忍者ブログ

「プーチンは優しいか?」という問いのナンセンスさ

前回の記事に追記しておく。これが、東海アマ氏への返答だ。ついでに、東海アマ氏の言葉も再度転載する。

(引用1)「混沌堂主人雑記」所載のペペ・エスコバールの記事(耕助のブログ記事)の一部。
2015年9月にロシアがダマスカスの要請を受けてシリアに介入したことで状況は一変した。ロシアのプーチン大統領は、テロがロシア連邦の国境に到達する前に、シリア領内で実際にテロとの戦いに参加することを決断した。これは当時モスクワで使われていた標準的な表現で言い表されている。「アレッポからグロズヌイまでの距離はわずか900キロメートルしかない」。
結局ロシアは、1990年代にチェチェンで同じ種類のテロと手口をすでに経験していた。その後、多くのチェチェン人ジハードは逃げ出し、最終的にはサウジアラビアが資金提供するシリアの怪しげな組織に加わった。
後に、レバノンの偉大なアナリストの故アニス・ナッカシュは、プーチン大統領に直接シリアの戦場に介入しテロの打倒を支援するよう説得したのは、伝説的なイランのクドス部隊司令官、カセム・ソレイマニであったことを認めた。この戦略的マスタープランは、明らかに西アジアにおける米国を致命的に弱体化させることを目的としたものであった。
もちろん米国の安全保障機関は自分たちの都合の良いジハードの歩兵部隊を打ち負かしたプーチン、特にソレイマニを絶対に許さない。ドナルド・トランプ大統領の命令で反ISISのソレイマニ将軍は、2020年1月にバグダッドで暗殺された。イラクのISISを打ち負かすために結集した幅広いイラク人戦闘員の集団であるイラク人民動員部隊(PMU)の副司令官、アブ・マフディ・アル=ムハンデスとともに。
(引用2)

 「人に対して優しいか」という人間性の尺度こそ「人間の本質」なのだ。
 プーチンは優しいか? その対極だ。彼は、モスクワアパートテロ事件や、チェチェン侵攻で、数十万人規模の凄まじい大虐殺を重ねてきて、今はロシアの若者8万人を戦場に送り込んで殺害させた。


拍手

PR

東海アマ氏の固着観念のこと

「東海アマブログ」記事の一部で、まったく同じ内容の記事を氏は何度も繰り返し書いている。つまり、彼の固着観念、固着思想であるが、読んでいる私などには、その思想が異常に偏奇なものに思える。ご当人はそれを素晴らしい思想だと思っているらしい。まあ、「人道主義」という言葉は美しいが、「人の道」とは何かが問題だ。よくある新興宗教的な「ポーズとしての善行」と「人道主義」の区別は難しいだろう。もちろん、「やらぬ善よりやる偽善」というのは、私も賛同するが、問題はそれを通してどのような社会が達成可能かだ。

私は、エゴイズムこそ人間の本質だと思っているので、「他人の笑顔こそが人生の目的だ」と口にする人間は信じ難い気がする。笑顔にするだけなら、最低な性格のコメディアンでも他人を笑顔にしている。ただ、エゴイズムが人間の本質とは言っても、それを良しとするわけではなく、その上に立って、社会全体の幸福度を上げるにはどのような手段があるかを考えていくべきだというのが私の姿勢だ。
つまり、個々人の善悪を超えて、社会全体の幸福度を上げるには、やはり制度の構築しかないだろう、と思うわけで、それに成功しているのがプーチンのロシアだというわけだ。破産国家ロシアを今の状態にまで回復させ、ソ連時代以上の幸福な社会にしたのがプーチンなのだ。
そのプーチンが何十万人を殺したと言われても、それはNATOの侵略から国家を守るためのやむをえない行為だったとしか私には思えないのである。
東海アマ氏はかつて共産党に所属していたといつか書いてあったような記憶があるが、党を離れるときの軋轢のために、共産主義や共産党に関係している印象のものはすべて憎悪の対象となり、それに関する悪い情報はデマも含めてすべて鵜呑みにしていないか。

