を売りますよ。私が剣を持つより、グエンが持つほうが百倍いいに決まってます」


「まあ、どうせ敵から奪った剣だから、それほど愛着もない。必要なら、そう言ってくれ」


「はい、じゃあ、必要なときは言います」


 


グエンたち一行が村に近づくのを、畑で農作業をしている農夫や農婦たちは奇異の目で見ていた。グエンの雄大な体格と、その虎の頭が人々を驚かせたのは当然だが、その驚きはグエンの持っている旗に書かれた「グエン一座」という看板の文字でいくぶんか治まった。この旗の文字は、少し前に、ソフィとフォギーが苦労して縫い付けをしたものである。


人々の驚きというものは、どんなインチキな弁明であれ、何かの説明があればそれで納得し、治まるものであるらしい。グエンの虎頭は、彼が旅の芸人であるというだけで作り物として受け入れられてしまったようだ。


「とざい、東西。ここに現れ出ましたるは、天下にまぎれもない驚異の一座、恐怖の虎男グエン・バードンとその一行。御用とお急ぎでない人は、この出し物を見逃すと、一生の後悔のもとだよ」


フォギーが流暢に弁じると、あたりに百姓たちがぞろぞろ集まってくる。


 


「お客さんたち、出し物が気に入れば、お金があれば結構だが、無ければ芋でも瓜でも結構。ただし、只見をするようなケチなお客は御免だよ。お代は見てのお帰りだ。では、はじめるよ。まずは、地上に降りた天使の歌声とはこのこと、歌姫ソフィ・マルソーの歌を聞けば、どんな悩みも消えて、地上の天国が味わえる。さあ、歌っておくれ」


ソフィが歌い始めると、遠くで働いていた者たちも集まってきた。まさしく、彼らにとっては、生まれて初めての「芸術」との遭遇だったのである。あるいは、生まれて初めて美の奇蹟を味わったのである。


「こりゃあすげえ。あの子は本物の天使じゃねえか」


「まるで頭の中に、きれいな光があふれるみてえだ。こんな気持ちは初めてだ」


「おらあ、何だか悲しくなってきちまったよ。こんなきれえなもんがこの世にあるなんて、うれしいよりも、悲しいみてえだよ」


「ああ、死んだ妹の声がおらに呼び掛けているみてえだ。お兄、うちは今、天国さいるんだ、幸せだから心配するなって」


歌声が終わると、人々は、その感動を失うのが怖いみたいに、しばらく黙っていた。ソフィはそのために居心地の悪い思いをしたが、やがて起った大きな歓声と拍手に、自分の歌が成功したことを知った。


「さて、お次は、この一座の看板の出し物。『悪党グエンと悲しみの姫君』だよ!」


今度はダンが幼い声を張り上げて、演目を叫ぶ。そのあどけない可愛さは、観客たちを喜ばせた。


「世にも奇怪な悪党グエン、頭は虎で体は人、そしてその心は、虎なのか、人なのか。彼は美しい姫君をさらって逃げました。しかし、正義の騎士、フォギーと、その従者にして利口者のダンは彼を追っておいつきます。はたして、フォギーとダンは、囚われの姫君を救えるでしょうか!」


小さな木の茂みを舞台の袖代わりにして、そこからグエンが飛び出してくる。上半身裸のその体は、それだけで見る者の度肝を抜いた。何しろ、2マートルもある身の丈の威圧感だけでなく、その逆三角形の見事な筋肉質の体は、ただの農作業などをしている普通の人間ではまずありえない体格であった。赤銅色の体はまるで油でも塗ったように午後の日差しに輝き、そして彼は観客に向かって棍棒を持った両手を大きく広げ、威嚇するように咆哮した。それはおそるべき虎の咆哮だった。聞いている者たちの中で気の弱いものは腰を宙に浮かせ、逃げ出そうとしたほどである。


