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「魔群の狂宴」20




・(一案として)後で出て来る殺人の場面では、ヘンデルの「ラルゴ」が静かに流れる。

・夜、雪が激しく降っている。佐藤富士夫と桐井六郎の下宿の前の道。明かりが点いている家は少なく、雪の積もった小さな道の遠くは闇の中に消失している。その道を遠くからゆっくりと歩いてくる女の姿。時々、道に倒れるが、起き上がって歩く。その姿がいかにも苦しそうである。
・外から見ると、佐藤の部屋(一階)と桐井の部屋(二階)はまだ明かりがついているが、下宿の主人の部屋の電気は消えている。
・佐藤の部屋。富士夫は机の前で椅子に掛け、ぼんやりしている。下宿の表の戸を叩く音に、妄想から覚める。しばらくしてまた音がする。下宿の主人が早寝していて気付かないのである。
・舌打ちして佐藤(昼間のままの服の上にどてらを着ている)は部屋の戸を開けて玄関に行く。
佐藤「どなたですか」
鱒子「佐藤鱒子と言います。ここに佐藤富士夫さんはいらっしゃいますか」
・佐藤、驚愕の表情になる。慌てて玄関の戸を開ける。
・雪を頭に散らした鱒子の凄惨な姿。顔は真っ青で、腹は明らかに臨月である。
佐藤「お、お前、……鱒子」
鱒子「今言ったでしょ。私に会えて嬉しい?」(皮肉な表情)
・富士夫は返答できない。やっとのことで絞り出すような声で
佐藤「ア、アメリカからひとりで帰ってきたのか」
鱒子「そうよ。こんなお腹でね」
佐藤「銀三郎は……」
鱒子「この姿を見れば分かるでしょ。私を捨てたのよ。赤ん坊付きで」
佐藤「そうか。とにかく、入りなさい」
鱒子「この辺に産婆はいるの? どうやら、今夜中に生まれそうなの」
佐藤「まず、部屋で寝ていなさい。産婆を探してくる」
慌てて鱒子を部屋に入れ、寝床を敷き、寝かせる。火鉢を寝床の傍に据える。
佐藤「すぐに戻ってくるから、大人しく寝ていてくれ」
佐藤は大急ぎで二階に駆け上り、桐井の部屋の戸を叩く。
戸が開いて、桐井が顔を出す。
桐井「誰か来たようだな」
佐藤「鱒子が…鱒子が帰ってきたんだ」
桐井「そうか。彼女を許すのか」
佐藤「分からん。とにかく、彼女は今にも子供が生まれそうなんだ。産婆を呼んできたいが、カネが無い」
桐井「カネの心配はいらん。富士谷の女房が産婆をしていたはずだ。呼んでくるまで、俺が鱒子さんの看病をしておくから」
佐藤(カネを受け取って)「すまん、頼んだ」
慌てて転げるように階段を下りていくその姿に桐井は微笑む。

・富士谷の家の奥の部屋。兵頭、富士谷、栗谷が会合を開いている。(放火事件の善後策についての会合である。)
・表の戸が激しく叩かれる。
・警察かと思ってぎょっと驚く三人。
兵頭(富士谷に)「出てみろ。俺たちがここにいることは言うんじゃないぞ」

・玄関の戸を開ける富士谷。そこに佐藤がいるのを見て驚く。
富士谷「どうした、こんな時間に」
佐藤「お前にじゃなく、奥さんに用がある。俺の女房が産気づいて、今にも産まれそうなんだ。すぐに来てほしい」
富士谷「女房だと? お前、女房などいたか?」
佐藤「今日来たんだ。そんなことはどうでもいい。奥さんを呼んでくれ」
富士谷「少し待ってろ」
・富士谷、いったん戸を閉めて中に入る。外で寒さをこらえて待つ佐藤。
・その玄関の戸が開き、富士谷の妻が出て来る。産婆姿。
・ふたりが去っていくのを二階の窓から確認する栗谷。
・階段を下りて奥の部屋へ戻る栗谷。
富士谷「驚いたな、佐藤の話をしていたら、本人がやって来るとは」
兵頭「さすがに、こちらに心の準備ができていなかったな、ははは」
栗谷「で、先ほどの話のように、佐藤を殺して、その死体を池に沈めた上で、放火事件の犯人は佐藤だと警察に密告するんですか?」
兵頭「そうだ」
富士谷「それはひどい。赤ん坊が生まれそうだというのに」
兵頭「桐井を言い含めて、自分が犯人だという告白書を書かせた上で自殺してもらうという手もあるが、そういう不名誉な死に方はたぶん断るだろう。まあ、桐井が自殺した場合はその死体を利用させてもらうが、なかなか死なないようなら、やはり佐藤に死んでもらおう」
・電灯ではなく、テーブルのランプの灯りでの会合なので、壁に揺れる影にいっそう悪魔的な感じがある。

(このシーン終わり)


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酔生夢人
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男性
職業:
仙人
趣味:
考えること
自己紹介:
空を眺め、雲が往くのを眺め、風が吹くのを感じれば、
それだけで人生は生きるに値します。

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