東海アマ氏の独断と偏見に関して、もう少し論理的批判をするつもりだったが、面倒くさいのでいい加減なところで切り上げる。とりあえず、氏はユダ金(金融資本主義の権化)を批判しながら、自分はロシアや中国を批判する立場に立つことで、資本主義体制そのものは擁護をするという「絶対矛盾の自己同一(笑)」という矛盾を犯していると私には思える。(念のために言えば、ロシアも中国も資本主義国家である。ただ、その中心に、個人的利益より公共の利益を優先するという穏健社会主義的な雰囲気を私は感じる。)(氏はユダヤ思想は批判しているがユダ金やDSは批判していない気もするが、あまりよく覚えていない。)

(以下引用)



 私は70歳を過ぎている、世間から落ちこぼれた老人だが、若い頃から、心の拠り所にしていた原点がある。
 それは「人道主義」だ。「他人に対して優しい姿勢」と言い換えてもいいかもしれない。

 私は、子供の頃から、「人間としてあるべき姿」を考えてきた。もちろん、その通りに生きてきたわけではなく、ときに道を外れることも少なくなかった。今思えば、恥ずかしいかぎりだ。
 だが、今でも私の家に忍び込んで、さまざまなものを盗んだり、嫌がらせを続ける近所のA老人に対しては、人道どころか激しい殺意が湧いてくるので、本当は私に人道主義を語る資格はないのかもしれない。

 私は、子供の頃から朝日新聞を読んでいて、本多勝一に注目し、彼の文章に一喜一憂していた。そして、ベトナム戦争のルポルタージュを読んで、アメリカに対する激しい怒りが湧いた。
 私は高校の授業そっちのけで、ベトナム反戦デモに参加し、街路で機動隊と対峙した。

 ナパーム弾のなかで全身火傷を負いながら歩く少女の写真は、私を激昂させた。なおgooblogに載せたら「猥褻写真」の扱いを受けて、ブログ投稿が削除されてしまった。NTTは、どこまで馬鹿が管理しているのかと怒りが涌いた。

 私は、ついに、国家のなかの昇進秩序のなかで、他人と競争しながら権力や蓄財を目指す人生観に対しても、大きな疑問を感じるようになり、学歴社会のなかで、それを放棄し、底辺の労働者階級のなかで生活する道を選んだ。
 そんな虚構のナルシズムに生きるより、山歩きをしていた方が、よほど心地よかった。
 私は90年に百名山を完登するほど、山にのめりこんでいった。

 私は、土方をやったり、トラックの運転手をやったりして生きながらえた。勉強は嫌いではなかったので、学歴の代わりに、資格を何十種類も取得した。
 職も転々と換える世間の落ちこぼれ人生になったが、もう目の前に死が迫っている。
 私は世間並みの家族や地位を得ることは一度もなかった。一人で孤独に消えてゆかねばならない。もしかしたら、誰も死を始末してくれないで、自宅で白骨化するかもしれない。

 これこそ、典型的な落ちこぼれ人生ではあるが、私には、自分の心を支えてきた価値観がある。それが人道主義だ。他人に優しく生きることだ。
 まあ正義感と言い換えてもいい。「人の命を大切にすること」を正義と確信してきた。
 だから、アメリカによる非人道的なベトナム戦争に激しく憤った。反戦デモで逮捕されたこともある。

 私は、組織が嫌いだった。組織は必ず人間性を疎外するからだ。つまり、組織された者は、組織の利権を守らなければならず、間違っていると思っても、言いたいことも言えないからなのだ。
 私は、最初から最後まで一人でいたいと思った。間違っていると思うことを黙って我慢するなんて御免被りたい。だから企業のような組織に依存する人生は不快だった。

 私は、80億人の人間のなかで、たったひとりの私なのだ。自分が正しいと思った道を歩みたい。そして、それが「人道主義」なのだ。
 「強きをくじいて、弱きを助ける」
 幼いころテレビで放映されていたのは、勧善懲悪の番組ばかりで、月光仮面なんかに夢中になった。白い風呂敷を羽織って自転車で走り回ったものだ。

 勧善懲悪思想に大きな問題があることが分かったのは、もう少し成長してからだ。世の中は、そんな単純なものではなかった。
 だが、どこまでいっても、本当に大切な価値が、「人々の笑顔」であることは変わらないと思った。
 人々を「笑顔」にすることこそ、人間として生まれたなかで絶対的な善であり、価値観であることは、70年を過ぎても変わることはない。