「うわあ、虎だ、虎だ! 本物の虎だ!」


「ば、馬鹿言え、あの体は人間じゃねえか。あれはかぶり物だよ」


「だが、あの恐ろしい声は、ふつうの人間じゃあ出せねえぜ。あいつは本物の虎男にちげえねえ」


「本物の虎男って何だよ。虎か人間かどっちかに決まっている」


「しかし、あの体のすげえこと! ありゃあ、10人力くらいあるなあ」


「何、見かけだおしってこともあるぞ。何しろ、相手は役者だからな、すべてお芝居ってこった」


観客たちは興奮してめいめい勝手な感想を述べている。


その間にグエンはあたりをのそのそ歩き、時々恐ろしい咆哮をあげて観客を震え上がらせる。時には、わざと観客の一人に顔を近づけて唸り声を上げると、相手は「ひっ!」と叫んで飛び退る。


上半身裸のグエンの体は午後の日差しを浴びて、油を塗ったように赤銅色に輝いている。その見事な体だけでも、たしかに見物料を払う価値はある。


一回り回ると、グエンは茂みからソフィを引きずり出した。ドレスと呼べるほどの服は持っていないが、布地をつづり合せてそれらしく作ったドレスは、遠目にはお姫様のドレスに見える。


「あーれー」と芝居がかった悲鳴を上げてグエンに引っ張られるソフィの演技は、確かに芝居の中のお姫様そのものである。田舎芝居の役者にしては顔立ちが上品すぎるのだが。


「待て! 悪党グエンめ、姫を返せ!」


茂みから、今度は騎士風の格好をしたフォギーことフォックスが飛び出す。なかなか美青年風である。


「この正義の騎士フォギーが来たからには、姫は返してもらうぞ」


「ウウ、グルルルル!」


グエンは唸り声で不同意を示す。そして、両手に持った大きな棍棒を振り上げる。


ただでさえ雄大な体格のグエンが両手に持った棍棒を振り上げると、まさに神話の怪物である。


その棍棒が激しく振り下ろされる。フォギーの体は木端微塵か、と思われた次の瞬間、彼女はひらりと身をかわしてそれを避けている。もちろん、グエンが、当たらないように振り下ろしたのだが、観客にはフォギーの神速の動きに見える。


今度はフォギーが剣を構え、次々に技を繰り出すと、グエンはそれに煽られるように、必死に剣を避ける。そして、最後に両手の棍棒を打ち落とされ、剣で刺された格好で地面にどうと倒れる。


「姫、どうぞ私とともに参りましょう」


「はい、有難うございます。あなた様は命の恩人です」


「なあに、危難にあった人を救うのは騎士のつとめです。今頃宮廷ではあなたのお父上である王が、あなたの御無事を祈って待っているでしょう」


二人がしずしずと木の茂みに退場すると、ダンがつけひげをつけて、代わって出てくる。


「フォギー様、どこに行ったのですか? おや、ここに虎男が倒れているぞ。そうだ、私がこの虎男を倒したことにして、姫を私が貰うことにしよう。まだ生きていないだろうな?」


ダンは腰の木剣を抜いて、地面に倒れたグエンに打ちかかる。


すると、グエンがむっくりと体を起こし、猛烈に吠える。


ダンは悲鳴を上げて逃げていく。その後からグエンが追って木の茂みに走り込み、これで芝居の終わりである。この程度の内容でも、芝居を知らない観客たちは手に汗を握り、最後のダンの逃げっぷりに大笑いであった。


 


その夜は、村の大百姓である男の家に泊めてもらえることになった。


 


夕食の席で、その大百姓のゲオルグが聞いてきた。


「失礼な質問だが、その頭は、仮面なのかな?」


「まあ、そうなんだが、商売の都合で、本物の虎の頭ということにしている。この牙も本当は細工物だ」


「そうか、素晴らしい出来の細工だ。どう見ても、本物の虎の頭にしか見えない。と言っても、本物の虎など見たことはないが。それはともかく、あんた方は、この仕事を初めて長くはないだろう」


「なぜ分かる?」


「衣装だよ。どんなに下手な一座でも、長い間旅興行をしていれば、衣装はそれなりに充実してくるものだ。しかしあんた方の衣装は、うまく作ってはいるが、正直言って、今出来のものだ」


