忍者ブログ

「リベラル」知識人とは何者か

これも「世に倦む日々」記事の一部で、日本の「リベラル」知識人の偽善性がよく分かる。私も内田樹あたりが「ガザ問題」について何か言っているか探したが、見つからない。
もちろん、リベラルがダメだから右翼ならいいという話にはならない。要は、陣営はどうでもいい話で、「知的誠実さ」の問題だ。ただ、マスコミはリベラル知識人を重用しているので、その発言が大衆に伝わりやすい「リベラル」の責任を問うているのである。「壁にぶつけられる卵」の側に立つと言った村上春樹ですら、発言を聞かない。

(以下引用)


今週号(11/3)の週刊金曜日を復たチェックしよう。私の 10/27 のXポスト(やそれに類する界隈の怪訝な声)に意趣返ししたのではあるまいが、愕然とする編集結果が刷り上がって販促されている。驚く。憤慨する者は少なくあるまい。これが内田樹と編集委員の脳内なのだ。で、その大御所様の内田樹のXポストを再び眺めると、相変わらず本人はガザについて発言皆無である。岡真理の紹介と推薦もない。10/7 から1か月経つというのに、何も意見せず傍観に徹している。日本の左翼リベラルの御本尊様の実態だ。最近、私は日本の左翼リベラル群衆を「親米右傾リベラル」と表象するようになった。正確な概念だろう。中国との戦争がカウントダウンの段階になり、目先の利く姑息な者たちは周到に身辺整理に努めている。生き残ることが肝要であり、誰でも小林多喜二の二の舞は避けたいから、その判断は妥当かもしれない。


画像

もう一つのリテラを確認しよう。これまた滑稽で噴飯な意地を張っていて、呆れた気分になる。ガザ関連記事は一切掲載せぬ方針を貫徹している。批判する敵は国内勢力だけ。アメリカへの忖度だろうか。面妖だ。この国の左翼系や良識派の者たちは、ガザに関する論説を欲しているのではないのか。刻一刻の追跡と分析にも関心があるし、深層と本質を抉り出す総括も読みたい。岡真理に続くところの、秀逸な報告と提起に触れたいはずだ。それがジャーナリズムの需要というものだろうし、市民の多数は不満に違いない。なぜ業界人たちはビジネスに精を出さないのか。あのNATOの代弁者たる反動の松原耕二ですら、ガザ問題を毎晩のテーマに取り上げて視聴率を稼いでいる。週刊金曜日は部数と売上を稼ぐ必要はないのか。定期購読者の大半が高齢の日本共産党員だから ー と北村肇が辺見庸に白状したが ー 編集や営業の工夫努力は必要ないのか。


画像

とまれ。日本の左翼の低俗化と劣化も深刻な病気だけれど、ここで厳しく非難し糾弾する必要があるのは、エジプトやサウジやUAEなど中東のアラブ諸国である。私は心底から憤って血管が爆発寸前だ。何をやっているのか。彼らの不作為の人道犯罪は、イスラエルの嗜虐と狂気の戦争犯罪以上である。中東イスラム民衆をそれなりに代弁しているステイツマンは、エルドアンだけ。コロンビアのペトロやマレーシアのイブラヒムやアフリカ連合のファキによる国際法上の正論は、本来、エジプトやサウジの首脳の口から指摘されねばならない政治の言葉ではないか。エルドアンは、ハマスはテロ組織ではないと明言した。アラブ首脳はこの政治指導に続かなければならず、その行動を示せなければ、民衆は(イスラエルに恭順する)各国の独裁政権を倒す「アラブの秋」に踏み出すに違いない。


それ以外に、220万人のガザの人々の命を救う方法はないからだ。


※と、以上を書いたところで、TBS『報道特集』の放送時間となり、番組欄に目を止めると、何と献立は「経済政策」と「死刑」の二本立てで、ガザ特集は排除されていた。週刊金曜日と横並びの媚米編集に脱力させられる始末となった。膳場貴子がガザに興味がないのだろう。明日(11/5)は日比谷でデモが予定されているのだけれど。


拍手

PR

直感を信じるのは「頭が悪い」か?(論理「しか」信じないのは頭がいいか?)