 だから、世界情勢を見る上でも、複雑な諸国の事情も無視して、その人が「人の笑顔を大切にする人なのか?」という姿勢だけで、その人の本質が見事に浮き出される。
 今我々の前に見えている世界の権力者たち、プーチン、トランプ、ネタニヤフ、習近平(今は張又侠)、ハリス、進次郎、早苗なんか見ていて、何も難しいことを考える必要はないと思う。
 彼らのうち、誰が「人々の笑顔に貢献できるのか?」という視点だけあれば、問題の本質を見誤ることはない。

 もちろん、特権階級の一握りの大金持ちの笑顔に貢献してもらっても困る。「支配する者とされる者」という差別の構造がある限り、一方の笑顔は他方の涙なのだから。
 世界の多くの貧しい人々の笑顔に貢献できる人物なのか? が正しい視点だ。

 「人に対して優しいか」という人間性の尺度こそ「人間の本質」なのだ。
 プーチンは優しいか? その対極だ。彼は、モスクワアパートテロ事件や、チェチェン侵攻で、数十万人規模の凄まじい大虐殺を重ねてきて、今はロシアの若者8万人を戦場に送り込んで殺害させた。

拍手

啞然、呆然、厚労省の狂気

私は、もはや「ワクチンはすべて信頼できない危険物である」という考えなので、今さらレプリコンワクチンだけに騒ぐ気はないが、「治験段階で18人死亡」という明白な有害ワクチンを厚労省が承認したことには開いた口がふさがらない思いだ。もはや狂気の世界、狂気の政府である。

(以下「大摩邇」から転載)

レプリコン 治験で死亡 18人( ̄▽ ̄;)

donのブログさんのサイトより
https://ameblo.jp/don1110/entry-12868461234.html
<転載開始>
日本はベトナムでのレプリコンワクチン治験結果を無視して承認
これって未必の故意ですよね。
犯罪となります。
なんで強行するんですかね?
金が絡むと引き返さないんですよね
国民の命なんて吹けば飛ぶようなものなんですか?

川田龍平さんのブログからです。


レプリコンワクチン、治験段階で死亡者あり厚労省認める

党厚生労働部門・感染症対策WTの合同会議が開かれました。新型コロナウイルスのレプリコンワクチンに関する経緯や使用予定等について、厚生労働省よりヒアリングを行いました。


 


とくにレプリコンワクチンの有効性・安全性について、どこまで担保されているのか、なぜ他国では承認されていないのに、日本が世界で初めて承認するに至ったのかについては、納得のいく回答は得られませんでした。


ただし、重要な事実を引き出すことができました。それはベトナムでの治験で18人が亡くなっている情報を得ていたので、これを厚労省に問い質したところ、18人が死亡していることを認めました。


 


レプリコンワクチンの承認に至るまでの経緯には疑問点が多々あります。厚労省に対して、ベトナムでの治験の結果情報の提供を求めました。


 


現在、レプリコンワクチン定期接種の一時停止を求めるオンライン署名を行っています。17日正式スタートして以来、21日18:45時点で、9846筆が集まっています!


賛同していただける方は、下記のところから署名できます。


 


 


<転載終了>

拍手

日本人と欧米人の間には深くて暗い河がある

私の別ブログに書いた記事だが、「頭の体操」として面白いと私自身は思うので、暇つぶし記事としてここにも載せておく。
案外、欧米人と日本人の間の精神的断層を示す好事例ではないか。昔の野坂昭如の歌ではないが、この断層は「深くて暗い河」と言ってもいい。問題は、それに気づき、どう対処するかだ。

(以下引用)
「日本人の英語」で名前を知られるようになったと思われるマーク・ピーターセンの「英語の壁」という新書(これは本の種類のことだ。いわゆる新書版の本ということ。)を読んでいて、ある部分でひとつの謎にぶつかったのだが、私は謎解きが好きなので、しばらく考えて、正解と思われる解答に達した。その「謎」をここに載せて、少し空白部をあけた後で、その解答を載せることにする。
まあ、「頭の体操」と思っていい。これは、中学生レベルの英語(英文)が題材だが、高校生や大学生、いや、学校の英語の先生でも問題の意味が理解できない気がする。むしろ学校秀才のほうが首をひねるのではないか。逆に、一読で問題の意味が分かった人は、素晴らしい言語感覚があるか、あるいは米国人と日本人の言語感覚や人間性の違いを知っていると思う。私は留学体験は無いが、英語圏への留学体験がある人は即座に分かるのではないか。ただし、それは私の解答が正解だとしての話だ。
以下がその「問題」の文章だ。引用文は赤字にしておく。括弧内は私の補足。