フォックスとソフィは顔を見合せた。


「まあ、そう言うな。確かにこの衣装はそこの女たちが素人細工で作ったものだが、田舎の見物衆には、これで十分だろう」


「まあ、そうだが、あんた方なら町で興行しても大喝采を受けることができる。その時には、さすがにこの衣装では貧弱だ。私のところに、昔、宿代代わりに旅芸人が置いていった衣装があるから、それをあんた方にやろう」


「ほう、それは嬉しいが、なぜそこまでしてくれる?」


「あんた方の芝居が気に入ったのと、あんた方の人物が気に入ったんだ。あんた方は将来名を上げるだろう。その時には、私の名を思い出してくれ」


「分かった。ゲオルグ殿、いずれ、このお礼はしよう」


「荷物が増えれば、荷馬車も要るだろう。古い荷馬車も一台やろう。ロバも一頭つけてな」


「そこまでしてくれると心苦しいが、何か今、お礼にできることはないか?」


「そうだな、あんた方の剣の腕は本物だと私には見える。もしも、次の町に向かう途中で盗賊に出会ったら、そいつを退治してくれたら助かる。まあ、無理な願いかもしれんが」


「ほう、盗賊が出るのか」


「ああ、シルヴェストルという、騎士崩れの山賊だ。手下が3人ほどいるから、あんたたちだけでは無理かもしれんな。しかし、我々百姓は、相手がたった4人でもかなわないのだ」


「そのシルヴェストルとはどんな様子だ?」


「やせて、背が高く、口鬚を顎まで垂らしている。頭は禿げている。年は30くらいで、目が非常に鋭い」


「手下たちの様子は?」


「最近シルヴェストルの仲間になったので、あまりはっきりしない」


「武器は?」


「剣と槍と棒だな。弓は使わないと思う」


「そいつらを我々が殺して、問題にならないか?」


「シルヴェストルを退治してくれたら感謝こそすれ、問題にはならない。これまでシルヴェストルのために5人が殺され、7人が不具にされている」


「まあ、うまく出会えたら、やってみよう。ただし、こちらも命は惜しいから、山賊に出会って逃げても我々を恨まないでくれ」


「それは当然だ。無理な願いなのは知っている」


 


ゲオルグに礼を言って退出した後、グエンはフォックスと相談をした。


「シルヴェストルという山賊は、次の村との間にあるモルドーという山に住んでいるらしい。山というほどの高さは無いようだが、街道がその山の中を通っており、その途中で山賊に襲われるということだ」


「人数はたった4人なの? じゃあ、多分大丈夫でしょう」


「しかし、こちらは子供連れだから、子供が危険な目に遭わないかどうか」


「意味の無い冒険なら、子供たちを危険にさらしたくはないけど、その山賊を退治することはゲオルグさんへのお礼にもなるんでしょう?」


「まあな。俺は、やる気は十分にあるんだが、相手は、卑劣な手段はお手の物の連中だ。だから、フォギーにはくれぐれも子供たちに注意していてもらいたい」


「分かった。私にとっては、子供たちを守るのが一番の使命なんだから、言われるまでもないけど、油断はしないようにするわ」


グエンはフォックスの言葉に頷いた。


(作者注:書いたのはここまでで、後は数年のあいだ放置したままである。いつか続きを書く意欲が起こるかもしれないが、今は放っておく。)




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東京大衆歌謡楽団

予言しておくが、東京大衆歌謡楽団という歌謡集団が、あと2年以内にブレイクする。
日本の大衆歌謡(そこにはディック・ミネや浅草オペラ的なバタ臭さもある)のエッセンスを純粋化した良さを味わわせるバンドである。

ついでに書いておけば、島田大翼というアコーディオン芸人もブレイクする可能性がある。たぶん、浅草オペラや大正から昭和初期の歌謡が今の老人の琴線にも触れるのではないか。ちなみに私は田谷力三の本物の舞台を見たことがある。

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職業:
仙人
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空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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