「大摩邇」所載の生チョコぽん酢氏の記事だが、私もこのニュースには少し興味を惹かれたが、読まなくても内容が想像できる(記事タイトルがすでに内容を示していて、問題の論文自体が「頭の悪い」論文だというのも即座に推測できる。で、そういう「頭の悪い」論文をマスコミがわざわざ取り上げること自体が、マスコミの正体を暴露しているわけだ。)ので、読まなかったが、ぽん酢氏のこの分析は非常に明快かつ論理的で、それ自体が読み物として面白いので転載する。
途中に出て来る「バットとボールの値段」の問題は寝起きの朦朧とした頭ではすぐには答えが出なかった。ある意味では上手い問題だろう。ボケ老人や幼児・低学年の子供を引っ掛けるには有効な問題だろうが、それが「陰謀論を信じる」こととつながるとは思えない。まあ、そういうレベルの論文だ。(答えは「バットが1050円でボールが50円」。この少し半端な数字が鍵である。我々は整然とした数字が好きなので、少しでも複雑な数字を嫌うのである。私など、買い物の釣り銭に1円玉が混じると腹が立つwww 円周率の3.14以下を覚えるなど、キチガイ沙汰だと思っている。)ちなみに円周率は「産医師異国に向か(こ)う。産後厄無く」云々で3・14159265358979までは言える。まあ、語呂合わせの効用だ。
余談。単位を覚えるのが低学年の子供には困難だが、私が父親から教わったのは「キロキロとヘクト(ヘクと)デカけたメートルがデシに追われてセンチミリミリ」という呪文で、これはメートルを基準にその10倍ずつ、あるいは10分の1ずつにしていったのがメートル法の単位だということである。センチミリミリが、恐怖に怯えている感じが妙に出ている。キロを「キロキロ」と言ったのは単に語呂の問題だ。これによって、全体が見事に「五七五七七」の音数になっている。これを知っていれば、「ヘクタール」が「ヘクト・アール」つまり100アールだということも即座に分かる。

(以下引用)

「陰謀論を信じるのは頭が悪い証拠」は本当か

 


こんにちは!生チョコぽん酢です。

ちょっとお知らせがあり土曜日に珍しく投稿しています。

でもその前に面白いニュースを見つけたので、まずはこちらからご紹介させてください。

「頭の良い人」は陰謀論にハマるのか?

アメリカの学術誌に日本の心理学者さんの論文が掲載されたというニュースです。

以下抜粋

調査はインターネットで参加を募った1400人を対象に2022年10月30日に行い、有効だった937人の回答を基に分析した。質問項目は100問あり、陰謀にまつわる質問のほか、「バットとボールは合わせて1100円。バットはボールより1000円高い。ではボールはいくらでしょう?」といった「熟慮(=よく考える)性」を試される質問、社会への不満を聞くものや収入や学歴まで多岐にわたる。

質問を作るに当たっては、二つの仮説を出発点にしたという。一つは「よく考えることができる人は陰謀論を信じづらい」ということ。もう一方は「社会的な不安・不満を抱えている人は陰謀論を信じやすい」ということだ。

「陰謀論を信じやすい」人たちの傾向として強く出たのは、「熟慮性が低い人」ということだ。直感的に物事を判断する人ほど、特にコロナに関する陰謀を信じやすい傾向にあることが分かった。これは「科学的推論」を問う質問や「合理性」を問う質問についても同様の傾向が見られている。逆を返せば「物事を論理的に考えられる人ほど、陰謀論にハマりにくい」(大薗准教授)ことが証明されたというわけだ。