(willという語の)和訳に「でしょう」を使った用例は一つだけあったのだが、それは「You'll be in time if you hurry.急げば間に合うでしょう」となっていて、この「~でしょう」は、単なる誤訳による「~でしょう」だ。

さて、この和訳がなぜ誤訳なのか、というのが問題である。
ヒントにはならないかもしれないが、続く文章は、こうである。

"You'll be in time if you hurry."という英語は「急げば間に合いますよ」ということを言っているのである。

さて、なぜ前者が誤訳で、後者が正しいとなるのか、説明できるだろうか。私は10分程度で解答を出したので、それくらいの制限時間にしよう。





(解答)?

実は、これは著者のピーターセンの「言語感覚」と日本人の「言語感覚」の違い、あるいはアメリカ人と日本人の人間性(民族性)の違いから来た「断層」だと私は思っている。つまり、日本人的な感覚では、ふたつの和訳の前者が間違い(誤訳)だとは感じないと思う。
フェアを期するために、問題文に先立つ記述も書いておく。
それは、

はっきり言えば、willには『~だろう、~でしょう』という意味は無いのだ。

というピーターセンの発言(文章)だ。ところが、日本語辞書の「will」の意味(訳)として、「~だろう、~でしょう」は当たり前にある。それに慣れている日本人は、前の「問題」の何が問題なのか、分からないわけだ。むしろ、ピーターセンのほうがいい加減なことを言っているのではないか、と思う人すらいるだろう。それほど、willに「だろう」「でしょう」を訳語として当てるのは日本人には普通のことなのだ。

実は、ここに日本人の民族的個性がある。ピーターセンは「will」の示す意味は「未来」である、としか考えないのに対し、日本語の「だろう」「でしょう」は、実は「婉曲」の意図があるのである。それを未来形の訳語にするのは、英語ネィティブの人には、耐えがたい誤りだ、と思われるだろう。
さて、ここで、"You'll be in time if you hurry"に対するピーターセンの訳文である「急げば間に合いますよ」を見てみよう。それと「急げば間に合うでしょう」の違いが日本人にはピンと来ないのではないか。どこが違うの? むしろ、ピーターセンの日本語訳のほうが変じゃないの? と思う人がいると思うが、それは、それが「日本人的という点では自然な感覚」だからだ。つまり、少しでも未来のことなら、ある予定や予期が100%実現するとは限らないから、婉曲に「だろう」「でしょう」を使うわけだ。それが欧米人的感覚ではないのではないか、というのが私がここで主張していることである。欧米人は、自分が正しい(かなりな蓋然性で、あることが実現する)と思えば、それが100%でなくても主張する。日本人はそういう場合には「だろう」「でしょう」と婉曲に言う。これがwillの「誤訳(ピーターセン流に言えば)」になるのだと思う。そういう「主張や表現の曖昧さ」を欧米人は卑怯卑劣だと感じるのではないだろうか。

拍手

子供の虚弱化と現代の食生活

多くの人には「暇人向けの記事」に思えるだろうし、「日本の政治を憂えるブログが載せる記事か!」と怒る人さえいそうだが、私は福祉(国民の幸福の向上)が政治(政府)の最大の義務であり仕事だと思っているので、国民の健康問題は日本という国、日本国民の現状と未来に関わる重大な話だと認識している。

下の記事は要するに、便利さや快適さ(安易さ)が人間を堕落させ劣化させるという話だ、と言えばあまりに短絡的だと思うだろうが、こうした子供の肉体的虚弱化は、日常生活で体を動かさないこと、食生活の中である種の重要栄養素(カルシウムやビタミンなど)が欠如している可能性が高いことを示しており、それは大人や老人でも事情は同じなのである。子供の場合は、親の安易さ、無責任さの問題になる。