なるほどですね。
要するに頭が悪い人と頭が良い人とを見分けるポイントは陰謀論を信じているのかどうか、と言えるようです。

ただ、私にはいくつか気になるポイントがあるのでシェアさせて頂きます。
 
 
1)熟慮性について

熟慮性とはよく考える傾向ということだと思うのですが、その調査に使われた質問の一例が以下です。

>「バットとボールは合わせて1100円。バットはボールより1000円高い。ではボールはいくらでしょう?」

まさかこんな質問を熟慮性と関連付けて評価するなんて、海外の方からみたら「え?日本人の知能って大丈夫なの?」と思われてしまいそうですが、

まぁ世界中でアレ化していますでしょうから、笑いの種にすらならないのかもしれません。

本当に面白い世の中になりました。


2)直観的思考を馬鹿にしたら駄目

>直感的に物事を判断する人ほど、特にコロナに関する陰謀を信じやすい傾向にあることが分かった

私は今までの人生経験として、考えに考え抜いて(熟慮して)間違った選択をすることがたくさんありました。

それは何故かと言うと、人は考えれば考える程に、損得勘定が働くからです。

例えば将来の進路を決めようとする際に、テーマは「自分は何がしたいのか」ということなのに、

考えれば考える程に損得勘定が働き「自分にとって何がなのか」というズレたテーマに変わってしまうことは、進路を考える学生さんの間でもよく起こる現象だと思います。

このような場合は大抵、一番最初に直観的に持っていた考えが一番正解に近かった、ということは皆様も経験があるのではないでしょうか?

それは自身の本質(潜在意識)から湧き出る考えを、現代社会の知識で無理やり解釈しようとするから起こる乖離現象なのだと思います。

世の中には考える時間が山ほどあったのに、びっくりするような間違いを犯す人だって五万といますよね。

本来人間は、頭が良い人も居れば悪い人も居ますが、良心の呵責とでもいいましょうか、直観に従って生きていくだけでも、きちんと社会性が伴うという点を付け加えておきたかったのでとり上げました。

つまり、”直観的=馬鹿”とニュース記事では言われておりますが、これは完全に誤りだと思うのです。


3)着眼点のズレ

こうしたワクチンの議論をする場合に、表舞台に立つ人にぜひ覚えておいてほしいことがあるのですが、

どうしてもワクチン未接種者(0)とワクチン押せ押せの過剰接種者(100)という、両極端に対立した構造になりがちなのですね。

互に互いを打ち負かしてやろうみたいな。

でもそれでは何の解決にもなりません。

互に互いの話を聞く余地がほどんどないからです。

ではどうすれば良いのか?

私たちはつい忘れがちになりますが、首相官邸が提示している資料を見れば明らかですが、今回のポンコツワクチンを3回以下でやめた人達が一定数いますよね。

彼ら彼女らの話を聞いてみれば、最もまともな回答が得られると思うのですよ。

どちらと対立するでもなく、真ん中にいる彼ら彼女らの話にぜひ耳を傾けてください。

もう勝った負けたというゲームのようなフェーズは終わっていると思うのです。

熟慮性があり知能が高い先生方だからこそ、まずは現状を冷静に分析をしてみましょう。

世の中って今までもずっとトライアンドエラーです。

頭の良い悪いに関係なく、人間なら誰でも間違えることはあります。

だからといって歩みをとめては駄目ですよね。

現状を分析して次に進む、この工程に入らないと、日を追うごとに日本は駄目になっていきますよ。


4)当ニュースの素晴らしい点

陰謀論とは何のか?

当該論文自体は見つけることが出来なかったのですが、その定義について記事内にはこう書かれていました。
 
以下抜粋

一般陰謀論は「秘密組織が地球外生命体とコンタクトをとっているが、その事実は大衆には伏せられている」や「政府は、市民やよく知られた有名人の殺害に関与し、そのことを秘密にしている」といったもの。

コロナ陰謀論は「ウイルスは科学者たちによって作り出された生物兵器だ」「ウイルスは利権団体が金銭的利益のために考案したデマだ」といったものを質問項目に設定している。



私はてっきり、ワクチンによる超過死亡や病気との関連についても、陰謀論に含まれていると思っていたのですよ。

だってワクチンに関連する一番の話題といえばそこじゃないですか。

つまり、もはやワクチンによる害というのは、マイクロチップ以外は陰謀論ではないという認識ということでしょうか?
そもそも陰謀論とそうで無いものを、どのようにして区別するのか?
世の中には白でも無い黒でも無いものは沢山ありますよね。
なんだかこのニュースの着眼点に好奇心が止まりません。
 
 
まぁ何にしても、私は陰謀論者ではありませんが、一方で野心的な人達が上にあがっていくピラミッド型の人間社会において、
 
陰謀が存在しないという思考を持てるようになるには、どのような環境で生まれ育ったら良いのかとても興味が沸きます。

 

人の汚い部分を知れば知るほどに、陰謀が存在しない方が不自然だと、誰もが思うと決めつけていた面があるからです。

 

 
何でもかんでも陰謀論に結びつけるのは確かに短絡的で馬鹿っぽいですが、何でもかんでも陰謀が存在しないと決めつけるのも同じですよね、鏡の中です。
 
大体中くらいで存在していることだと、自称現実主義者の私は思います。
 
一方で、もしかしたら「陰謀は存在しない」と考える人って、とても優しくて純粋な人という事なのかもしれません。
 
 
というか、ニュースにするなら元の論文くらい載せて欲しいですよね。

拍手

どうでもいいことはなぜか覚えている




子供向けの「里見八犬伝」を読んでいると、「行徳(千葉県市川市)」という地名が出てきて、市川市は若いころにしばらく住んでいたところなので、それが「行徳の俎板(まないた)」で覚えた行徳と同じ場所だと初めて知って面白かった。長く生きていると、こういう思いがけない発見があって楽しい。
で、行徳の俎板とは「馬鹿のくせにスレている」意味だと覚えていたが、確認のためにネットで調べると、私がそれを知ったのが「吾輩は猫である」だったことも発見した。まあ、「行徳の俎板」などという不思議な言葉が出て来るのは落語か何かだろうと見当をつけていたので、「猫」は盲点だった。つまり、「猫」の細部はかなり忘れているが、ところどころ斑点のような記憶になっているわけだ。なお、「行徳の俎板」が、「馬鹿貝でスレている」から「馬鹿で人ずれしている」意味だというのも覚えていたが、おそらく「猫」の注釈で知ったのだろう。
ちなみに、私は人名を覚えるのが極度に苦手で、親類の名前などもほとんど覚えきれない。名前というのは親が適当につけたもので、「何の根拠もない」から記憶の紐付けが難しいわけだ。読書で知ったことは「面白い」のが大半なので覚えているわけだ。

なお、市川市の国府台には「里見公園」があり、「里見八犬伝」とも関係があると思う。近くに私の下宿があり、大学の授業をさぼってよく昼寝した公園である。


(以下引用)








 



精選版 日本国語大辞典 「行徳の爼」の意味・読み・例文・類語

ぎょうとく【行徳】 の 爼(まないた)

(下総国行徳では馬鹿貝がよくとれ、この地の爼は馬鹿貝で擦(す)れているという意) 馬鹿で人ずれしていることをいう。
吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉二「どうせ僕抔は行徳の爼と云ふ格だからなあ」



拍手

社会主義の本質は何か

このブログの中の「アリストテレスの政治原理」の最後の一段で、私が常々主張している「社会主義」が、まさにこれである。世界の不幸は、まさに一部の大富豪やその支配する政府による「黄金を人生の最重要物とする射利」を原因としている。
ついでに言えば、マルキシズムは資本家と労働者の闘争と革命を基本思想としたために、社会主義を世界の敵とし、本来の社会主義(マルクスやエンゲルスが「空想的社会主義」と汚名をつけた)までも汚泥に沈め、世界を悪化させたのである。つまり、マルクスは社会主義の破壊者で世界の破壊者、思想的テロリストだ。
マルクスが存在しなければ、世界は先進的な社会主義的経営者を見習って資本家が私利を抑制するようになり、労働運動が穏健に推移して資本家と労働者が関係を向上させ、20世紀のうちに人道的かつ平和的に繁栄する世界になっていただろう。まさに、「シオン長老の議定書」に言う「(我々ユダヤの使徒である)マルクス、ニーチエ、ダーウィンにお気をつけなさいww」である。

(以下自己引用)


8:アリストテレスは、政治上の公平と経済上の公平を並行させようとした。国家は多数の者に適度な富を所有させねばならない。と同時に、国家は個人の需要を超過する蓄財を抑制し、黄金を人生の最重要物とするような射利(利益追及行為)を禁圧すべきである。(注:これこそが、まさに私の言う「資本主義と社会主義の結婚」である。)