たとえば、明治期の日本の軍隊(一般社会でも同じだが、軍隊では特に明示化された)では脚気が蔓延していたが、それが食事に原因があったことが後で分かっている。つまり、精米によるビタミンB類の欠乏である。現代ではそれ(ビタミンB類)が、米以外でも多くの食品から食品加工の段階で失われている可能性が非常に高く、しかも菓子類しか食べない子供がいるとしたら、その欠乏症が発生するのは理の当然だ。大人は子供よりは少しは賢いから自己防衛できるが、子供の食生活は親の為すがままであり、馬鹿な親を持った子供は栄養的にダメな食事を摂っている、いや、摂らされているはずだ。つまり、これは「親による『見えない犯罪』『無意識の犯罪』」である可能性が高い。
なお、学校の「体育」が、スポーツ、つまり「競争」が主体になっていて、本来の「体を育てる」意義を失っていることも大問題で、下の記事など、体育が「体育」の機能を失っている証明だろう。
追記すれば、女性などから害悪物質視されているタンパク質も重要栄養素であり、私はヴィーガン(菜食主義・者)は危険な食生活だと思っている。私の辞書ではタンパク質は「生命現象に本質的な役割を果たす」とある。これは高齢者でも同じことだ。

(以下引用)

【悲報】最近の子供、体育座りできない、骨折率は以前の2.4倍でラジオ体操も禁止に・・・

コメント[76]
 
【ラジオ体操も禁止】体育座りできない、骨折率は以前の2.4倍…子どもの運動能力が劇的低下 衝撃ルポ

引用元: https://talk.jp/boards/newsplus/1726817567

1: SnowPig ★ 2024/09/20(金) 16:32:47.37 ID:??? TID:SnowPig


 

3: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:34:27.20 ID:P7QOR


しゃがめないんでしょ
だからウンコ座りに代わってジベタリアンになった



4: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:35:08.72 ID:gFo0g


今の子はモデル体型だからな
昔は洋ナシ



6: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:38:51.83 ID:7WkQp


宇宙人目指してるのかよ
筋トレさせろや



8: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:44:07.48 ID:GgGvA


要介護じゃん



9: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:44:57.04 ID:v5Cw0


スクワットさせたら確実に転がるな



10: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:51:46.42 ID:C9nKu


どんだけひ弱なんだよ



11: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:52:26.28 ID:FM8Oe


どうせ飛びもできんだろ



12: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:54:55.90 ID:40lsg


しゃがめない子供が増えてるのは聞いていたが
体育座りも無理なのか






14: 名無しさん 2024/09/20(金) 16:55:45.05 ID:olRhr


それを教えるのが育だろ



20: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:05:16.66 ID:40lsg


>>14
この程度の基礎体力は家庭でやるべきだろう



15: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:00:57.59 ID:7cisb


逆だ。
出来るようになるまでやらせないと体を壊すぞ



17: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:03:13.47 ID:1YsYO


高齢者向けのストレッチでもやらせれば



18: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:03:14.34 ID:FQvW1


あまやかしすぎ



21: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:09:19.06 ID:tgIfk


そりゃそうだろ
怪我したら親、マスゴミから袋叩き
こどもはなるべく動かさず寝かせてろ



23: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:12:22.84 ID:Fy38e


自衛隊訓練に放り込んじゃえ



24: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:15:35.19 ID:53lxF


スペランカー世代かよ



25: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:15:56.14 ID:qgy8T


30年くらい前にいたゲーム脳が子供をダメにする勢力と同じ匂いがする



26: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:16:58.96 ID:MzMwU


それもこれもマスゴミごとき賎業にあっさりと誘導されるアホ国民が悪い



27: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:17:15.80 ID:fodpI


和式便所にする



28: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:20:46.07 ID:n1DJn


親がちゃんと飯食わせてないんだろ



29: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:22:07.90 ID:Lu1mE


ラジオ体操と言っても今やラジオとか知らない世代だからな
YouTube体操でも新たに作ればいいんじゃないかな



31: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:28:01.75 ID:gW4xF


「ラジオ体操」すらできない(まともにやったら骨折)って?

当然義務教育での体育/スポーツにも大きく差し支えることになってしまうんだろうし
猛暑日続きで屋外での体を使った授業ができなくなることも激増するとなると
色々な意味/面で「一体どうしろと?」