(夢人追記)これも「シオン長老の議定書」に付記した私の解説だが、上記記事本文の末段の解説として載せておく。


筆者補注:「ダーウィン、マルクス、ニーチェ」の教説がなぜ陰の支配者(と仮に呼んでおこう)にとって都合がいいのかを説明する。
まず、ダーウィンの進化論は「適者生存」の思想を人々の頭に植え付けた。つまり、生き延びた者は、生き延びるにふさわしい存在であり、滅びた者は滅びるのが当然の「無価値な」存在だったという思想である。これによって、たとえば欧米人種の行ってきた過去の悪行(他人種からの略奪行為や大量虐殺)も正当化される。弱い者、無能な者は滅びても当然であり、弱者への同情はセンチメンタルな感情でしかない、というわけだ。そして、もちろん、資本主義社会における様々な悪行(詐欺行為や非人間的な搾取)も正当化される。なぜなら、強い者が生き残るのは当然であり、資本家が金の無い人間に勝つのも「適者生存」だからである。
次に、マルクスの教説がなぜ陰の支配者にとって都合がいいのかだが、陰の支配者とは要するに、表舞台には出てこない大富豪や大財閥である。彼らは政治そのものを動かす力があるので、税金すら払わず、(いや、アメリカにおいては紙幣を印刷する権利すら持っているのだが)高額納税者(世間の人間は、これを大富豪と錯覚している)として公表されることはないために彼らの存在は世間には知られていない。しかし、誰かが搾取しているからこそ、大多数の人間は貧困から逃れられないのだと人々が思うことは避けられない。そこで、そのスケープゴートとして彼らが用意したのが表に出るレベルの富豪・資本家であり、「資本家対無産階級」という対立図式である。この資本家はあくまで世の法律に従って生産活動をする実業家に過ぎず、暴利をむさぼっているわけではない。しかし、彼らは目の前にいる、目に見える存在である。そこで貧民の憎しみは彼らに向けられ、陰の支配者の望む「混乱と無秩序」が作り出されるのである。その間に、もっと大きな金を動かして、投機市場を操作することによって、あるいは定期的に大恐慌を起こすことで低レベルの資本家の金はみな大富豪の手に入っていくのだが、それは庶民には見えないのである。つまり、マルキシズムの効用とは「分割して統治せよ」のパターンの一つなのである。
最後に、ニーチェの教説の目的だが、それはキリスト教の破壊である。キリスト教は本来、清貧と貧しい者への施しを教えており、資本主義にとっては都合の悪い思想だ。そこでカソリックやプロテスタントの中枢にスパイを潜入させてキリスト教を変質させると同時に、キリスト教の神自体をニーチェによって否定させたのである。ニーチェとはいわば、思想的テロリストである。アメリカ政府の中枢は一見、キリスト教信者が占めているように見えるが、それは、彼らが自分をキリスト教徒だと名乗っているからにすぎない。(多くの俗衆は、言葉を事実と誤認する、という「議定書」の嘲笑を見よ。)彼らの行為を見れば、それがキリスト教的精神からどれほどかけ離れているかがわかるだろう。


拍手

DSは実は追い詰められている?

副島隆彦の「学問道場」記事のほんの一部で、全体は非常に長文だが非常に散漫な内容で、話があちこちに飛ぶ。で、下の部分はかなり重要性が高い「今後の予測」であるので、転載する。ただし、副島の予測は単なる願望でしかないかもしれないので、「徽宗皇帝のブログ」ではなく、こちらの「趣味ブログ」「妄想ブログ」に載せる。www

(以下引用)私が強調のために赤字にした部分が、この引用部分のキモで、楽観的な予測だが、ネットで「世界の真実」がどんどんバレているのは事実だから、この予測も当たる可能性は案外高いかもしれない。


 だから今のイスラエル国民の中にもパレスチナ人の中にも、双方が停戦( cease-fire シース・ファイア)して、戦争をやめて、2国家共存で仲良くする、という考えの人々が多数派として存在するのである。私たちは、この勢力を応援しなければいけない。このことの説明が日本国でまったくされない。


だから、前述したこの3月10日の大きな動きである、中国が仲裁したイランとサウジアラビアの国交回復(仲直り)が、これからも何があろうが、中東アラブ(イスラム教)世界全体で、進んでいくのである。だから、私、副島隆彦があえて言います。


あんまり心配するな。もうアラブ人も、ユダヤ人も、戦争や戦乱を望んでいない。だからあえて、この中東地域(region  リージョン)に、歴史的に、戦争を持ち込もうとする英と米が非難されるべきだ。 英と米の超(ちょう)財界人と軍需産業からなるディープステイト the Deep State の邪悪な連中の動きをこそ、私たちは注視し睨(にら)みつけるすべきだ。


 このことを(1)中国の習近平も、(2)ロシアのプーチンも、そして(3)アメリカのトランプ大統領を支持する勢力も、よーく 分かっている。だから私たち日本からも、この大きな動きを支持し、賛同しなければいけない。今、追い詰められているのは、いつも世界中で戦争を起こさせようと、画策する、英米のディープステイトである。もう、世界中で、こいつらの悪だくみはバレて露見してしまっている。この今の世界歴史の大きな動きを、私たちは、見誤ってはならない


 他のアラブ諸国の指導者たちもこの大きな動きをよくよく分かっている。だから、ガザ戦争と、まったく同じ時期に、北京で開かれた「一帯一路(いったいいちろ。One Belt, One Road Initiative, OBOR ワン・ベルト・ワン・ロード・イニシアチブ )の国際フォーラム」(10月18日)に、150カ国の政府の代表団(デレゲイツ)が集まった。


 


ロシアのプーチン大統領も参加した。「各国首脳は、今年の一帯一路に、23人しか集まらなかった。去年は37人が来たのに」と、西側(the West =G7 =ディープテイト)は、すぐに悪口を言う。だが、150カ国の政府の外交部の代表(デレゲイツ)が集まったのだ。日本からの、鳩山由紀夫(はとやまゆきお)元首相が出席した。だが、日本政府は、G7の西側(デープステイトの惨めな子分)だから代表を送らなかった。
 このように世界は、どんどん中国を中心に動き出している。


ということは、今の国連(The UN ザ・ユーエヌ。正しくは連合諸国=ユナイテッド・ステイツ。加盟国は193カ国)をいいように動かしている英米の白人指導者たちに対して、一体、どっちが本当の国際機関か、と問えるのである。世界中の民衆と、世界の大勢は、もう大戦争(ラージ・ウオーlarge war )を望んでいない。 世界から戦争と地域紛争を無くしたい、


 だが追い詰められた英米の超財界人たち(ディープステイト)は、これからも、まだ、何をするか分からない。核戦争の可能性にまで私たちは注意を続けなければいけない。このことは、日本でも行われた、2020年の1月からの、コロナウイルスと、それに続く、危険なワクチンの強制(2021年の3月から始まった。まず医療関係者、それから老人たちに接種した)による、日本国民殺しの動きとも関連する。


 それから、大国である、フランスとドイツの動きでである。フランスは、つい最近、200年間に渡って、アフリカの赤道地帯を植民地にしていた。だが、遂(つい)に、この地域(リージョン、region レジオン)から、撤退した。 ニジェールという国にいたフランス大使と400人のフランス外人部隊 が、9月に撤退した。これが象徴的だ。


フランスはアフリカ諸国54カ国(AU。African Union アフリカ連合)への関与をあきらめて、投げ捨てて、今後は、自分の利益としてのアフリカの天然資源を奪い取る(搾取する)ことを諦めた。マクロン大統領が〇月〇日に宣言を出した。

拍手

日本の農業はどうするべきか

「紙屋研究所」最新記事の冒頭部分である。
私は「紙屋研究所」のそれほど熱心な読者ではないし、日本共産党支持者でもない(好意的ではあるが、マルキシズム以前の社会主義こそ本当の社会主義という私から見れば、そもそもマルキシズムが「社会主義として異端」という考えである。)が、ここに書かれた内容には同感する。日本の農業について私がこれまで書いてきた内容にも通じると思う。

(以下引用)




『最新版 図解 知識ゼロからの現代農業入門』


 日本の農業をどうしたらいいんだろうか。


 福岡市でもちょうど高齢化した農家が世代交代の時期となり、田んぼがどんどん消えて宅地に変わっていっている。自分の近く、目の前でそうした現実を見せつけられる。素朴な素人感覚で申し訳ないが、そういう事態が進行していってこのまま日本の食料は大丈夫なのかという思いに駆られるのだ。