33: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:39:12.66 ID:TvhWj


オマエラはいつも掲示板を見ては机を叩いているから手の骨だけは頑丈だよな



35: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:43:11.26 ID:PedkP


オリンピック出てる様な人達はみんな体操してたはずだぞ



38: 名無しさん 2024/09/20(金) 17:51:49.91 ID:mhMut


試しに体育座りしたらなんとかできるけどお腹周りがパンパンで悲しい



39: 名無しさん 2024/09/20(金) 18:03:46.48 ID:iODbI


ラジオ体操で怪我するって親の虐待を疑うべきだろ
普通の食生活してたらそんなことならんやろ



40: 名無しさん 2024/09/20(金) 18:11:34.10 ID:dC2QM


セックルできるのか? そんなんで。



41: 名無しさん 2024/09/20(金) 18:12:41.44 ID:5JitH


運動会で体育座りしてるけど


拍手

傀儡は傀儡の顔になる

「神戸だいすき」さんのブログから写真を拝借。
不思議なくらい、目がそっくりである。被洗脳者の目だ。

(以下引用)


実は、県議選になることを、最もおそれているのは維新だといわれる。

「選挙ならボロ負けだ」 兵庫・斎藤元彦知事の不信任決議で維新が恐れる議会解散

拍手

東海アマ氏の「儒教批判」への疑問

「東海アマブログ」記事の一部だが、アマ氏ははたして「論語」を読んだ上で、下のような発言を繰り返しているのだろうか。
いや、私自身、昔は漢文などを子供に教えたりしたが、論語をきちんと読んだことはない。だが、学校教科書程度の浅薄な知識の私から見ても、アマ氏の発言はどうも、非常に怪しいもののように感じるのである。
確かに、孔子は「礼」を重んじ、礼の根本は長上、つまり地位の高い人や年長者を尊敬することなのだが、それは、そうしないと社会が無秩序になるのが論理の基本にあるからだ。
だが、「礼」と同時に、孔子は「仁」を非常に重視したのであり、それは基本的に弱者や社会下層の人々への思いやりである。つまり、社会下層の人は上層に礼をもって接し、上層の人は下層に対し仁慈の心で接する。それで社会秩序が保たれる、という構造である。
それでは社会の変革が起こらず、社会は永遠に上層と下層が乖離したままだ、というのが孔子より後の時代の思想家たちの考えで、彼らの中には「革命」を正義とした者もいる。いわゆる易姓革命である。徳を失った王朝は倒されてよい、むしろそうすべきだ、というわけだ。だから中国では頻繁に王朝が交替する。しかも、その度に前の王朝の関係者は族滅させられるわけだ。
はたして、それが好ましいのかどうか、私は疑問に思っている。
いずれにせよ、儒教は孔子の教えとその後の儒教思想家(孟子や荀子など、あるいははるか後代の朱子など)ではそれぞれに違いがあり、それらをひっくるめて「儒教思想」だとするのは無理があるわけだ。少なくとも、孔子が言っていないことまで「儒教思想だ」として孔子を罵るのは孔子には迷惑なことだろう。
私の考えでは、原始的社会において社会秩序を作る上では儒教の「礼と仁」というのは非常に合理的かつ穏健な思考装置で、だからこそあれほど長期にわたって中国やその周辺国家(日本含む)で受け入れられたのだと思っている。それを(たとえば)「民主主義」ではないから、邪悪な思想だ、と言うのは、キチガイ沙汰だと思うわけである。
ちなみに、日本国憲法9条は、孔子より少し後の人だと思うが、墨子の思想にそっくりである。物事は新しいか古いかで価値が決まるとは限らない。

(以下引用)

 戦後自民党は、戦前の「日本を優秀な国にする」という排他的価値観を延々と共有してきた。というより、日本人全体が、皇族を頂点とし、犯罪者・部落民を底辺とする序列主義の価値観に洗脳されきってきたというべきだろう。
 今行われている総裁選で、高市早苗が「日本を世界のてっぺんにする」と主張したのも、「優秀なものだけに価値がある」という優生保護思想の延長なのである。
 https://www.youtube.com/watch?v=jHkDcBY2ozA

 戦後日本人を強烈なストレスの泥沼に投げ入れ、たくさんの自殺者を出した学歴社会を作り出してきた価値観の正体も、人間に序列をつけて、「優れたものを目指す」という優生思想が生み出しているものだ。

 これは、元々、2500年前、春秋時代に孔子が産み出した儒教思想の影響によるものだ。
 儒教は、「支配者や長老を無条件に敬え」という序列最優先の価値観だったので、ほとんどの権力者が国家思想として採用したのだ。
 日本でも、家康が朱子学として採用し、全国の藩校や寺子屋で強要した。その影響は未だになくなっていない。

拍手

カレンダー

11 2024/12 01
S M T W T F S
24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析