 




福岡市内を流れる川と田んぼと宅地

 知り合いの農学者が2050年にむけた日本農業の政策提言を考えていて、それを見せられる機会があった。食料が足りなくなるという危機意識をもとにいろんな方策が書いてあるのだが、水田は畑と違っていったん宅地にすると元に戻すのが難しいということや、ひこばえを使った収量の増加などは興味を惹かれた。


www.agrinews.co.jp


 他方で、物価高騰である。日々ぼくらが買う食べ物は、輸入にモロに影響を受ける構造なんだとなあという現実を嫌というほど示してくれた。


 ぼくが今のところ考えているのは、結局食料の生産+国土保全機能をあわせた死活的な役割を農業が担っていることを公に認めて、そこに税金を支出して支えるということである。


 ビジネスを支えるのではなく、農業+国土保全機能(田んぼ・水路・里山などを維持する)をやってくれる多様な担い手の生活を支えるために、お金を払うということだ。一種の公務員とみなすつもりで。


 共産党の提言を見ると、農業所得に占める政府補助金の割合は、スイス92.5%、ドイツ77%、フランス64%にに対し、日本が30.2%にすぎないという。


 「農業なら生活ができる」という見通しを持ってくれれば、担い手は増やしやすい。大きな法人や組織体だけでは限界があるし、農業は日本(の国土)のごく一部しか占めないものになってしまうだろう。



拍手

国民の祝日と天皇誕生日

今日、11月3日の「文化の日」は「明治天皇誕生日」が名前を変えたものだ、ということを知らない人も多いだろうから、某サイトから転載する。
天皇制があと2000年続き、その間、平均して20年に一度代替わりすると仮定したら、2000年後の国民の祝日は100日増えることになるwww まあ、「日曜日+祝日」だけで週休三日制が自動的に誕生するわけだ。
これは天皇制のメリットか?


(以下引用)


歴代天皇が生まれた日も、現在と同様に天皇誕生日として祝日となってきました。では、現在その祝日はどうなっているのでしょうか。明治、大正、昭和、それぞれの天皇の誕生日についてみていきましょう。


 


・明治天皇の誕生日「文化の日」
明治天皇の誕生日は11月3日でした。現在の「文化の日」です。明治天皇が1912年に崩御された後、「明治天皇の功績を世に伝えたい」という国民の声が上がり、1927年に「明治節」という祝日が制定されました。1948年の国民の祝日に関する法律制定により、明治節は廃止され、11月3日は「文化の日」になりました。


 


・大正天皇の誕生日
大正天皇の誕生日は8月31日です。現在祝日としては定められておらず、平日となっています。大正年間は8月31日が天長節でしたが、暑さが厳しい時期に式典を行うことが難しく、10月31日が「天長節祝日」として祝日が設けられたそうです。現在まで祝日として残っていない理由としては、大正天皇の在位が短かったことや、祝日を作ろうという動きがなかったことなどが挙げられます。


 


・昭和天皇の誕生日「昭和の日」
昭和天皇の誕生日は4月29日でした。現在、この日は「昭和の日」として祝日に制定されています。2006年までは、昭和天皇が自然を愛していたことから「みどりの日」として祝日になっていました。2007年の改正祝日法により「みどりの日」は5月4日に移され、4月29日は「昭和の日」と改称されました。ともにゴールデンウィークを構成する祝日になっています。


平成の天皇誕生日はなぜ祝日にならないの?


明治天皇や昭和天皇の誕生日が現在も祝日になっていることから、平成の天皇誕生日はなぜ祝日にならないのか疑問に思う人もいるかもしれません。


 


これについては、存命中の上皇陛下の誕生日を祝日にしてしまうと、今上天皇との間で「二重権威」が生じる懸念の声があるためといわれています。逝去後に検討する可能性はあるとしても、少なくとも上皇陛下がご存命中は祝日にならない見込みです。そのため、12月23日は2020年に引き続き2021年も平日のままとなります。


拍手

カレンダー

12 2025/01 02
S M T W T F S
11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31

カテゴリー

最新CM

プロフィール

HN:
酔生夢人
性別:
男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

アクセス解析